第25話「スーパーまるかみ、届けた味と変わらぬ笑顔」
昼の賑わいが落ち着いて、店の空気がゆったりと動き出す時間帯だった。
レジ横で伝票を整理していると、入口の自動ドアが静かに開く。
顔を上げれば、アラットさんが鞄を肩に提げて入ってきた。
やや疲れは見えるけど、顔はどこか晴れやかだった。
「こんにちは、店長さん。先日はありがとうございました」
「いらっしゃいませ、アラットさん。どうでしたか?」
そう尋ねると、アラットさんは鞄を軽く叩いてから、にこりと笑った。
「はい、完売でした。最後の一つが売れたのは夕方でしたけど、全部、ちゃんとお客様の手に渡りました」
「それは……素晴らしいですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。鞄の効果も大きかったですが、やっぱり味の力が強かったんです。『また来るの?』って、何人かに聞かれました」
「うれしいお言葉ですね。まるかみの商品が、きちんと届いたという証拠です」
「はい。渡したときの『おいしい』の顔が、ほんとうに印象的で……。それが嬉しくて、余った分も結局、誰にもあげずに全部売りました」
アラットさんの目には、初めての試みをやり遂げた手応えがにじんでいた。
棚の向こうから、やわらかな足音が近づいてきた。
ミリエラさんだった。手にはかご、笑みを浮かべたまま近寄ってくる。
「それは、素敵なことでしたね。届けるというのは、ただの運搬とは違うのでしょう?」
「これはこれは、お久しぶりです……ミリエラ殿。はい、まさにその通りでした」
「きっと、まるかみの惣菜を“思い出す味”にした人が、何人かできたと思いますよ」
その言葉に、アラットさんは少しだけ照れながら笑った。
「そうだったら、本当に嬉しいです。……実は、揚げ物を並べた瞬間、少し湯気が立ってて。ふわっと香ばしい匂いが広がって、それで立ち止まってくれた人もいました」
「揚げ物は、香りも音も、ごちそうの一部ですから。五感を刺激する料理は強いですよ」
ミリエラさんは目を細めて、どこか楽しそうに言った。
「いいお話をありがとうございました、アラットさん」
俺は伝票に印をつけながら、改めて声をかける。
「今後も、無理のない範囲で続けてみてください。こちらでも準備できるようにしておきます」
「はい。次はもう少しだけ数を増やしてみようかと思っています」
「その際は、またご相談ください」
アラットさんは深く頭を下げて、肩に鞄をかけ直した。
「では、また笑顔で報告に来られるように頑張ります」
アラットさんが帰ったあと、ミリエラさんが俺のほうを向いて言った。
「店長さん。ああして、誰かにまるかみの味を伝えてくれる方がいるのは、すてきなことですね」
「ええ。ありがたいお話です。少しずつでも、こうして広がっていくのはうれしいことです」
「シルヴィさんも、そろそろ“届ける”という意味に触れていく時期かもしれませんね」
「そうですね。彼女にはいずれ、表からも裏からも、店を見て感じてもらいたいと思っています」
午後の日差しがレジ横に差し込んでくる。
俺は伝票の空いた余白に、アラットさんの名前と「完売」とだけ書き足した。
きっとこの先も、何かの節目にはこの文字が思い出される気がした。
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、誰かに届いたその味が、またひとつ笑顔をつないでいきます。
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