第5話「スーパーまるかみ、クレーム受けました」
異世界に来て五日目の朝。
空には今日も、やる気のある月と気まぐれな太陽が、相変わらず仲良く並んでる。
いい加減交代制導入しない? 月さんそろそろ過労でしょ?
スーパーまるかみ、本日も無事に開店。
コーヒー片手にレジで伸びをしていたその時、見慣れた――いや、まだ慣れきれない――ウィーンという自動ドアの開閉音が響く。
入ってきたのは、丸い耳と茶色い毛並みの、ちょっと目つき鋭めな獣人の中年男性。
昨日来たラッカじゃない。年齢的にもオーラ的にも、もうちょい厳しめ。
「……いらっしゃいませ」
「おう。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
やけに切り出しが硬い。
この時点で、俺の中の「対応マニュアル:クレーム編」が起動する。
「はい、どうぞ。なにか商品に不備がございましたでしょうか?」
「……昨日、うちのガキがここで“かれーぱん”ってやつを食ったんだよ」
「はい、カレーパンですね。ありがとうございます」
「でな、言ってたんだ。“辛くなかった!”って」
「……えっ、そっち?」
クレームの方向が完全に想定外だった。
「あのガキ、辛ぇもんに挑戦して“ひー!”ってなるのが楽しい年頃なんだよ。だから、あれは“かれー”って名前でいいのか?」
「え、はい……あれ、甘口ですので……お子さまにも安心な設計で……」
「そうか……なら、納得だ。すまん、怒鳴り込むつもりはなかったんだ。ただ、次は名前に恥じないもっと辛いのも置いてくれって、そう言いたくてな」
「……あ、ありがとうございます。ご意見、参考にさせていただきます」
なんだ、いい人じゃん。怖い顔に騙されるとこだった。
「ちなみに、“からあげ”ってのも食ったんだが、あれはいいな! あれは文句なしだ!」
「ありがとうございます!」
なにこれ、ほぼファンレターじゃん。
でもありがたい。異世界にも“意見を伝える文化”があるってわかっただけでだいぶ救われる。
その後もお客様は続々とやってきた。
冷凍食品の使い方を聞いてくるエルフ、レンジ加熱に驚いて「魔法や火をを使わず加熱するとは……!」と謎の納得をする魔族、栄養ドリンクを「生命の水か?」と問う妖精族(※未成年ではなかった)。
みんな個性は強いが、ちゃんと“客”としての距離感を守ってくれている。
こっちも真面目に、接客する。
「……でもまあ、“辛くない”が最初のクレームって、ほんと平和だな」
コーヒーを飲みながら、俺は天井を見上げる。
蛍光灯が今日も元気に光ってる。
「よし、辛口カレーパン、発注しとくか」
いつかこの世界にも“激辛チャレンジ系”が根付く日が来るかもしれない...なんてちょっと思ったら、楽しくなってきた。
「いらっしゃいませー!」
異世界スーパーマーケット、今日も元気に営業中です。