第2話「スーパーまるかみ、異世界通貨と出会う」
スーパーまるかみが異世界に転移して、一夜が明けた。
……ちゃんと朝になった。けど、空はなんか変だった。
「いや、朝なんだけど月も出てるってどういうこと……太陽と一緒に出勤してくる月、働きすぎでは?」
見上げた空には、見知らぬ星座と、巨大な月。しかも太陽と並んで普通に光ってる。異世界って、やっぱすごいな……。
そんなことを考えつつ、レジ横のコーヒーマシンで一息ついていると――
ウィーンという自動ドアの開閉音。
「うわっ、また開いた! なんだこの魔導扉!?」
入り口の方を見ると、獣人風の青年がドアにへっぴり腰で立っていた。
「……いらっしゃいませ。昨日、閉店間際に来たお客さん」
「おぉぉ! 兄ちゃんの顔見たら安心した! やっぱここ、魔法の建物だよな!? 光る天井、澄んだ空気、そして何よりうまそうな匂い……!」
朝からテンション高めだなこの人。
「俺はラッカ・シュラ。ベレア獣王領の北辺から来た旅の冒険者だ! よろしく頼む!」
冒険者!いいねぇ、異世界っぽい。
「店長の丸上直哉です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
ラッカさんはやたらと店内をキョロキョロする。
「やっぱすげぇ! とりあえず今日はちゃんと金持ってきたからよ、メシ買わせてくれ!」
彼は得意げに腰のポーチから、キラリと光る硬貨を一枚取り出した。
「これが金貨だ! 都市じゃまぁまぁ使えるヤツだぜ! 昨日は腹ペコだったからよぉ……今日は絶対、昨日言ってた"コロッケ"って言うやつを食う!」
差し出された金貨は、なかなかの重みがある。どうやらこれがこの世界の“金”らしい。
「……すみません、ちょっと確認。だいたいこれって、どのくらいの価値があるんです?」
「そうだな、安宿なら2~3泊はできるな、野営道具なんかもけっこう買えるぜ!」
(それって……ざっくり1万円相当か?)
だがこちらは日本のスーパーマーケット。コロッケは1個税込98円、他の惣菜も高くて千円以下。どう見てもレートがおかしい、そして何より――釣り銭がない。
「うーん……金貨じゃ、お釣りが出せないかもしれません」
「マジかよ!? 小銭持ってくりゃよかった……!」
彼が頭を抱えたその時、またドアが開いた。
「よろしければ、私が立て替えましょうか?」
澄んだ声とともに、スッと入ってきたのは――
「……エルフ、ですね?」
姿を現したのは、長い銀髪と尖った耳を持つエルフの女性だった。見た目は20代前半、人間ならモデル系女優にいそうなタイプだ。
「ご名答。私はミリエラ・フィエナ。〈青葉の塔〉の魔導師です。昨夜から、こちらの施設を興味深く観察させていただいておりました」
ああ、なんか背中に感じてた視線、やっぱ気のせいじゃなかったんだな。監視されてたんじゃなくてよかった。
「コロッケ一つ、銅貨で足りますか?」
ふむ、と俺は彼女に尋ねた。
「あの、金貨と銀貨や銅貨、だいたいどのくらいの交換価値なんでしょう?」
「そうですね。一般的には、鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚。あとは...金貨ああ、金貨100枚で龍金貨1枚でしょうか」
「なるほど……(つまり、日本円換算で言えば――)」
鉄貨:十円
銅貨:百円
銀貨:千円
金貨:1万円
龍金貨:百万円か?
だとすれば、ラッカがいきなり出した金貨でコロッケ1個は、さすがにインフレが過ぎる。
「銅貨、で十分です。ありがとうございます」
ミリエラは銅貨をレジに差し出す。
俺は慎重にレジを開き、初の“異世界通貨”を受け取った。
ラッカはさっそくコロッケにかぶりつく。
「うぉぉぉ! これ……外はカリカリ、中はホクホク……なんだこの幸せ食感は!?」
隣でミリエラがくすっと笑う。
「気に入ったようでなにより」
「お、おう!ありがとな、マジ助かったぜ、エルフの姉ちゃん!」
ラッカがコロッケにむしゃぶりつきながら礼を言う。
「次回ご来店の際は、小銭も忘れずにお願いしますね」
「うっす、兄ちゃん! 今度は銅貨と鉄貨ジャラジャラ持ってくるわ!」
そんなやり取りをしながら、異世界の朝が静かに進んでいった。月と太陽が空に並ぶ、今日も不思議な一日が始まっている。