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第21話「スーパーまるかみ、バイト候補は盛りすぎていた」

 午前中のまるかみは、いつも通りの穏やかな空気に包まれていた。

 野菜の搬入がひと段落し、レジ横のカウンターで伝票を整理していたときのことだった。


 突然、店内の空気がふわりと揺れた。


「……ん?」


 レジの前、空中に光の粒が浮かび、それが小さな風を巻き込むように紙片となって床に舞い落ちた。


 拾い上げると、それは不思議な温もりを帯びた紙。表面には、見覚えのある筆跡が浮かび上がっていた。


 ──ロアーナさんだ。


『信頼できる者を一名、そちらへ向かわせた。あまり驚かず迎え入れてほしい。外見に若干、個性があるが能力は確かだ』


「……魔法で文章を送信するって、いかにもって感じだなぁ……」


 封筒もなしに、空中から届く手紙。しかも文字が動く。

 初めて目にする不思議な文書に感動しつつ、しかし同時に軽く溜息が出る。


「しかし“若干、個性がある”っていうのが......ロアーナさんの“ちょっと”はだいたい信用ならないんだよなぁ……」


 予感は、的中することになる。


 


 ウィーン、と自動ドアが開いたのは、それから数時間後。


 入ってきたのは、銀髪サイドテールの少女だった。

 髪には主張の激しい大きなリボン、頭の中央にはアホ毛がぴょこんと跳ね、装いはフリルたっぷりのクラシカルなメイド服。胸元のボリュームが明らかに規格外で、視線に困るレベル。


 いやいや、盛りすぎじゃないか、情報量。詰め込みすぎじゃないか。


(ロアーナさん、“若干”って言ってなかったか?)


 そう内心でツッコんでいると、彼女は流れるような所作でレジ前まで来て、深々と一礼した。


「初めまして。ロアーナ様のご紹介を受け、参上いたしました。シルヴィ・ファルテと申します」


 そう言って、上質な革の綴じ封筒を差し出してくる。


「こちらが、魔導履歴書でございます。身分証写し、志望理由、訓練課程証明書を一括してまとめております」


「……ありがとうございます。受け取ります、シルヴィさん」


 さん付けは、もちろん崩さない。初対面でも、取引先でも、基本はそれが俺のやり方だ。


「まず、お聞きしてもいいですか。なぜこのお店に?」


「はい。私は、“生活を支える場所”で働くことを目指してきました。ロアーナ様よりこちらの店舗の噂を聞き、紹介をお願いした次第です」


「魔導履歴書というのは初めて見ましたが……接客経験は?」


「実務経験はありませんが、訓練校にて模擬販売実習と応対訓練を修了しております。評価は上位五パーセント以内です」


「なるほど」


 とりあえず、内容だけ見るとかなり優秀っぽい。

 言葉づかいも丁寧で、受け答えに無駄がない。


「それと、その……服装についても、少しだけ伺ってもいいですか?」


「はい。勤務において、機動性と礼節を両立できる衣装として、自作いたしました。素材は耐火・耐水・伸縮性を備えた複合布地です」


「機動性……ありますか?」


「裾のフリルは見た目以上に動きやすいよう設計しております。あと、装飾による顧客の安心感も重視しております。なお自作です。」


「自作?!」


 そんな盛りに持った上に服まで......。


「はい、装飾による顧客の安心感も重視して作製しております。」


「……なるほど、深いですね」


 実際には胸のボリュームのせいで安心どころか目のやり場に困るが――本人が本気なら、突っ込む気も失せる。


「勤務姿勢についてお伺いします。困難な場面ではどう対処しますか?」


「落ち着いて、状況を整理します。できるだけ自己判断ではなく、責任者に指示を仰ぎます」


「では、初めてのお客様に、怒られてしまったら?」


「まず謝罪し、具体的な問題点を確認した上で、対応を再確認します。それでも解決しない場合、すみやかに店長さんへ報告を」


「ありがとうございます」


 受け答えは模範的、というより真面目すぎるくらいだ。



 


「では……ひとまず、軽作業をお願いしてもいいですか?」


「はい。ご指示をお願いします」


 飲料棚の整頓を頼むと、シルヴィさんはすぐに動き出した。

 動きはキビキビとしていて、ペットボトルの向きや種類ごとの配置を、きっちり揃えていく。


「ラベル面、統一しました。商品番号順で並べております」


 几帳面すぎるところもあるが、やってること自体は正確だ。


 続いてレジの操作確認を頼んでみる。


「バーコードをここに通して、音が鳴ったら通過です」


「はい。確認後の金額読み上げ、釣銭の手渡し。対応済みです」


 レジの画面をまっすぐ見つめるその目は真剣そのもの。


「……命がけでやらなくて大丈夫ですよ」


「心得ました。けれど、“命をかける姿勢”は大切かと」


「姿勢だけで十分です」




 一通りの作業が終わったところで、俺は少し考える。


 服装も見た目も盛りすぎではある。けれど、仕事ぶりは丁寧で、受け答えも正確。

 なにより、真剣に“働こうとしている”のが伝わってくる。


「それでは……シルヴィさん、まずは数日、試験的に働いてもらいましょうか」


「……はい! ありがとうございます。必ずや、期待にお応えいたします!」


 ぴしっと直立し、胸に手を当てて一礼する姿は、どこか軍人のようだ。


 見た目の派手さとは裏腹に、中身は本当に真面目で、ひたむき。


「くれぐれも、命まではかけないように」


「努力いたします!」


 スーパーまるかみ、今日から新しい人材が加わることになった。


 その姿は盛られすぎていたが――中身は、きっと大丈夫だ。



 空には今日も、太陽と月。

 スーパーまるかみ、設定盛りすぎな新人にも、まずは“現場で覚えてもらう”方針です。


いかがでしたでしょうか?


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