第16話「スーパーまるかみ、魔族と再び」
異世界転移から三ヶ月と一日。
昨日の感謝セールを終え、今日はようやく通常営業に戻れる――はずだった。
惣菜を揚げ、品出しを終え、レジ前でようやくコーヒーを手にした瞬間。
ウィーン。
自動ドアが開いた。その瞬間、空気が変わった。
「……っ」
入ってきたのは、漆黒のローブと整った軍靴の音を響かせる一団。
先頭に立つのは、金色の瞳と知性を帯びた冷静な眼差しを持つ女性――魔族議会直属の監査官、ロアーナさん。
「ごきげんよう、店長。また来ました」
「ご、ご来店ありがとうございます……って、今日はお連れの方が多いですね?」
今回は、その後ろに魔族らしき人物が7人ほど居る。
全員が漆黒の制服を着ており、彼女の一声で一糸乱れず列を作って店内へと入ってくる。
「ごきげんよう、店長。……久方ぶりですね」
「ご、ご来店ありがとうございます……相変わらず、圧がすごい……」
ロアーナさんはさらりと歩みを進める。レジ前で軽く頭を下げると、そのまま惣菜コーナーへと向かった。
「予定通り、以下の補給品を取得せよ。“芋混和物”10、“米塊食品”10、“揚げ物群”20、甘味10、麦茶24本入りを4箱――」
「箱!?」
「補給用です。宿舎にて保存します」
なるほど、完全に“まとめ買い体制”だ。
ロアーナさんの部下たちは皆、動きが洗練されていて、無駄がない。順番に商品を選び、指示通りにカゴに入れていく。
ラッカさん達やドワーフ一行とは違い、戦術部隊の買い物という感じだ。
「これが今回の買い物リストです。」
差し出されたのは、びっしりと手書きされた調達書。
中には商品の品名、使用目的、摂取時間帯別の分類まで書かれていて、完全に“軍のロジスティクス”。
「……いやこれ、うちの店、完全に兵站拠点になってませんか?」
「そうですね...正式には“癒しと再生の支援拠点・まるかみ補給所”と呼ばれています」
「勝手に名付けられてた……」
それにしても、あのロアーナさんが再来店とは……正直、前回は視察のつもりかと思っていた。
「あの……今日は、ご視察というより、お買い物……でよろしいんでしょうか?」
「ええ。今回は完全に“実用調査”です。……この施設の提供する食料は、補給候補として正式に検討対象となりました」
「えっ……マジですか」
「正確には、“心理的緊張を緩和する栄養補給物資”としてです。あのポテトサラダの精神安定効果は、昨日の訓練後の部下たちに極めて有効でした」
つまり……ポテサラは、魔族部隊の癒やしになっていたらしい。
その時、隊列の一番後ろにいた若い魔族兵(たぶん新人っぽい雰囲気)が、唐揚げを見つめながらぽつりと漏らした。
「……これが“神の衣を纏った肉塊”……」
「勝手に神格化しないでください」
だが、表現としてはちょっとわかる。うちの唐揚げ、確かに神ってる(※冷凍だけど)。
「ロアーナさん、会計ですが金貨5枚と銀貨8枚、銅貨5枚になります
「ええ……部隊経費で支払います。購入をした証が欲しいのですが...」
そう言って差し出されたのは、黒い金属製の札。裏には刻印と紋章。どうやら、魔族議会発行の“領収書”のようなものらしい。魔法の力で記録され複写されるのが異世界クオリティ。
「……これ、税務署に見せたら本気で混乱しそうだな……」
清算が終わると、部下たちは手際よく商品を袋詰めし、隊列を崩さぬまま静かに退店の準備を始めた。
そんな中、ロアーナさんがふと俺の方に向き直る。
「ところで、店長」
「はい?」
「昨日のセール後、かなり疲労されていたと聞きました。妖精族経由で」
「リリルルさん……ネットワーク強すぎませんか」
「ですので、ひとつご提案を」
彼女はまっすぐにこちらを見据えて言う。
「実は、現在わたしの部門でも、人材の“副任務”研修の一環として、一定期間の外部派遣が推奨されています」
「は、はあ……?」
「もし、ご希望であれば。勤勉かつ忠誠心の高い部下を研修として派遣することも可能です。……もちろん、秘密保持契約つきで」
「えっ……えっ、ほんとに?あの、検討します。はい、もちろん前向きに」
「ご検討ください。こちらも、実地訓練の一環としては有益です」
ロアーナさんは静かに頭を下げ、部下たちと共にドアへと向かう。
その背に、俺は反射的に声をかけた。
「あの……ロアーナさん」
「はい?」
「……ありがとうございました。また、ぜひご利用ください」
「ええ。……この施設には、“日常を戻す力”がありますから」
そう言って、ドアの向こうへと去っていった彼女たちの足取りは、どこか軽やかだった。
ふう、と息をついて、コーヒーを一口。
「……バイト募集、想定外の方向に進みそうだな……」
空には、今日も太陽と月。
スーパーまるかみ、異世界の軍隊にも頼られつつ、今日も元気に営業中です。
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