第35話「スーパーまるかみ、お嬢様は駄菓子に恋をする」
昼下がりのまるかみの前に、一台の上等な馬車が停まった。
扉が開き、日傘とともに現れたのは、きめ細やかな金髪に涼しげな碧眼、整った立ち姿の少女。
背後には護衛らしき騎士と、控えめな侍女がつき従っていた。
「ここが……村で話題になっていた店?」
そうつぶやいた令嬢は、周囲に目をやりつつ、まるかみの扉へ向かう。
自動ドアが静かに開くと、少し驚きつつもゆっくりと店内に、そして外の暑さとは対照的な涼しさが一行を包んだ。
「いらっしゃいませ」
俺はいつもと変わらぬ調子で声をかけた。
高貴な雰囲気に呑まれることなく、平常心で接するのがまるかみの方針だ。
「ええ、ありがとう。ご案内いただけるかしら?」
そう訊ねられてうなずいたところで、令嬢は軽く裾をつまんで名乗った。
「わたくしは、エルヴィーナ・リーベルトです。父が子爵位を預かっています。名乗らぬままでは失礼かと思いまして」
「この店の店長を務めております、丸上と申します。どうぞごゆっくりお過ごしください、エルヴィーナ様」
護衛と侍女が控えめに頷き、三人はゆっくりと店内を歩き出した。
整然と並ぶ商品棚、冷蔵ケースの陳列、整った照明。
それらをひとつずつ眺めながら、エルヴィーナ様は静かに感嘆の声をもらした。
「なんて不思議な空間でしょう。美しいのに、威圧感がまったくない。これは……品のある実用品?」
「はい。どれも日常使いの品々です」
「見た目も機能のうち、というわけですわね。素敵です」
そうして歩くうち、彼女の足がふと止まる。
視線の先には、色とりどりの包装が並んだ駄菓子棚。
「まあ……これは?」
「こちらは“駄菓子”と呼ばれる、気軽なおやつです。小さな子どもから大人まで楽しめる品ですね」
「駄菓子……なんて愛らしい響きなのかしら」
エルヴィーナ様は手を伸ばしかけて、ふと迷ったように引っ込めた。
その様子を見て、俺はひとつの小袋を取り、彼女に差し出した。
「もしよろしければ、こちらをお試しになりますか。金平糖というお菓子です。味も形も、印象に残る一品です」
「まぁ、試食まで……よろしいの?」
「はい。初めていらして頂いたお客様ですから、特別に」
エルヴィーナ様は丁寧に受け取り、金平糖をひと粒、指先でつまんだ。
舌の上に乗せた瞬間、彼女の目がわずかに見開かれる。
「……甘い......しゃり、と音がして、それから……」
しばらく静かに味わってから、微笑を浮かべた。
「……まるで、星が溶けていくみたいですわ。これは……なんて美しいお菓子」
「お気に召していただけたようで、何よりです」
「ええ。ぜひ、他のものも見てみたいですわ」
彼女はさっそく気になったであろう、いくつかの駄菓子を買い求め、イートインスペースへ移動する。
テーブルの上に並んだのは、ミニドーナツ、チョコクランチ、ボトルラムネ、カラフルなスティックゼリーなど。
どれも見た目に楽しく、包装を開けるだけで笑みがこぼれる。
「では、皆さんもご一緒に。せっかくですもの」
彼女に促され、護衛と侍女も遠慮がちに椅子に腰かけた。
最初は小さく一口ずつだったが、次第に空気はほぐれていく。
「……このドーナツ、ふわふわしていて……なんて優しい味」
「こちらの茶色いものはチョコレートというのですね……中に何か入っているな。これは面白い……」
「酸っぱいのは苦手かと思いましたけど、これはクセになりますわ」
やがて、エルヴィーナ様は再び売り場に向かった。後を追う侍女ご買い物かごを手に取り、追加の駄菓子をまとめて購入していった。
「これは……一種の文化ですわね。庶民の詩とでも申しましょうか。小袋の中に、物語が詰まっているようで」
会計を終えたあと、彼女は袋を両手に抱えて出口に向かう。
振り返りざまに、俺へ一礼して、静かに言った。
「素敵なお店でした。わたくし、きっとまた来ますわ。父にも話してみようかしら」
「いつでもお待ちしております」
エルヴィーナ様とその一行が馬車に乗り込み、遠ざかっていく。
静けさが戻った店内には、ほんのり甘い余韻が残っていた。
俺はポットから湯を注ぎ、ホットコーヒーを一杯。
湯気に顔を寄せ、香りを吸い込む。
そして、ひと口。
「……お菓子って、誰にとっても少し特別なんだな」
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、小さな甘さが、お嬢様の世界を少し広げる。
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