第22話「スーパーまるかみ、はじめてのシルヴィさん」
朝の空気は澄んでいて、やや肌寒さの残る気温だった。
開店をあらかた終えて、入り口を見ると、店の前に立っている影に気づく。
そこには、ぴしっと背筋を伸ばして直立する少女の姿があった。
銀髪のサイドテール、大ぶりなリボン、跳ねるアホ毛、クラシカルなメイド服、そして規格外の胸元――
相変わらず強烈すぎるバイト候補、シルヴィさんだ。
「おはようございます、店長。ご指定時間の三十分前到着を目標といたしました」
「おはようございます、シルヴィさん。……予定には十分な余裕ですね」
「既に外周警備も完了しております。特に異常はありませんでした」
「いや外周警備はしなくて大丈夫です」
第一声から全力すぎる。
開店と同時に、シルヴィさんの勤務初日が始まった。
彼女が最初に任されたのは、惣菜コーナーの補充だった。
「本日分のコロッケ、並べ終わりました」
「ありがとうございます。……あれ?」
コロッケがすべて、同じ向き・同じ間隔・同じ角度で整列している。
芸術的な陳列だが、整いすぎて逆にちょっと怖い。
「整列は購買意欲の助力になるかと。なお、油の照りを均等に保つため、並べ直しは三度行いました」
「三度……」
そのこだわり、別の意味で揚げ物が熱くなる。
続いて、レジカウンターでの接客練習。
最初のお客さんは、小さな犬獣人の少女――コロンちゃんだった。
「こんにちは〜。あ、プリンとパンと……えっと……これ!」
「かしこまりました。ありがとうございます」
シルヴィさんは丁寧に商品をスキャンし、釣銭を手に取ると、
「……釣銭、銀貨一枚、小銅貨二枚。合計三枚。再確認……問題なし。では、お渡しします」
「……?」
コロンちゃんがきょとんとした顔で、両手を出す。
「……大変失礼しました。ありがとうございます、でございました」
深々とお辞儀して釣銭を渡すシルヴィさん。そのまま「ご退店後の足元にお気をつけくださいませ」とまで言い添える。
コロンちゃんはちょっと困ったように笑って、小さく手を振って帰っていった。
「……えっと、シルヴィさん」
「はい、店長さん」
「すごく丁寧で、正確なのはありがたいんですが……釣銭の確認は一回で大丈夫ですし、深々と頭を下げる必要もないです。相手が小さい子なら、もっと……普通でいいというか」
「……至らず、申し訳ありません!」
「いや、怒ってるわけじゃなくて」
その後も、彼女の真面目さは一貫していた。
ラベルの角度を一度単位で整える。
揚げたてのコロッケの“音”を記録する。
客の目線から見えにくい棚を「改善対象」としてメモをとる。
「そんなに詰め込むと疲れませんか?」
「いえ! 働くというのは、こういうことかと……!」
「うん。でも、続けていくことも仕事のうちですから」
「……はい」
午後、店内が一段落した時間帯。
惣菜コーナーに並んだ新しい商品を見て、シルヴィさんが立ち止まった。
「これ……昨日、仕込まれていた惣菜ですね。あの、よろしければ、試食など……」
「あ、気になるなら味見していいですよ。まかない的な位置づけなので」
言い終えるより早く、シルヴィさんは一口サイズに切り分けた一品を、フォークで丁寧に口に運んだ。
「……っ。おいしい……!」
そのとき、ふわっと表情が緩んだ。
感情の幅が狭そうに見えていた彼女の顔に、はじめて“仕事とは関係ない感動”が浮かんだ気がした。
「……これは、ぜひお客様にも味わっていただきたいです」
「うん。まずは、自分が楽しんでるのが伝われば、それが一番ですよ」
「……はい!」
ようやく、笑顔らしい笑顔が見られた。
一日の勤務が終わる頃には、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
姿勢は相変わらず真っすぐだが、受け答えにどこか自然さが混じるようになっていた。
「本日は、ありがとうございました。至らぬ点は多々ありましたが……明日も、よろしくお願いします」
「こちらこそ。……少しずつでいいので、慣れていきましょう」
シルヴィさんは、嬉しそうに笑って一礼した。
……盛られすぎな見た目も、こうやって馴染んでいくのかもしれない。
いつもと変わらぬ空の下、今日も一日が終わる。
空には太陽と月......が、いつもあるはずだが、今日は珍しく雲に隠れている。
代わりに、心地よい風が吹いた。
真面目すぎるその子に、のんびりとした風が届くように。
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