第59話「スーパーまるかみ、にんにく牛丼に魅せられし者」
昼下がりの店内は、いつも通りの静けさだった。
こういう時間帯の均衡は、音よりも匂いでわかる。揚げ油と洗剤と、パックシールのわずかな樹脂の匂いが、縦に静まっている。
俺は惣菜コーナーの棚を補充しながら、ふと時計に目をやる。昼のピークも過ぎ、客足も落ち着いてきた時間帯だ。
品出しをして値札を直してふと一息つく。
そのときだった。
「うおおおおおおおお!」
外から、腹の底に響くような雄叫びが聞こえた。
自動ドアのセンサーが反応する一瞬前、店の空気がわずかにたわむ。ウィーンという音とともに扉が開き、外気と店内の温度差が肩口に触れた。
自動ドアが開くと、汗だくの大男が飛び込んできた。筋骨隆々の体に、背中の大剣。見間違えるはずもない。
汗は額だけでなく、耳の後ろの生え際にも光っている。肩で息を吸うたび、革のベルトが軋む小さな音がした。
足取りは荒々しいのに、目はまっすぐ同じ一点を射抜いている。獲物を見据える戦士の目だ。
「店長さん!昨日のやつ、あの牛丼!もう一回食いたい!」
ダインさんだった。
戦士の彼が、まるかみに来るときはだいたい食べ物絡みだが、今日はいつにも増して気合が入っている。
「昨日の牛丼ですね。“スタミナMAX、にんにくマシマシ”仕様のやつです」
俺がそう答えると、ダインさんは目を輝かせた。
瞳の中に、惣菜ケースの蛍光灯が小さく二つ映り込んでいる。そこに火を点けるのは、にんにくの匂いと米の湯気だ。
「そう、それだ!あれは……戦士の魂を呼び覚ます味だった……!」
言葉に熱がこもっている。昨日、試食コーナーで偶然口にしたらしい。
にんにくの香りと濃厚な味付けが、どうやら彼の戦士魂に火をつけたようだ。
思い出すだけで喉が鳴るのか、軽く唾を飲み込む音がした。
「にんにくは疲労回復にも良いですし、戦士にはぴったりですね」
俺がそう言うと、ダインさんは感動したように目頭を押さえた。
大きな手の甲に、戦場の傷跡が浅く走っている。その手が、にんにくという柔らかい言葉で少し和らぐ。
「店長さん……あんた、わかってるな……!」
惣菜コーナーの前で、ダインさんは腕を組みながら語り始めた。
「にんにくってのはな、刻みか、すりおろしか、丸ごとか……それぞれに意味があるんだ」
「意味、ですか」
「刻みは鋭い衝撃。すりおろしは浸透力。丸ごとは重厚感。戦場で食うなら、状況に応じて使い分けるべきだ」
「今日は“焦がしにんにく油”を使ったバージョンもありますよ」
俺がそう紹介すると、ダインさんは目を見開いた。
「焦がし……それは香りの爆撃だな……!」
そして、惣菜ケースを指差して叫んだ。
「全部買う!」
その一言の後、店内の空気の向きが変わる。
レジに向かう途中、ダインさんは惣菜パックを抱えたまま足を止めた。
にんにくの香りが、店内にじわじわと広がっていく。
ビニールの温い匂いと混じり合って、通路の角を曲がるたびに濃淡が変わる。匂いは目に見えないのに、誰かの背中を押す力を持っている。
「……この香り、いいな。戦場の食堂を思い出す」
「戦場にも、食堂ってあるんですね」
「あるさ。命を預ける前に、腹を満たす場所だ。にんにくの香りが漂ってると、士気が上がる」
「なるほど。香りも戦力の一部、ということですね」
「そうだ。にんにくは、戦士の盾であり剣だ」
言い切るその顔は、どこか誇らしげだった。
レジを終えたダインさんは、袋を肩に担ぎながら振り返った。
肩の筋肉が袋の重みで僅かに沈む。口は結ばれているが、頬のあたりに微かな笑い皺が寄っている。満たされることを知っている人間の顔だ。
「店長さん、次は“にんにく三種盛り”とか、やってくれ」
「検討しておきます」
俺はそう答えながら、レジ奥でコーヒーを淹れた。
立ちのぼる湯気に、まだ店内に残るにんにくの線が絡んでいる気がする。
「にんにくの香りは、戦士の誇りか……」
カップを口に運びながら、俺はぽつりと呟いた。
ダインさんの背中が、夕陽に照らされて遠ざかっていく。
惣菜の袋を担いだその姿は、戦場へ向かう兵士のようにも見えた。
……ただし、目的地はたぶん自宅の台所だろうが。
スーパーまるかみ、今日も異世界の胃袋を満たして営業中です。
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