第51話「スーパーまるかみ、温度が違います」
予約投稿ミスってました...
昼前の、そろそろ来客数が増えはじめる時間帯。
惣菜の補充を終え、レジ奥で帳簿をめくっていたところで、鍛冶職人ギルドの見習いたちが、三人連れで入店してきた。
「こんちわーっす……冷たいもん、買ってこいって言われたんすけど……どこっすかね、冷たいの……」
一番年上らしき、浅黒い肌に腕っぷしの太い青年が、冷蔵棚の前で腕を組んで唸っていた。
その横で、背の低い金髪の青年が、陳列されたパック飲料を手に取り首をひねっている。
「これ、冷たくない……ぬるくねえ? ほんとに冷たいか?」
「それな。俺らの冷たいって、カッチカチに凍ってるやつじゃね?」
三人の会話が、冷蔵棚の前で繰り返される。どうやら“冷たいもの”の定義が、彼らと俺たちとでずいぶん違っているようだ。
「そちらの商品は冷蔵されておりますので、常温よりは十分に冷えておりますよ」
俺が声をかけると、三人が同時に振り返った。
少し戸惑ったような表情を浮かべていたが、すぐに先頭の青年が「おお、店長さん!」と軽く頭を下げる。
「いやー、すんません。うちの師匠に“昼に冷たいもん買ってこい”って言われて。けど、これじゃ冷たいって言えねえ気がして……」
どうやら、鍛冶場では「冷たい=凍ってる」らしい。
真夏でも炉の熱にさらされる彼らにとっては、体感的にも凍結してるくらいがちょうどいいのだろう。
「冷たいと言っても、“舌で冷たく感じる程度”ということもありますから……お試しいただいた方が早いかもしれませんね」
俺はそう言って、手近なカップゼリーをいくつか手に取ると、バックヤードの冷蔵庫から試食品用のミニカップを出して、一口サイズに取り分けた。
レジ横の簡易カウンターに並べて差し出す。
「よろしければ、こちらをお召し上がりください。よく冷えたゼリーです」
するとちょうど、通りがかりのシルヴィさんがそれを目に留めて、さっとカウンターに回ってきた。
胸元のリボンを揺らしながら、ぴたりと手を揃えて言う。
「提供用の紙ナプキンと、ウエットタオルをお持ちします」
きびきびとした動作で補助を整えると、彼女は見習いたちに向き直る。
「試食品とはいえ、清潔にお召し上がりくださいませ。冷却状態は保たれております」
「すげえ、店員さん……しゃきっとしてんな……」
金髪の青年がぼそりと呟いたが、シルヴィさんはそれに軽く会釈するだけだった。
三人はおそるおそるミニカップを手に取ると、それぞれ口に運んだ。
「……おお! これ、冷てぇな! 舌にしみるって感じ!」
「……ぷるぷるしてんのに冷たいって、すげえ……」
「何これ……こんな感覚、初めてかも……」
一口目の感想が出た瞬間、三人の目の色が変わった。
まるで温度そのものが言葉を超えて伝わったかのように、互いの表情を見て、うんうんと頷き合っている。
「凍ってなくても、こんなに冷たく感じるんすね……」
「すげーな、舌って。温度、わかるんだな……」
「じゃあさ、これ、他にも冷たいって言えるのか?」
彼らは再び冷蔵棚へ戻り、今度はプリンやフルーツ水、冷やしうどんなど、目についた商品を手に取っては、「これはどうだ」「お、こっちも冷えてる!」と楽しげに確認していた。
棚の前でやや興奮気味に議論を交わす三人の後ろ姿を見ながら、シルヴィさんが静かに呟く。
「鍛冶場という熱の環境にいれば、感覚が変化するのも自然です。身体に染みついているのでしょう」
「ええ、まさに“温度差”ですね」
俺がそう答えると、彼女はそっと頷いた。
その後、三人は氷菓子の棚へ辿り着き、最終的には棒付きアイスを人数分と、大袋入りのシャーベットをどっさり買い込んだ。
「結局、氷菓子が一番“わかりやすく”冷たいっすよね!」
「師匠にもこれで納得してもらえるだろ。文句言ったら、一緒に連れてくるべ」
「いやでも、今日のゼリー、俺ちょっとハマったかも……」
レジを通しながらそのやりとりを聞いていると、こちらもなんだか口元が緩んでしまう。
袋を抱えて帰っていく三人を見送りながら、俺はふと呟いた。
「冷たいの定義って、人によってこんなに違うもんなんですね……」
空には今日も月と太陽が同居。
夏の日差しがまぶしく降り注が中、しかし店内はゼリーの冷たさの余韻を、静かに保っていた。
スーパーまるかみ、温度の感じ方にも個性があります。
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