表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/69

第55話「スーパーまるかみ、おたすけします」

 昼過ぎのまるかみは、ぽつぽつと客足がある静かな時間帯だった。


 レジ前で帳簿の確認をしていると、自動ドアがウィーンと音を立てて開いた。

 入ってきたのは、明るい色のブラウスにエコバッグを肩にかけた女性客。顔なじみの常連客のひとりで、俺もすぐに会釈を返す。


「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくりどうぞ」


「ありがとねえ、店長さん。今日はね、人に渡したいのがあってね」


 開口一番、そう言いながら店内へと進んでいく。


 俺はふと手を止めて、その後ろ姿を目で追った。

 この方、以前からちょくちょく“おすそわけ目的”で買い物に来る人だったが、今日はその気配がとりわけ強い。


 まず向かったのは、果物コーナー。

 赤く色づいたりんごを一つひとつ手に取り、「あらこれ、あの人好きだったな」と言いながら選んでいく。


 次に惣菜コーナーで、パック詰めされたおはぎをじっと見つめる。


「うーん、あの人、甘いの控えてるって言ってたっけ……でも一個くらいなら、いいかしら」


 そう言って、おはぎの三個入りをカゴに入れた。

 さっきまでの葛藤が嘘みたいに軽い足取りで、次の棚へ。


 通りがかった若い男性客がつぶやく。


「……すごいな、あの人。全部“誰かのため”に買ってる」


「ついで買いでも、流行りでもないのが逆にすごいよね」と、横の女性客も小声で返していた。


 俺も思わず苦笑いする。

 確かに、これは見事な“おすそわけ買い”だ。


 続いて、漬物売り場でしばし立ち止まり、きゅうりの浅漬けを手に取る。


「ああ、これはお隣の奥さん。塩分は控えめがいいって言ってたわよねえ……」


 それを一旦棚に戻し、別の減塩タイプを慎重にカゴへ。


 野菜コーナーでは、人参と大根を選びながら「これで煮物にして、二軒分は作れるかしら」とぶつぶつ。


 いったい何軒分の献立を脳内で組んでいるんだろうか。

 完全に“ご近所のおかん型配達人”と化している。


 そのうち、かごが一杯になってもうひとつ手に取ったところで、「あらま」と一言。


「すいません、店長さん。もうひとつカゴ、借りていい?」


「もちろんでございます」


 俺はすぐに空の買い物かごを手渡すと、彼女は笑顔で受け取り、またあちこち巡っていく。


 冷凍庫前では、ちょっと迷った様子で餃子を見比べていた。


「うちのお向かいさん、これ好きだけど……にんにく控えめのほうが、やっぱりいいかしらね」


 こだわりが“相手基準”に全振りされている。


 自分の欲が一ミリも見えない潔さすら感じる。


 しばらくして、彼女は精肉コーナーの前で立ち止まった。


 カットされた鶏肉をひとつずつ手に取り、「これで、あの人の家、唐揚げにしてあげようかしら。たまには、ねえ」とつぶやく。


 すっかり“あの人”や“あそこ”といった曖昧な人称が連発されているが、本人の中ではしっかり整理されているのだろう。


 そして、またカゴが一杯になった。


「もう一個、借りていい?」


「ええ、どうぞ。お気になさらず」


 三つ目のカゴを渡す頃には、レジ前の俺もだいぶ慣れてきた。


 彼女の買い物は、一見すると場当たり的にも見えるが、実は計画的なのかもしれない。

 献立や好みをきちんと頭に入れたうえで、それぞれの顔を思い浮かべながら選んでいるのだ。


 惣菜棚に戻って、唐揚げのパックを手にした時には、また違う人の話をしていた。


「これね、娘のところに持ってくのよ。旦那さんが鶏好きでねえ」


 それを聞いた近くの客が、「すげえ……まるで使い魔みたいに、人の好物全部覚えてる」とつぶやいたが、

 たぶん本人には届いていない。


 それからもしばらく、買い物は続いた。

 ジュースは子どもが喜びそうなものを選び、焼き魚のパックは「一人暮らしのおばあちゃん向け」に。


 まるで、スーパーまるかみが出張おすそわけセンターに変貌したようだった。


 最終的に、かごは四つ。


 レジ台に並べられた商品を見ながら、俺はそっと尋ねた。


「……あの、お客様。今日はご自身のものは……?」


 彼女は一瞬、はっとしたような顔をして、手ぶらの自分を見下ろす。

 そしてレジ横の棚を見つめると、ひとつだけ、お茶のパックを取り出した。


「これだけ。私が飲むのは、これでいいのよ」


「それだけで、よろしいのですか?」


「ええ。これ飲みながら、あげた人の顔を思い出すのが、いちばん楽しいの」


 にこりと微笑むその顔は、とても満足げだった。


 誰かのために選んだ買い物。

 それが重荷ではなく、喜びになる瞬間。


 俺は、ひとつひとつ商品をスキャンしながら、なんだか胸が温かくなるのを感じていた。


「いつもありがとうございます。ご近所の皆様も、きっと喜ばれますね」


「うふふ、そうだといいんだけどねえ。じゃあ、また寄るわね」


「またのご来店を、お待ちしております」


 笑顔のまま、重そうな袋を片手に、彼女はさっそうと帰っていった。


 その背中を見送りながら、俺はぽつりとつぶやく。


「……今日も誰かのおたすけになってるようでなによりだね」



 そして空には、いつも通り、太陽と月が同居。


 スーパーまるかみ、やさしさの連鎖が続く日常の一コマです。

読んでいただきありがとうございます!


おもしろかった、続きが気になる、と思ってくださった方はブックマークやコメント、リアクションや感想など頂けると励みになります!


良ければ、下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ