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第63話「スーパーまるかみ、初来店は全力で」

 朝の店内は静かだった。


 惣菜コーナーではシルヴィさんが並べ直しを終えていて、俺はレジ周りの確認をしていた。

 いつも通りの立ち上がり。

 空気の流れも、棚の並びも、変わらない。


 ウィーンと音をたてて、自動ドアが開いた。


 入ってきたのは、黒いローブをきっちり着込んだ角が生えた青年。シルヴィさんと同じ魔族のように見える。

 背筋は真っすぐ、目つきは真剣そのもの。

 俺の前まで来ると、無言で封筒を差し出してきた。


 俺は少しだけ身構えながら、それを受け取った。

 封を開けると、中には一筆。

 以前に見たことがある筆跡だった。


「この者は私の従弟です。生活経験が乏しいため、買い物を通じて学ばせてください。—ロアーナ」


 なるほど、ロアーナさんの親族か。

 そういうことなら話は早い。

 俺が頷くと、シルヴィさんが一歩前に出て青年を見た。


「ロアーナ様の紹介なら、きっと大丈夫です。ご案内します」


「ぼくは、グリモ・バルドレインと申します。購買行動を開始します」


 必要以上に真面目そうな口調だった。

 俺とシルヴィさんは、軽く目を合わせた。


 

 まずは買い物かごを手渡す。

 グリモさんは受け取った買い物かごを、しばらくじっと見つめていた。

 そして、何のためらいもなく頭に乗せようとする。


「違います。それは手で持つものですよ」


「なるほど。携行型の収納具……理解しました」


 律儀に頷いて、今度は正しく持ち直す。

 動作がいちいち丁寧すぎる。



 惣菜コーナーに案内すると、グリモさんはコロッケの並ぶケースの前で立ち止まった。

 じっと見つめている。


「この黄金色の物体は……魔力の塊ですか?」


「揚げ物です。油で加熱してあります」


 シルヴィさんが即座に答えると、グリモさんは真剣に頷いた。


「加熱魔術の一種……なるほど」


「魔術じゃなくて、調理です」


 俺は補足したあと、グリモさんを試食コーナーに案内した。

 グリモさんは、試食を一口食べて硬直した。


「……これは……うまい……」


 そのまま、惣菜を爆速でかごに詰め始める。

 勢いがすごい。


「落ち着いて選ばれた方が、後悔が少ないかと」


「助言、感謝します」


 一度手を止めたが、すぐに再開した。

 詰め方が尋常じゃない。この辺はやはりロアーナさんの親戚だな。

 かごの中がすでに山盛りになっている。



 シルヴィさんが飲料コーナーへ案内した。


「水分補給も重要です。よろしければ、こちらもご覧ください」


 グリモさんはペットボトルを手に取って、真剣な顔で言った。


「これは......魔術封印でしょうか? この封印は解除可能ですか?」


「ただのキャップですね。会計後に開けてください。今は選ぶだけです」


「了解しました」


 慎重にボトルをかごへ入れる。律儀な方だ。


 

 レジ前に来ると、グリモさんはまた硬直していた。


「これは……通貨交換儀式ですか?」


「お支払いの場です。順番に金額を確認します」


「現金で大丈夫ですよ」


 俺がそう言うと、グリモさんは財布を逆さにして硬貨をすべて出した。

 レジ台に、銀貨や銅貨がざらざらと広がる。


「必要な分だけで結構です」


 シルヴィさんが微笑みながらそう言うと、グリモさんは真剣な顔で一枚ずつ数え始めた。

 計算は正確だった。

 支払いを終えると、袋を受け取って深々と礼をする。


「購買行動、完了しました」


「ロアーナさんに、無事買い物できたと伝えておきましょう」


「初めてにしては、よく頑張られましたね」


「次はもう少し肩の力を抜いてもらえるといいですね」



 グリモさんの背中を見送りながら、俺はレジ横の椅子に腰を下ろした。


 湯気の立つ紙カップを手に取って、ひと口。少し濃いめに淹れたコーヒーが、喉を通って胃に落ちる。


 初めての買い物にしては、なかなかの全力だった。あれだけ真剣に惣菜を選ばれたら、こっちも応えたくなるってもんだ。


 ロアーナさんの紹介は、毎回クセが強い。

 でも、ちゃんと筋は通ってる。

 次に来るときは、もう少し肩の力を抜いてくれるといいなと思う。


スーパーまるかみ、今日も“初めて”に戸惑う誰かを、少しだけ前に進ませて営業中です。


読んでいただきありがとうございます!


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