表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/69

第22話「スーパーまるかみ、はじめてのシルヴィさん」

 朝の空気は澄んでいて、やや肌寒さの残る気温だった。

 開店をあらかた終えて、入り口を見ると、店の前に立っている影に気づく。


 そこには、ぴしっと背筋を伸ばして直立する少女の姿があった。

 銀髪のサイドテール、大ぶりなリボン、跳ねるアホ毛、クラシカルなメイド服、そして規格外の胸元――


 相変わらず強烈すぎるバイト候補、シルヴィさんだ。


「おはようございます、店長。ご指定時間の三十分前到着を目標といたしました」


「おはようございます、シルヴィさん。……予定には十分な余裕ですね」


「既に外周警備も完了しております。特に異常はありませんでした」


「いや外周警備はしなくて大丈夫です」


 第一声から全力すぎる。




 開店と同時に、シルヴィさんの勤務初日が始まった。


 彼女が最初に任されたのは、惣菜コーナーの補充だった。


「本日分のコロッケ、並べ終わりました」


「ありがとうございます。……あれ?」


 コロッケがすべて、同じ向き・同じ間隔・同じ角度で整列している。

 芸術的な陳列だが、整いすぎて逆にちょっと怖い。


「整列は購買意欲の助力になるかと。なお、油の照りを均等に保つため、並べ直しは三度行いました」


「三度……」


 そのこだわり、別の意味で揚げ物が熱くなる。


 


 続いて、レジカウンターでの接客練習。


 最初のお客さんは、小さな犬獣人の少女――コロンちゃんだった。


「こんにちは〜。あ、プリンとパンと……えっと……これ!」


「かしこまりました。ありがとうございます」


 シルヴィさんは丁寧に商品をスキャンし、釣銭を手に取ると、


「……釣銭、銀貨一枚、小銅貨二枚。合計三枚。再確認……問題なし。では、お渡しします」


「……?」


 コロンちゃんがきょとんとした顔で、両手を出す。


「……大変失礼しました。ありがとうございます、でございました」


 深々とお辞儀して釣銭を渡すシルヴィさん。そのまま「ご退店後の足元にお気をつけくださいませ」とまで言い添える。


 コロンちゃんはちょっと困ったように笑って、小さく手を振って帰っていった。


「……えっと、シルヴィさん」


「はい、店長さん」


「すごく丁寧で、正確なのはありがたいんですが……釣銭の確認は一回で大丈夫ですし、深々と頭を下げる必要もないです。相手が小さい子なら、もっと……普通でいいというか」


「……至らず、申し訳ありません!」


「いや、怒ってるわけじゃなくて」


 


 その後も、彼女の真面目さは一貫していた。


 ラベルの角度を一度単位で整える。

 揚げたてのコロッケの“音”を記録する。

 客の目線から見えにくい棚を「改善対象」としてメモをとる。


「そんなに詰め込むと疲れませんか?」


「いえ! 働くというのは、こういうことかと……!」


「うん。でも、続けていくことも仕事のうちですから」


「……はい」


 


 午後、店内が一段落した時間帯。


 惣菜コーナーに並んだ新しい商品を見て、シルヴィさんが立ち止まった。


「これ……昨日、仕込まれていた惣菜ですね。あの、よろしければ、試食など……」


「あ、気になるなら味見していいですよ。まかない的な位置づけなので」


 言い終えるより早く、シルヴィさんは一口サイズに切り分けた一品を、フォークで丁寧に口に運んだ。


「……っ。おいしい……!」


 そのとき、ふわっと表情が緩んだ。


 感情の幅が狭そうに見えていた彼女の顔に、はじめて“仕事とは関係ない感動”が浮かんだ気がした。


「……これは、ぜひお客様にも味わっていただきたいです」


「うん。まずは、自分が楽しんでるのが伝われば、それが一番ですよ」


「……はい!」


 ようやく、笑顔らしい笑顔が見られた。


 


 一日の勤務が終わる頃には、少しだけ肩の力が抜けたようだった。


 姿勢は相変わらず真っすぐだが、受け答えにどこか自然さが混じるようになっていた。


「本日は、ありがとうございました。至らぬ点は多々ありましたが……明日も、よろしくお願いします」


「こちらこそ。……少しずつでいいので、慣れていきましょう」


 シルヴィさんは、嬉しそうに笑って一礼した。


 ……盛られすぎな見た目も、こうやって馴染んでいくのかもしれない。


 


 いつもと変わらぬ空の下、今日も一日が終わる。


 空には太陽と月......が、いつもあるはずだが、今日は珍しく雲に隠れている。


 代わりに、心地よい風が吹いた。


 真面目すぎるその子に、のんびりとした風が届くように。


いかがでしたでしょうか?


ブックマーク、評価、コメント、感想など励みになります。

いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ