第58話「スーパーまるかみ、にぎやかになります」
朝の仕込みを終えた頃、表の方からにぎやかな笑い声が聞こえた。
子どものはしゃぐ声、大人の通るような歌声、重そうな荷車の音。扉が勢いよく開き、金色の飾りをつけた帽子の少女が入ってきた。
「こんにちはー! あの、お店、やってます?」
「ええ、開いておりますよ。いらっしゃいませ」
彼女はぱっと表情を明るくして手を振った。
「やったー! みんなー! 買い物できるってー!」
ぞろぞろと民族衣装のようなカラフルな衣をまとった男女、楽器を背負った若者、馬車に積んだ荷を運び込もうとする大男まで、十人以上が続いた。
皆どこかに布や羽根、鈴の飾りをつけている。
どうやら旅芸人の一座のようだ。
「こちらは楽団ですか?」
帽子の少女が胸を張る。
「そうです! 私たち、〈星まかせ旅団〉っていう旅芸人一座で、歌と踊りとお芝居で旅してるんです! 明日からこの町の広場で三日間の興行なんですけど、今はちょっと準備休みで……お昼ごはんとか、おやつとか、いろいろ買いたくて!」
「それはそれはご苦労さまです。皆さん、どうぞごゆっくり。ご不明なことがあれば、なんでもお声がけくださいね」
店内はあっという間に市のような熱気に包まれた。
笛を背負った男がおつまみジャーキーの棚の前で真剣に悩み、踊り子らしき女性がドライフルーツのパックを見比べながら吟味している。
年配の座長らしき男性は団員のまとめ買いを記録して回っているようだ。
「これ、持ってったら冷めないですか?」
帽子の少女が、焼きいもを見つめて尋ねた。
「うーん、焼きいもは芯まで温まっているはずですし、紙にくるんでお渡しするので、多少は暖かさが保たれると思いますよ」
「そうなんですね!」
帽子の少女は焼きいもを5本まとめて注文し、笑顔で団員たちに配っていた。
どうやら、この子は座員たちの“元気係”のような役割らしい。
「えーっと、団長がこれ全部まとめて払うって言ってたんですけど、ちょっとだけ個人的に買ってもいいですか?」
「もちろん、構いませんよ」
彼女はそう言うと、こっそり小銭袋を出し、ジャム入りのビスケットを一袋取ってレジへ持ってきた。
「夜、緊張して寝れない時に、甘いものをちょっとだけかじると落ち着くんです」
そうささやくように言った目は、さっきまでの元気いっぱいとはまた違って、どこか大人びた雰囲気があった。
他の団員たちも思い思いの品を抱えてレジにやってくる。
保存食や菓子、飲み物、紙ナプキン、果ては水桶まで。
「この桶、大きさが演目の小道具にぴったりでね。舞台の最後で水かけるシーンがあるんだよ」
楽士の一人が笑いながら言った。
たしかに、この店で売っている桶は手ごろなサイズと丈夫さがある。
食材以外にまで目をつけるとは、さすが芸の人たちだ。
最後にまとめて支払いを済ませた座長が、深々と頭を下げた。
「こうして町に来たとき、地元の店がこうして受け入れてくれるのはありがたいです。村で噂には聞いてましたが、品揃えも雰囲気も本当に素晴らしい」
「いえ、こちらこそ。にぎやかにしていただいて、ありがたいですよ」
「……ああ、でも、こういう静かで整った店に私たちが来ると、ちょっと騒がしかったかな?」
座長は少しだけ心配そうな顔をしたが、俺は笑って首を振った。
「騒がしいというより、楽しい空気を持ち込んでくださったように思います。どうぞ、またお立ち寄りください」
座長が頷き、帽子の少女が嬉しそうに手を振った。
ひと段落ついた店内で、俺は湯を沸かし、いつものマグカップにコーヒーを淹れた。
香ばしい香りが立ち上る。カップを口に運んで、ひと口。
ほどよい苦味と熱が、肩の力をゆっくりと抜いてくれる。
にぎやかな声が去った後の静けさのなかで、今日の出来事がじんわりと胸に広がっていった。
旅芸人たちの元気や笑顔が、この店にも、そして街にも確かに届いている。
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、日常のなかに小さな賑わいと活気を届けています。
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