第43話「スーパーまるかみ、掃除がはかどります」
朝の掃き掃除を終えたあと、帳面を閉じて、ふと視線を上げる。
入口近くの棚に並ぶ、日用品の数々。その一角に、地味に目立たないアイツが並んでいた。
粘着式の床クリーナー。──いわゆる、コロコロ。
転がすだけで小さなゴミや埃がくっつく、簡単な掃除道具だ。
この世界でも掃除はされているが、ほうきが中心で、粘着道具は珍しい。
売れているとは言いがたいが、仕入れてから地味に棚には置いてある。
「……ちょっと目立たせてみるか」
入口近くの、少し目に付きやすい場所へ移動。
ついでに小さなPOPをひとつ、《くっつけて取る、新しい掃除》とだけ書いて添えた。
最初に足を止めたのは、常連らしき若い旅人。
棚の前に立ち、しげしげと商品を見つめている。
「店長さん、これ……武器ですか?」
「違います」
──と即答したくなる気持ちを、なんとか抑えてから口を開く。
「床に転がすと、細かいゴミがくっついて取れる道具です。粘着力を使ってるんですよ」
「……へぇ。魔力とか使ってるわけじゃないんですね?」
「はい、ただの粘着です」
目の前で試したいというので、見本を取り出して、レジ前のマットに一回転。
わずかな埃がぴたっと張りつくのを見て、目を丸くしていた。
「なるほど、これは……掃除が捗りそうです!」
「ええ、店内はご遠慮いただいてますけど、家でどうぞ」
「そ、そうでした!失礼!」
嬉しそうに一本買って帰っていった。
次にやってきたのは、野菜と調味料を買いに来た中年の男性。
何気なく棚を見たあと、ひとつ手に取って、真顔で言った。
「これ……罠にはなりませんかね」
「……まあ、足元に仕掛けたら驚きはするかもしれませんが……」
「おぉ、それいいかもしれん」
──言い過ぎたかもしれない。と反省しつつ、レジを通す。
午後になると、三人組の若者が連れ立って来店した。
一人がコロコロを手に取ったのをきっかけに、なぜかその場で議論が始まる。
「こうやって転がすってことは、毒霧を撒くとか……」
「いやいや、これは防具に付けて、接近戦でくっつけて動きを止めるやつだな」
「粘着トラップ系ね?」
隣の棚で商品を並べていた俺は、黙って聞いていたが、さすがに一言。
「床の掃除用です」
「あっ、すみません、ちゃんと使います」
何が“ちゃんと”なのか分からなかったが、三人とも一本ずつ買って帰っていった。
そのあとも、少しずつ売れ続けた。
派手な商品ではない。けれど、使ってみると効果は一目瞭然。
「これ、壁にも使えますか?」と聞かれたときには「壁紙が傷むかもしれないのでおすすめはしません」と返しておいたが、
「じゃあ床を徹底的に」と意気込まれた。
閉店が近づくころ、棚の在庫は半分ほどになっていた。
ふと見ると、イートインスペースの床が朝より明らかにきれいになっている。
「……誰かが使ったのか」
もちろん、開封された形跡はない。たぶん、家で使って気に入り、その勢いのまま持ち込んで掃除したのだろう。
「熱心なのはありがたいけど……まあ、ありがたいか」
湯を沸かしながら、帳面に売上をつける。
今日だけで十本近く出ている。
商品が役に立つというのは、たしかに実感しづらいこともある。
けれど、こうして棚が減っていくと、少し誇らしくもなる。
コーヒーを淹れて、椅子に腰を下ろす。
棚を眺めると、残りのコロコロが、やけに凛として見えた。
「……地味に、いい仕事してるな」
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、掃除も売れて、店もぴかぴかです。
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