第61話「スーパーまるかみ、海の民と缶詰の夜」
閉店前のスーパーまるかみは、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
レジカウンターの上には、その日発注伝票と明細。
俺はいつものように計算機を叩きつつ、入荷状況を確かめていた。
――ウィーン、と自動ドアが開く音。
夜、閉店近いこの時間にしては珍しい。
顔を上げると、潮の香りをまとった二人組が店内へ入ってくるところだった。
一人は背の高い男。肩まで伸びた髪を後ろで束ね、厚手のマントを羽織っている。
もう一人は、日焼けした頬に笑みを浮かべた女性。腰には短剣、背には木製の長柄の道具……おそらく銛だろう。
「こんばんは。遅い時間にすみません」
「いえ、まだ営業中ですので。どうぞごゆっくりご覧ください」
俺がそう言うと、二人は軽く会釈し、カートも取らずにそのまま奥の通路へ歩き出した。
足跡とともに、どこか懐かしい潮風の匂いが漂ってくる。
港町から来たのだろうか。
まず向かったのは冷凍食品コーナーだった。ガラス扉越しに並んだ魚の切り身やエビ、イカに目を細め、男が腕を組む。
「こいつら、ずいぶんきれいに凍ってるな」
「ええ、急速冷凍という方法で鮮度を保っています」
「海でも溶けねぇもんか?」
俺は扉を開け、ひとつのパックを取り出す。
「完全に溶けないというわけではありませんが、氷が溶けにくい構造の箱に入れれば長時間持ちます。船の上でも、保冷できるものがあれば数日は鮮度を保てるかと」
男は低く唸り、女性と視線を交わす。
「これなら港が閉じても食えるな」
「嵐の時も助かるわね」
次に彼らが足を止めたのは、缶詰の棚だった。
木箱のように積まれた缶詰を手に取り、ラベルを裏返したり、耳元で振ってみたり。
「これは……中が煮込んであるのか?」
「はい、開ければすぐに召し上がれます。温めてもそのままでも」
「ふむ……これなら火を起こさなくてもいいのか」
女性が目を輝かせる。
「旅の最中、港を離れると魚が食べられなくてね。こういうのがあれば、陸でも船でも同じ味が食べられる」
その横顔を見て、俺は少しだけ胸が温かくなる。
異世界の海の民にとって、まるかみの缶詰がどれほど価値あるものに映っているのか、ほんの少しだけ想像できた。
やがて二人は店内を巡るうち、調味料コーナーに差しかかった。
女性が足を止め、棚の上の瓶を手に取る。
「この……黒い汁は?」
「醤油です。塩気と旨味があり、魚の味付けに適しています」
「へぇ……焼いた魚にかけてもいいの?」
「もちろんです。煮物にも合いますよ」
隣では男が味噌を覗き込み、香りを確かめていた。
「箱に入っていてわかりづらいが......こっちは……発酵した匂いだな」
「はい、味噌といって、大豆を発酵させた調味料です。汁物にすると体が温まります」
女性は次々と瓶や袋を手に取り、「これも面白そう」「これは辛いの?」と質問を重ねる。
気づけば、彼女の腕の中は調味料の山だった。
一方、相棒の男は菓子コーナーへ足を運び、ビスケットの袋を手に取る。
「これは……小麦を固めたものか?」
「ええ、ビスケットといいます。保存も利きますし、崩れにくいので船旅にも向いています」
「なるほど。これは長く持たせられそうだ」
そのまま棚を見回し、干し果物やナッツもかごに放り込んでいく。
魚を求めてきたはずなのに、かごの中はお菓子と調味料で埋まりつつあった。
取ってくるものがあると言って数分、レジに戻ってきた二人。
持ってきたのは、大きな木樽だった。
「これに詰めても?」と尋ねられ、俺は頷く。
店先で二人は、樽の中に缶詰や瓶詰など、買ったものを詰め込み始めた。
女性が楽しげに笑う。
「これでしばらくは嵐も怖くない」
「いや、嵐は怖ぇよ」
男の突っ込みに、二人で声を立てて笑った。
荷物を積み終え、二人は荷車を引いて店を後にする。
扉の向こう、港町へ続く夜道に潮の匂いが漂っていた。
その背中が闇に溶けていくのを見送り、俺はレジに戻る。
湯気の立つコーヒーを一口すすると、微かに塩気を含んだ空気が肺を満たした。
まるで、さっきまでこの店に海が入り込んでいたかのように。
スーパーまるかみ、海の民の台所も支えています。
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