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第41話「スーパーまるかみ、風が出ました。」

 朝から、外の空気が妙に重かった。

 風もなく、空気がじっとしている。客の入りもゆっくりで、いつもより、ひとつ深く息をつく。


「……今日は何か暑いな」


 冷たい飲み物の棚を手直ししつつ、入り口付近に簡易コーナーを作ることにした。

 冷感タオル、汗拭きシート、うちわ、そして──ぎゅっとすると羽根が回転して風が出る、グリップ式の携帯ファン。

 小型で片手に収まり、風が出るおなじみの便利なやつだ。


 商品の札には、《片手で涼しい風、持ち歩けます》とだけ書いておく。


 あとはいつも通り。静かに開店。


 


 最初にその“風の道具”を手にしたのは、旅の途中らしき男だった。

 棚を一巡し、何か目を留めたように手を伸ばす。


「……なんだこれ?」


 店内の冷気のなか、彼がグリップ部分を押すと、ぶぅ〜ん、と羽根が回り、小さな風が顔に当たる。


「お……? おぉ? 風が……風が出るぞ!?」


 やや大きめの声に、近くにいた別の客も顔を上げる。


「なんだそれは……魔道具か?」


「いや、何も詠唱してないし……握ったら風が出たんだ」


 商品を手にした男は、そのまま店の入り口に歩いて行くと、顔に風を当てながら真顔で言った。


「……マジか、この中に風の精霊がいるのか?」


「いません」


 レジから静かに答えたが、届いたかどうかは分からない。


 


 しばらくして、扇風機を手にした別の客がやってくる。


「これ……握るだけで風が出るのは、何か……精霊との契約が必要ですか?」


「いえ、そういうものではありません」


「では、祈りが必要とか……?」


「必要ありません」


「……ただ握れば、風が出る?」


「はい」


「……それだけ?」


「それだけです」


 言い切ると、その客は「なるほど」と納得したようなしないよな、小首を少し捻りながらも扇風機を三つ持って帰っていった。


 


 さらにその後──


「この“ぶぃぃぃん”って音が……たまらんですね……」


 と、延々カチカチとする者が現れ、


「もしや! これは剣に取り付けたら風属性になるのでは?」


 とよく分からない理論を考え始める者まで現れた。

 それを聞いて、さすがに俺も口をはさんだ。


「道具の用途は、涼むことです。武器ではありません」


「……なるほど。これで実は戦えるほどの風が起こせるとかは……?」


「戦えません」


 


「店長さん、やたらと売れてますね」


 シルヴィさんが在庫を補充しながら、こっそり声をかけてくる。


「見た目のわりに、効果がわかりやすいんでしょうね」


「なんだか……皆さん、使い方を想像する方向がすごいです」


「まあ、初めてみるものに興味があっていろいろ言いたくもなった感じでしょう」


 


 気づけば、ファンの在庫は残り数個。追加分を出しながら、帳面にも印をつける。

 想定より売れたのは嬉しいが、さすがに“風の召喚器”として広まるのは困る。


 


 夕方、客足も落ち着いたころ、いつものように湯を沸かしてコーヒーを淹れる。

 レジ奥の椅子に腰をおろし、扇風機売り場のほうをちらりと見る。


 誰もいない。けれど、棚はすっかり空っぽになっていた。


 


 風は目に見えない。だけど、確かに涼しさは届けられる。


「……まあ、売れればいいか」


 湯気の向こう、扇風機の音がまだどこかに残っている気がした。


 


 空には今日も、太陽と月。

 スーパーまるかみ、今日も風が売れました。


読んでいただきありがとうございます!


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