第56話「スーパーまるかみ、箱におどろいています」
午後のまるかみは、ちょうど空気が緩む時間帯だった。
昼の混雑も落ち着き、店内にはほっとする静けさが戻ってきている。
ちょうど惣菜の温度チェックを終えたところで、自動ドアが開いた。
「こんにちは、店長さん。今日は友人を連れてきました」
「いらっしゃいませ、ミリエラさん」
いつもの丁寧な口調で、ミリエラさんが手を挙げて挨拶してくる。
その後ろには、見慣れない女性が一人。髪を高くまとめ、羽飾りのついた肩掛け装束を身につけた、やや目立つ印象の人物だった。
「こちら、リアムさん。魔道装置の研究者です。休暇中でして、街の見聞も兼ねてご一緒しています」
「どうも。うわぁ、これが“例の施設”ですね……」
何やら興奮したように店内をぐるりと見回すその視線には、明らかな期待と緊張が入り混じっていた。
「例の……?」
「この空間に入った瞬間から、制御された冷気を感じました。これは高位の持続系冷却陣……いや、風属性魔力の安定循環……?」
「あ、いえ、それはただの冷房機です。魔力は使ってません」
「冷房……機?」
リアムさんが口元に手を当て、瞳を見開く。
「非魔導にして、これほど均一な温度制御が……っ! なるほど、これが噂の“非術式空調箱”!」
まさか、冷房にそんな謎ネーミングがつくとは。
そのまま、リアムさんは陳列棚のひとつに駆け寄る。
「これは……野菜が瑞々しいまま並んでいる……水気も飛んでいない……!」
「えっと、それも冷蔵ケースという設備でして……温度を保ってるだけなんですが」
「なるほど、低温保存式……すごい、ひとつひとつが驚きです!」
テンションがすでに最高潮だ。
ミリエラさんがやや困ったように微笑む。
「店長さん、すみません。彼女、こういうのが大好きでして……」
「いえいえ、喜んでもらえるのはありがたいです。……あちらはお惣菜コーナーですので、よろしければお食事もどうぞ」
リアムさんがすかさず向かう。ケースを覗き込んだ瞬間――
「これは……これは加熱痕……? いや、違う。均一な火通り……表面はカリッとして……中はふんわり……まさか、これが“保温維持箱”!?」
「……あー、はい、それは……保温機ですね。ミリエラさんが設計した装置で、温度を一定に保ちつつ、乾かさない工夫がされてるんです」
「ええ!? ミリエラが!?」
リアムさんが振り返ってミリエラさんに詰め寄る。
「これ、あなたが作ったの? あの非燃焼・非揮発型の熱循環層を備えた箱を!?」
「まあ……ええ、以前に気分が乗って試しに作ったんですよ……」
「すごすぎる! 発熱板の魔導制御なしで、こんなにも均一な……!」
興奮するリアムさんに、ミリエラさんは肩をすくめる。
「……ああなると、しばらく止まらないと思います」
「なるほど、理解しました」
俺もこの店に来てから、色んな客を見てきたが、“技術系の沼”に入った人は、ある意味一番厄介かもしれない。
「これは……これも……」
リアムさんは続いて、レジカウンターの前に立ち、じっと画面を見つめる。
「ここが情報集約装置……通過と同時に数値を記録する構造……。ということは……!?」
そのとき、カウンターに手をかざしながら、ぼそりと呟いた。
「では、それを自在に制御しているということは……店長さん、あなた……まさか……“この空間の主”では?」
「いや、ただの店長です」
「でも、全ての箱と設備を掌握し、動線を読み、客の流れを予測し、適切な商品補充を行っている……それはまさに“箱主”……!」
「いやいやいや……!」
「店長さんは、ただの店長さんですよ」
ミリエラさんが、静かに断言する。
「本人が一番、機械に詳しくないって自分で言ってましたしね」
「ミリエラさん、今バラさなくてもいいんじゃ……」
「事実ですから」
リアムさんはやや呆然としながらも、次の瞬間には笑顔を取り戻していた。
「でも、こんな空間を作り上げるなんて……本当にすごい。見られてよかったです」
「ありがとうございます。もしよろしければ、お弁当や惣菜もお試しを。食べ物には、自信がありますから」
「はい、ぜひ。……あ、でも、これはまた“味覚の魔術”とか言っちゃいそう」
「言うと思いました」
「じゃあ……この“肉野菜揚げ団子”と“秘伝甘味玉”をください!」
「商品名、独自に命名しないでくださいね……」
ミリエラさんがさっと笑いながら、袋を差し出した。
「お会計のあとは、店長さんと“会話装置”で話してみるといいですよ」
「レジのことですか!? あれが“会話装置”の役目も!? すごい……!」
やっぱり、まだまだ驚きは止まらないようだ。
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、今日も箱と技術におどろきながら、元気に営業中です。
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