第62話「スーパーまるかみ、雨の日の装備選び」
客足が落ち着いた午後。
珍しく空は灰色に沈み、しとしとと雨が降っていた。
スーパーまるかみの店内は、いつもより静かだった。
惣菜コーナーの湯気も、どこか控えめに立ち上っている。
BGMが低く流れ、棚の間を通る風の音が、かすかに聞こえるほどだった。
ウィーンと音を立てて、自動ドアが開いた。
傘をささずに、全身しっとり濡れたずんぐりむっくりした男が店内に入ってくる。
ガンドルフさんだ。
肩から袖にかけて水滴が流れ、髪も帽子も濡れていた。
長靴の片方が泥でひどく汚れていて、歩くたびに床に小さな跡が残る。
「おや、びしょ濡れじゃなちですか、どうしました? 今日はお一人ですか」
俺はレジから声をかける。
ガンドルフさんは、少し息を整えてから、帽子を脱いだ。
「うむ。ちと急ぎでな。……靴が壊れてしまってな」
どうやら、近くの林道で靴底が剥がれてしまったらしい。
鍛冶屋の仕事で急ぎの納品に向かっていたが、ぬかるみに足を取られたとのこと。
道具を背負って歩いていたところ、泥に足を取られ、片方の靴底がめくれてしまったという。
「修理屋が休みでな。代わりの履きもんを探しに来た。……このままでは、鍛冶場にも入れん」
「それは大変でしたね。長靴コーナーをご案内します。農作業用ですが、滑り止め付きのものもありますよ」
俺は店内奥の棚へ案内する。
黒や紺のゴム長靴が並んでいた。
棚の上には、雨ガッパや厚手の軍手も揃っている。
「このあたりが人気ですね。底の溝が深くて、水はけもいいです。泥も詰まりにくいですよ」
ガンドルフさんは、棚の前で立ち止まり、ひとつひとつ手に取って確認していく。
靴底の溝を指でなぞり、素材の硬さを確かめる。
靴の内側に手を入れて、縫い目の処理まで見ていた。
「ふむ……この素材、鍛冶場の床でも滑らんかもしれん。火花が飛んでも、焦げ跡はつかんだろうか」
「耐熱性はないですが、滑り止めはしっかりしてます。水や泥も落ちやすいです。焦げ跡は……多少はつくかもしれませんが、機能には影響しません」
「なるほど。応急には十分だな。これならしばらく凌げる」
隣の棚には、雨ガッパの上下セットが並んでいた。
ガンドルフさんは、袖口の絞りやフードの形を確認しながら、素材の厚みを指でつまむ。
「この厚さなら、外の作業も安心だな。……マントほど格好はつかんが、実用性はある」
「農家の方がよく買っていかれます。肩のあたりが少し厚めで、荷物を背負っても染みにくいですよ」
「よし、これももらおう」
軍手の棚では、厚手の滑り止め付きタイプを手に取る。
指先のゴム加工を見て、ガンドルフさんは小さく頷いた。
「細かい作業には向かんが……炉の前で使うには悪くない。火花には気をつけねばならんがな」
「うちでは一番丈夫なタイプです。鍛冶場なら、二重にして使う方もいますよ」
「なるほど。では、これも」
会計のあと、ガンドルフさんは買った長靴を履き、雨ガッパをはおった。
そして袋を肩に担ぎながら、ふと呟いた。
「道具も靴も、使いどきに壊れると困る。だから備えは大事だな」
俺はレジの奥で、濡れた床をモップで拭きながら答える。
「ええ。道具も履物も、仕事仲間みたいなものですから」
二人で少し笑った。
店内の空気が、少しだけ温かくなった気がした。
新しい長靴と雨ガッパを身につけたガンドルフさんが、軽やかに雨の中を歩いていく。
背中のラインが、さっきより少しだけ高く見えた。
足取りは軽く、泥の上でも滑ることなく、しっかりと踏みしめている。
俺はその背を見送りながら、レジ横の濡れた床をもう一度拭いた。
床ね残る水の跡が、静かに消えていく。
「……雨の日も、悪くない」
スーパーまるかみ、今日も異世界の暮らしにちょっとした備えを届けています。
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