第20話「スーパーまるかみ、はじめてのおつかい」
昼下がりの店内は、ゆっくりとした時間が流れていた。
今日も風は穏やかで、外から砂埃の気配もない。来客もひと段落して、静かな午後だ。
レジ横のカウンターで伝票の整理をしていた俺は、コーヒーに手を伸ばそうとしたところで、ふと、足音に気がづいた。
タタタッ。
軽い足音。けれど、どこか慎重さも混じっている。
ウィーン。
自動ドアが開いて、ひとりの少女が店に入ってきた。
まだ幼い犬獣人の女の子。
栗色の短い髪に、ちょっと大きめの上着。背中ではふさふさの尻尾が緊張気味に揺れていた。
表情はきりっとしているが、目の奥にあるのは不安より、むしろ――決意。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、少女は一瞬びくっとしたが、すぐに胸を張って言った。
「こんにちはっ。えっと……おつかいに、来ました!」
元気な声だった。
小さな手には、折りたたまれた紙が握られている。開かれた紙には、こう書いてあった。
──たまご、ミルク、パン、できればプリン。
「お名前、聞いてもいいかな?」
「……コロン。おかあさんに、“いっかいやってみなさい”って言われて……!」
「そっか。コロンちゃん、はじめてのおつかいだ」
こくり、と頷く。
こうして、コロンちゃんのおつかいが始まった。
◆ ◆ ◆
まずは卵売り場。
冷蔵棚の前に立ったコロンちゃんは、腕を組んでじっと商品を見ていた。
「……いっぱいあるなぁ。どれがいいのかな……」
「どれも新しいけど、今日入荷したのはこれだよ」
俺が指差すと、コロンちゃんはおそるおそるパックを手に取る。
ピク、と尻尾が跳ねた。
「わっ、つめたい。……これ、落としたら割れちゃうやつだ」
声は小さいけれど、真剣だった。両手でしっかり抱えて、次はパンコーナーへ。
パンの棚の前では、なんかものすごく悩んでいた。
「“パン”って、どれ……? これも? こっちも?」
甘いパンに惹かれながらも、悩んだ末、選んだのは丸いロールパン。
尻尾が少し揺れた。
「これなら、おかあさんも“うん”って言いそう」
次はミルク。
パックを手に取り、また匂いをかごうとしたのはご愛嬌だが、真面目にラベルを読もうとしていたのは偉かった。
「よしっ……あと、プリン」
そう呟いたコロンの足が、ふっと止まった。
プリン売り場の前で、コロンちゃんは黙りこんだ。
棚の中には、いろんな種類のプリンが並んでいる。
「……でも、これ、“できれば”って書いてあったんだよね」
小さく呟いて、顔が少し曇る。
「ほんとは、ダメなのかな。でも、“できれば”って、がんばったらいいよって意味かも、しれないし……」
そんな独り言を聞きながら、俺は隣に立った。
「今日のおつかい、がんばってるよね」
コロンちゃんはこっちを見上げた。
「ちゃんと全部見つけたし、卵も割ってないし」
こくん、と頷いた。
「じゃあ、プリンも、がんばったごほうびで、いいと思うよ」
「……うん!」
そう言って選んだのは、小さななめらかプリン。
両手でそっと持ち上げる仕草が、どこか誇らしげだった。
レジでのお会計も、慎重そのものだった。
財布から小銭を一枚ずつ出しながら、「これで足りる?」と聞く姿に、ちょっとした緊張が見えた。
「うん、ばっちり。おつりもあるからちゃんと受け取ってね」
釣銭を受け取って、彼女はふうっと息を吐いた。
袋詰めでは、パンの上に卵を乗せそうになって、あわててやり直す。
「わっ、まちがえた! プリンは上のほう、パンも上、卵は……いちばん下!」
大真面目に言っているけれど、その様子が微笑ましい。
ようやく袋詰めが終わり、コロンちゃんは袋を両手で抱え、ドアの前でふと振り返った。
「……ねえ、わたし、おつかい……ちゃんと、できた?」
「うん。よくがんばった。プリンまで忘れずに」
「へへっ……じゃあ、こんどは……プリンだけ買いにきても、いい?」
「もちろん、次は“じぶんのおつかい”だね」
コロンちゃんは嬉しそうに尻尾を揺らし、片手で手を振って店を出ていった。
その背中を見送りながら、俺はレジに戻り、残りの伝票を手に取る。
――たまにはこういう日も、悪くない。
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、小さな足あとにも、そっと背中を押すお店です。
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