第46話「スーパーまるかみ、選べませんでした」
朝の開店直後、まだ店内が落ち着いている時間帯だった。
レジ横で帳面の数字を追っていたところ、自動ドアが音を立てて開く。
顔を上げると、どっしりした体格と見事な髭のドワーフの姿――ガンドルフさんが入ってくるのが見えた。
そのすぐ後ろには、揃いの前掛けをした小柄な若者たちがぞろぞろと続く。
全員がドワーフで、腰には工具袋。見るからに職人見習いといった風情で、彼の工房で徒弟として働いているのだろう。
「おはようございます、ガンドルフさん。今日はお連れさまが多いですね」
俺が声をかけると、ガンドルフさんはぶっきらぼうに頷いた。
「おう。うちの徒弟どもが『一度は店を見てみたい』とうるさくてな。仕事終わりに引き連れてきたんだ」
彼の言葉に、後ろの徒弟たちが一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」「お世話になります!」
礼儀はしっかりしているようで、ひと安心。
けれどその目はみんな、店内のあちこちに向けられていて、完全に探検気分だ。
「……うわっ、すごい」
「これが、話に聞いた『まるかみ』……」
「広いし明るいし……天井高いですね!」
棚の間を歩きながら、口々に興奮気味な感想が飛び交っている。
それを見ながら、ガンドルフさんはどっかと腕を組んだ。
「……まあ、こういうやつらだ。今日はひとつずつ好きなもん買っていいことにした。勉強の一環ってやつだな」
「なるほど。でしたら、ゆっくり見て回ってもらえれば」
そう言うと、徒弟たちは「ありがとうございます!」と大きな声で礼を言って、思い思いに店内へ散っていった。
……が。
しばらくしても、誰ひとり商品を手に取ろうとしない。
みんなあちこちで立ち止まっては、じっと棚を見つめているばかりだ。
俺が気になってガンドルフさんの方を見やると、彼は溜息混じりに呟いた。
「案の定ってやつだ。普段は同じもんばっかり食ってる生活だからな……こういう場所に慣れてないと、何から手をつけていいか分からなくなる」
確かに、棚にはパンだけでも十数種類。サンドイッチ、惣菜パン、甘い菓子パン。色とりどりで目移りするのも無理はない。
すぐそばの惣菜コーナーでは、迷子のような顔をした徒弟の一人が、同じ形に見えるコロッケを見比べていた。
「これとこれ、何が......違うんだ……?」
見かねた俺は、レジの脇からあるものを手に取って近づいた。
「ガンドルフさん、こういうのはどうでしょう」
差し出したのは『おためしバスケット』。
まるかみ特製の、小分け商品を詰め合わせたセットだ。惣菜版、パン版、お菓子版など、いくつかのバリエーションがある。
「ふむ? なんだこりゃ」
「いろんな種類を少しずつ試せるセットです。初めての方や、何を買えばいいか悩む時におすすめでして」
渡されたバスケットを見たガンドルフさんは、少し驚いたように目を丸くしてから、感心したように唸った。
「なるほどな……気が利いてるな。確かにこれなら悩まずに済む」
「好きなものが見つかれば、次からはそれを選びやすくなりますし」
「おい、お前ら! こっちに来い!」
ガンドルフさんが声を上げると、あちこちに散っていた徒弟たちがすぐに集まってきた。
「よく見ておけ。これが“気配り”ってやつだ。見習え」
「うわー、いろんなのが入ってる……」
「すごい、甘い匂いがするのと肉っぽい匂い、両方ある!」
「たくさん入ってこれ一個でいいの!? すげえ!」
興奮気味にバスケットを抱えた徒弟たちは、それぞれ会計を済ませ、イートインスペースへ向かっていった。
見送るガンドルフさんの目はどこか柔らかい。工房ではなかなか見られない表情なのかもしれない。
その後、イートインではちょっとした小騒ぎが起きていた。
席に着いた徒弟たちは、手にしたバスケットの中身を物珍しそうに一つひとつ取り出し、口々に感想を漏らしていた。
「このパン、甘いのにしつこくないっすね!」
「この肉のやつ、すげえ味する……!」
「俺、この卵のん好きかも」
誰かが感想を言えば、すぐに「それ俺も食ってみたい」と手が伸びる。バスケットの中身は交換の嵐で、最終的には誰の何だったかよくわからなくなっていた。
「おい、そっちのカレーパン一口くれって!」「うまいなこれ。……もう一口だけ……」「ずりぃぞお前!」
まるで遠足の昼休みのように、あれやこれやと手を伸ばし合い、味の発見に目を輝かせている。
そんな様子を、少し離れたテーブルからガンドルフさんが見ていた。
組んだ腕を崩さず、じっと様子を見守っているだけだったが、その視線はどこか柔らかい。
徒弟たちが騒ぎすぎてパンくずをこぼすと、「こぼすな、拾って食え」とぼそり。叱っているようで、どこか嬉しそうだった。
何か言葉をかけるでもなく、彼はパンを一つ手に取り、静かに口へ運ぶ。
その目元は、少しだけ細まっていた。
やがて皆が食べ終える頃、徒弟の一人がぽつりと呟いた。
「……こんなに色々あると、迷うだけで時間かかっちまいますね」
「……けど、面白かったっす」
「また来たいなあ」
その言葉に、ガンドルフさんがふっと鼻を鳴らす。
「選ぶのも修業だ。味を見て、自分で判断できるようになっとけ」
それを聞いた徒弟たちが「へい、親方!」と慌てて返し、再び笑いが弾ける。
そして、俺の方をちらりと見てから、ガンドルフさんがぽつりとひと言。
「……また近いうちに来るさ。今度は、もっと腹を空かせてな」
その口調はいつも通りぶっきらぼうだったが、帰る後ろ姿はどこか満足そうに見えた。
閉店後。
今日も静かになった店内で、俺はいつものようにレジ横でコーヒーを淹れる。
カップを手にしてイートインの椅子へ腰を下ろし、一息ついた。
今日は、なかなかにぎやかだったな。
窓の外に目を向けると、今日も太陽と月が静かに浮かんでいた。
スーパーまるかみ、食卓は今日も賑やかに広がっていきます。
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