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第33話「スーパーまるかみ、歌に残る甘いひと匙」

 昼下がりのまるかみ。

 店内には静かな空気が流れていた。


 客足が落ち着いたこの時間、俺はレジ横で伝票を整理していたが、入口の自動ドアが開く音に顔を上げた。


 入ってきたのは、羽織のような長衣に肩掛けをかけ、腰には小ぶりな楽器を吊るした、風変わりな男だった。

 年の頃は三十代半ば、旅の砂埃をまといながらも、仕草には妙に気品がある。


「……ふむ。なるほど、これが噂の“店”か」


 男はそう呟くと、ゆっくりと歩を進めながら、店内を眺めはじめた。




 声をかけようと近づくと、彼の方から先に話しかけてきた。


「店主とお見受けしますが、違いますかな?」


「はい、こちらの店で店長をしております。いらっしゃいませ」


「これは丁寧に。私、こういう者です」


 そう言って先程腰に吊るしていたギターのようなウクレレのような楽器を掲げた。正直、変に名乗るよりも、確かにこちらのほうが通りがいいのだろう。


「吟遊詩人をしておりましてね。あちこち旅をしながら、人々の営みを歌や物語にして伝えるのが生業でして」


「なるほど……今日は、こちらへは?」


「ええ、村の宿で耳にしたのです。“不思議な品々を揃えた珍しい店がある”と。これは見ておかねば、語り手として失格だと思いましてね」


 


 吟遊詩人は物珍しそうに店内を巡り始めた。

 見たこともない包装、文字の印刷、整然と並ぶ品々。

 「この一つひとつが誰かの暮らしを変えるのか」と感慨深げに眺めていた。


 しばらくすると、冷蔵棚の前で足が止まった。


「ふむ......これは……?」


 彼の視線の先には、透明なカップに入ったプリン。

 ツヤのある表面の下に、とろりとした柔らかさが透けて見える。


「それは“プリン”という甘いおやつです。冷たくて、口当たりが滑らかで……少し贅沢な一品ですね」


「ほう。なんだか、呼び名からして詩的じゃありませんか。“プリン”……語感がいい。響きもいい」


「おひとつ、いかがですか?」


 すすめると、吟遊詩人は目を細めてうなずき、すぐにレジへ向かって一つ購入した。



 イートインスペースへ案内し、スプーンも添えると、吟遊詩人は椅子に腰を下ろした。

 そして、カップの蓋をゆっくりと剥がす。


 まずは、香りを確認。

 次に、スプーンで一匙すくい、慎重に口へ運んだ。


 その瞬間、動きが止まった。


「………………」


 目を閉じたまま、静かに味わっている。

 やがて、瞳を開いたその顔には、真剣な驚きが浮かんでいた。


「……これは……っ!」


 彼は立ち上がり、店内をぐるりと見回したあと、急に両手を広げて高らかに言った。


「詠おう、今こそ! この奇跡の甘味を、声と節にのせて!」


「えっ」


 シルヴィさんが近くで補充作業をしていた手を止めた。

 そして始まったのは、なんと即興の歌。


 


 ――黄金のとろけ しずくの詩よ


 ――舌を染めゆく 柔らかなる月の泡


 ――この地に落ちた 甘露の一滴

 ――それは名を……プリン!


 


 想像以上に本気だった。


 歌声は思いのほか良く通る。

 イートインスペースに反響するその旋律は、妙に耳に残る抑揚で、思わず聞き入ってしまう。


「……これは......なんというか、凄まじいですね?」


「ええ、まあ……面白いので、いいんじゃないですかね」


 


 歌い終えた吟遊詩人は、ひと息ついてプリンの残りを再び口へ運んだ。


「味も素晴らしいが、あの食感、あの舌触り……唯一無二。これを知らずに旅をしていた自分が恥ずかしい」


「それは光栄です」


「この味を知らずにいる者たちのため、私は歌いましょう。この“プリン”の名と存在を、各地に届けるために!」


「そういうことなら、在庫を補充しておきますね」


 


 吟遊詩人は追加でプリンを三つ購入し、手提げ袋に収めながらご満悦の様子。


「いやあ、良い出会いだった。まさか新しい歌の主役が、これほど小さなカップに収まっていたとは」


「お足元に気をつけて。またいつでも、お立ち寄りください」


「ええ、その際はまた、新しい歌をお届けしますとも!」



 高らかな声とともに店を後にする吟遊詩人。

 ドアが閉まったあと、しばらくのあいだ、店内はほんのりと余韻に包まれていた。


 


 静けさが戻ったタイミングで、俺は湯を沸かし、マグカップにいつものコーヒーを淹れる。


 スプーンで軽くかき混ぜ、一口。


 ほどよい苦味が、さっきまでの歌声を静かに打ち消してくれる。


「……プリン一つで、歌ができるとはなぁ」


 


 空には今日も、太陽と月。


 スーパーまるかみ、あなたの物語にも、ひと匙の甘さを。


いかがでしたでしょうか?


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