第48話「スーパーまるかみ、令嬢たちのごきげんおやつ会」
朝のうちは曇りがちだった空が、開店と同時に晴れ間を覗かせた。今日も特に目立った荷の入荷はなく、いつも通りの品出しを終えた頃、入り口の自動ドアが音もなく開く。
姿を見てすぐにわかった。
子爵令嬢、エルヴィーナ・リーベルト様。以前、駄菓子を通じてこの店の魅力にすっかり心を奪われたらしいお方だ。今日は、そのときとはまた違った雰囲気でのご来店だった。
「店長さん、ごきげんよう」
変わらぬ丁寧でやわらかな口調。それに続いて、やはりそれぞれ護衛を伴った二人の女性が後ろに控えていた。
「ご紹介いたしますわ。こちら、男爵家のご令嬢で、私の親しい友人たちですの。左がクラリーチェ・ノルテ様、右がセレスティア・エンディル様」
二人とも、整った身なりにしっかりとした立ち居振る舞い。いかにも上流階級の空気をまとっていた。
「クラリーチェですわ、本日はよろしくお願いします」
「セレスティアと申します」
丁寧に挨拶をしてくれたが、視線はどこか少しきょろきょろと周りに巡らせており、店内の光景にはまだ不慣れなようだった。
「ここが……噂に聞いていた、あの“珍しいお店”?」
「まあ……どこもかしこも、見たことのない物ばかりですわ」
あくまで控えめな口調ながら、興味は隠せない様子。俺はいつものように軽く会釈を返した。
「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
エルヴィーナ様はにこやかに頷きつつ、二人を導くように歩き出す。
「まずは、ぜひお見せしたいものがございますの。こちらですわ」
案内したのはもちろんあのコーナー――駄菓子棚だった。
店の中でも、もっともカラフルで、もっとも年齢層の読めない場所。
お菓子の袋や箱が所狭しと並び、どれもがどこか懐かしさと遊び心を感じさせる。あのときエルヴィーナ様が目を輝かせていた棚でもある。
「こちらが、私の大好きな“金平糖”ですの」
誇らしげに金平糖を取り上げる。カラフルで星のような形の小さな砂糖菓子。瓶に入っている様子も含めて、まるで宝石のようでもある。
「まあ……これは何て、可愛らしい……」
「光の加減で色が変わって見えますわ。夢のかけらみたい……」
二人の令嬢も目を輝かせ始めた。
手に取ってそっと眺めたり、瓶の中をのぞきこんだり。微笑ましいかぎりである。
飴玉や、小袋ラムネ、小さなゼリーに、サクサクのスナック。どれもが目新しく、どれもが選びがたいほどに魅力的だったようで――
「悩みますわね……でも、この小さな丸いの、可愛いですの」
「私はこの、透明の中に色が透けているものにいたしますわ」
少しずつ、けれど確かに、それぞれのお気に入りを選んでいく。会話のトーンは穏やかで優雅。なのに、何やら楽しげな色合いがにじんでいた。
やがて三人はレジを通り、それぞれに購入した菓子を手にイートインスペースへと向かった。エルヴィーナ様はまるで常連のような手慣れた様子で席を確保し、紙皿に菓子を並べる。
「こちら、お借りいたしますわね」
「どうぞごゆっくり」
そう応じてレジに戻りながら、俺はカウンターの陰から、三人の“おやつ会”をしばし見守った。
「まぁ、あちらの菓子……お花の形をしておりますのね。食べるのが惜しいくらい」
「香りも甘くて、どこか優しい……。これは、たしか“イチゴミルク”というのだったかしら?」
「ええ、それがまた、ふわりと口に広がって……このひととき、夢の中のようですわ」
テーブルの上には、紙皿に丁寧に盛りつけられた小さなお菓子たち。
金平糖はガラスの小鉢に移され、飴玉はひとつひとつ包装をほどき、小皿にきちんと並べられていた。
そこに、小袋のラムネが色とりどりに配置され、三人の手元にはそれぞれ紅茶の入ったカップ。
「ほんのりした甘さが続きますわね。後を引かないから、いくらでも食べられてしまいそう」
「駄菓子という響きには驚きましたけれど……これはもう、立派なティータイムですわ」
「この雰囲気……まるで、小さなサロンですの。お菓子の宮廷とでも申しましょうか」
周囲の客が少し距離を取りつつ、不思議そうに目を向けるなか、三人の貴族令嬢たちはその空間を優雅に満たしていた。
今まるかみのイートインスペースは無駄に高貴である。
仕草は一つひとつが洗練され、けれど表情には無邪気な喜びがにじむ。
お菓子に対する感想は、まるで詩のように美しく、笑い声さえもどこか品がある。
駄菓子という庶民的な存在が、食べる人でここまで上等で優雅な時を演出できるのかと、俺も少し驚いていた。
「次は、店長さんのおすすめなども、いただいてみたいです」
「ええ。もっと甘さ控えめなものや、食感の楽しいものも試してみたいですわね」
「まるで、小さな宝探しです。ひとつひとつに違う味と、違う物語があるのですから」
やがて時間が経ち、カップが空になり、お皿の上のお菓子も残りわずかとなった頃。
三人はゆっくりと立ち上がり、再び棚の方へ向かって歩き出した。
「少し、お土産も買っていきましょうか」
「ええ、おうちの妹にも見せてあげたいですわ」
「父も甘いものがお好きですのよ。これはきっと、驚く顔が見られますわね」
ふたたび駄菓子棚の前に立った三人は、先ほどよりもずっと熱心な様子であれこれと手に取り、吟味を重ねていく。
今度は量も少し多め。おそらく家族や侍女たちへの手土産として、心づくしの菓子選びを楽しんでいるのだろう。
「この、黒くて細長いの……このような塩味のある菓子もあるのですね」
「これはきっと、お酒にも合いますわね。父への手土産にぴったりですわ」
最後は、各々きちんと支払いを済ませ、袋を手にゆったりとした足取りで出口へ向かっていく。
「店長さん、今日も本当に、すてきな時間を過ごさせていただきましたわ」
「それは何よりです。またのお越しをお待ちしております」
「次はあちらの“チョコレートの菓子”というのを賞味いたしましょう」
三人は目を合わせて微笑み、護衛とともに静かに店をあとにする。
その背を見送ってから、俺はふと、イートインスペースの方に目を向けた。
紙皿とカップはきちんと所定の位置に置かれ、テーブルの上も整っている。
貴族というのは、こういう所作も含めて、身に染みついているのかもしれない。
レジ奥に戻り、椅子に腰を下ろして、俺はゆっくりとコーヒーに口をつけた。
ふと湯気の向こうに、星のような金平糖の姿が思い出される。
小さなお菓子がつなぐひとときは、思ったよりずっと、特別なものになるらしい。
スーパーまるかみ、ご令嬢たちのお茶会もOKです。
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