第31話「スーパーまるかみ、半年と少しの記録帳」
昼の山場を越え、まるかみの店内に静けさが戻っていた。
レジ横で伝票の整理をしていた俺は、紙の束の中に妙なものを見つけて手を止めた。
少し黄ばんだ紙。手書きの走り書き。
「初期配置案」「水は左、うどんは右。醤油の隣に何か置きたい」――自分の字だ。
……懐かしい。これは、異世界に転移して最初の週に書いたメモだ。
試行錯誤の跡がそのまま残っていて、見ているだけで当時の空気がよみがえってくる。
「店長さん、どうかされました?」
後ろから声をかけてきたのは、シルヴィさん。
帳簿を抱えていた彼女が、俺の手元をのぞき込む。
「あ、もしかして……昔の記録ですか?」
「ええ。最初の頃のメモが混ざってました。陳列棚の配置案とか、売れ筋の予想とか、あとは……食べられるかわからない食材の調査リストまで」
「へぇ……これ、ぜんぶ手探りだったんですね」
「今思うと、よく営業続けてこれたなって感じです」
彼女はその紙の一枚をそっと手に取って、読み上げる。
「“棚が足りない。段ボールで仮棚を組む予定。カップ麺は重ねすぎると崩れる”……」
「実際、一度崩れました」
「ふふっ……」
くすっと笑ったあと、彼女は少しだけ真剣な顔になって言った。
「でも、こういう記録って、すごく大事ですね」
「そうですね。忘れないようにと始めたことでしたけど……いつのまにか、積み重なってました」
そのとき、入口の自動ドアが開く音がした。
入ってきたのはラッカさんだった。
変わらない無骨な顔つきで、変わらず惣菜と飲み物をかごに入れて、変わらずレジに持ってくる。
「今日はこれで」
「いらっしゃいませ。今日もありがとうございます」
「ここ、前より整ってきたな」
「そうですか?」
「最初の頃は惣菜の棚、何がどこにあるかわからなかった。今は目つぶってても取れる」
「それは……それでちょっと心配ですが」
「誉めてるつもりなんだがな」
ラッカさんはいつもどおりに笑わず、けれどどこか穏やかな声でそう言って、商品を受け取って帰っていった。
記録の紙を棚に戻しながら、俺は改めて思った。
最初は右も左もわからず、ただ目の前の作業をこなすだけだった。
だけど今は、誰が来て、何を買って、どう帰っていくのか――それが自然に頭に浮かぶ。
たぶんそれが、店を続けるってことなんだろう。
俺は新しいノートを一冊引き出しから取り出し、表紙に「七ヶ月目」と書いた。
横で見ていたシルヴィさんが、それを見て嬉しそうにうなずく。
「また新しい記録帳ですね」
「ええ。続ける限り、増えていきますから」
ひと段落ついたところで、湯を沸かす。
マグカップにインスタントコーヒーを注ぎ、香りをひと息、ゆっくりと。
ひと口飲んで、背筋がすっと伸びる。
「半年と少しか。……もう少し、ここでやっていきますか」
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、ひとつずつ、思い出を並べていきます。
いかがでしたでしょうか?
ブックマーク、評価、コメント、感想など励みになります。
いただけたら嬉しいです!




