第29話「スーパーまるかみ、懐かしい声に振り向けば」
午後のまるかみは、静けさが戻りつつあった。
昼の混雑も一段落し、冷房のきいた店内に落ち着いた空気が流れている。
俺はレジ横で伝票の確認をしていたが、ふとドアの開く音に顔を上げた。
入ってきたのは、淡い緑色のワンピースを着た女性だった。整えられた髪と、少しだけ日焼けした肌。柔らかな足取りで、ゆっくりと棚を見回している。
どこか見覚えがある顔だった。
「……あの、以前に一度だけ伺ったことがありまして」
俺が声をかけるより先に、女性の方が口を開いた。
「そのときはひとりで見て回っただけでしたが、今日はちょっと……ご相談に」
「いらっしゃいませ。思い出しました。確か、朝の時間に少しだけ」
「はい、覚えてくださっていて光栄です。町の学校で教えている、カナリアと申します」
カナリアさんはレジ前まで歩み寄ると、肩にかけていた鞄を軽く押さえた。
「今度、学校でちょっとした課外活動があるんです。遠足というには小規模ですが、その際に軽食を配ることになりまして」
「それはまた、楽しい行事ですね」
「子どもたちの中には、食べられないものがある子もいて……なるべく、安全で、持ち運びしやすくて、かつ喜ばれるものがいいなと」
「お任せください。いくつか候補をご案内します」
俺はカナリアさんを連れて、菓子棚の方へ向かう。
個包装の焼き菓子や、ゼリー、スティックタイプのスナックなどが並ぶコーナーだ。
「こちらは、保存も効きますし、小さな子でも食べやすいです」
「……あっ、これは、昔自分が食べていたものと似てますね」
「最近は素材にも気を配ったものが多くて、甘さ控えめのタイプも出ています」
カナリアさんは真剣な表情で、一つひとつ手に取り、裏面の表示を確認していた。
そこへ、シルヴィさんが近づいてくる。
「店長さん、先ほど補充した分、こちらの伝票に追記しました」
「ありがとう。……カナリアさん、こちらはシルヴィさん。当店のスタッフです」
「はじめまして、シルヴィです」
「こんにちは。とてもきちんとされていて、素敵なお店ですね」
軽く頭を下げたカナリアさんの表情が、少しやわらいだ。
シルヴィさんは棚の品を見ながら、ぽつりとつぶやく。
「子どもさん用だと、これとかどうでしょう? 小さめで手が汚れにくくて、味も優しいです」
「それも良さそうですね。……あら、こちらのミニカステラも可愛らしい」
「包装も丈夫ですし、たぶん潰れたりもしにくいかと」
「……こうやって選ぶの、楽しいですね」
やがていくつかの商品を選び終えたカナリアさんは、袋を手にレジへ戻ってきた。
「今日はこちらの下見も兼ねていたのですが……また行事の時期が近づいたら、事前に相談に来てもよろしいでしょうか?」
「もちろん。ご予算に応じてセットのご提案もできますので、いつでもどうぞ」
「ありがとうございます。本当に、助かります」
会計を終えて帰る前、カナリアさんが少し振り返って言った。
「生徒たちに“お店の人と一緒に選んだんだ”って話すと、きっと喜びますね」
「それは光栄です。こちらこそ、楽しい時間でした」
カナリアさんの姿が見えなくなったあと、店内にはふたたび静けさが戻る。
俺は湯を沸かして、レジ奥のマグカップにインスタントコーヒーを注いだ。
香ばしい香りが立ち上る。ひと口、ゆっくりと飲み込む。
「……まるかみの味が、遠足の思い出になるのか。悪くないな」
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、遠くても、心にはいつも近くに。
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