第64話「スーパーまるかみ、レジ横の攻防」
レジ横の棚を整えていた。
ガム、飴、ミニサイズのチョコ。どれも主力ではないが、手に取りやすい位置にあるだけで購買につながる。そういう場所だ。
この棚は、売上の数字よりも、動線と視線の流れを読むための場所でもある。
シルヴィさんが隣で、棚の角度を微調整していた。
彼女の手の動きは正確で、無駄がない。
「視線の導線を意識すると、回転率が変わります」
「昨日、少し動かしてくれてたんだよね」
「はい。飴とガムの位置を少し変えただけで、数字が動きました」
「うん。今日もそのままでいいと思う」
「了解です」
俺は補充用の箱を開け、ガムを数本追加した。
棚の角度と商品配置は、わずかな違いで反応が変わる。
それを見極めるのが、この棚の役割だ。
飴を手に取った女性が、そのままレジへ向かった。
別の男性はガムをしばらく見てから棚に戻す。
若い客がチョコを二つ選んで、袋に入れた。
どれも特別な動きではないが、棚が視線を集めていることは確かだった。
自動ドアがウィーンと開き、一人の青年が入ってきた。
服装は旅の商人のような風貌。年の頃は二十代前半か。
まっすぐ歩いてきて、レジ横の棚の前で立ち止まった。
「この棚……入口からの距離と角度が絶妙ですね」
俺は手を止めた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「いえ。観察です。これは……ついで買いを狙った配置でしょうか」
「そうですね。レジ前は手が空く場所ですから、ついでに、という動きが起きやすいです」
「文化か、習慣か……」
青年は飴の棚をじっと見ていた。
名前はトゥーリスさんと言うらしい。交易所で商売をしているそうだ。
視線の動きが鋭く、棚の構造を読み取ろうとしているのがわかった。
シルヴィさんが手元の端末を見ながら言った。
「昨日より、この棚の回転率が上がっています。特に飴の動きが顕著です」
「配置変更の影響ですね。棚の角度と商品位置、どちらも効いてる」
「あと、棚の照明。少しだけ角度を変えました」
「なるほど。反射の入り方が違う」
トゥーリスさんは飴を一袋手に取った。
そのままレジへ向かう。
手の動きに迷いはなかった。
俺はレジ横の補充を続けながら、棚の動きを一度見直した。
ガムを手に取った男性が、手に取ったものを戻して別のガムを取る。
チョコを三つ選んだ女性が、袋に入れてレジへ向かった。
客の動きは静かだが、棚は確かに反応している。
トゥーリスさんが帰り際に言った。
「この配置、交易所でも応用できそうです。入口からの視線誘導と、手の空くタイミングの一致。参考になります」
「それは何よりです。よかったら、またご来店ください」
「ええ。勉強になりました」
シルヴィさんが飴の棚を整えながら言った。
「次は季節限定品、置いてみるのはどうでしょう?」
「それは良いかも。何か仕込んでみようか。棚の色味も少し変えたい」
「目につくように暖色系に寄せますか?」
「うん。棚の縁に少しだけ赤を入れてみよう」
俺はレジ横の椅子に腰を下ろし、コーヒーをひと口。
棚は静かに、しかし確かに動いている。
飴を手に取った青年の視線が、棚の意味を変えた。
配置も、角度も、照明も、ただの陳列ではない。
誰かが気づき、誰かが応用しようとする。
その連鎖が、棚をただの棚で終わらせない。
静かな棚が、静かじゃない一日を作っていた。
スーパーまるかみ、レジ横の攻防、今日もこの棚が、誰かの思考を動かしていました。
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