表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

また俺だけ働いてる異世界召喚 ~脳筋イケメン勇者パーティで過労死2周目はゴメンです~

作者: ユンティア

こんにちは。

普段は重めの話ばかり書いてるんですが、今回はちょっと箸休め。


異世界召喚されたのに、なぜか俺だけが働きすぎてる社畜主人公と、脳筋勇者たちのお話です。

ちょっとBL風味あり、でも基本はギャグで軽めです。

普段のシリアス疲れに、気楽に読んでいただけると嬉しいです。


勢い重視の脳筋たちと、ツッコミ疲れた社畜の温度差を笑ってやってください。


 父親が残した借金を、母さんに背負わせたくなくて。

 その一心で働き詰めた俺は、ブラック企業の歯車となり、やがて静かに壊れた。


 その日は、納期前の徹夜続きで三日目。

 パソコンの画面が、いつもよりぼやけて見えた。

 気のせいかとも思ったが、いや、そんなわけない。

 手が、痺れる。

 呼吸が浅い。

 頭の奥が、ズキズキと音を立ててる。


 それでも俺は、椅子から立とうとしなかった。

 倒れるなら机の前。それが俺の美学、ってやつだ。


 (……ま、俺が死んで労災と保険が下りりゃ、借金も消えるし、母さんも少しは楽できるだろ)


 そう考えたら、むしろ気が楽だった。

 これで、やっと終わる。


 そう思った、瞬間だった。


 視界が真っ白に、塗り潰された。


 (……ああ、死んだな、俺)


 痛みも苦しさもなく、ただ光に飲まれていく感覚。

 なんだ、案外、楽なもんじゃねぇか。


 ――そう思ったのに。


***


 「異世界リスタリア王国へようこそ、勇者様方!」


 耳障りなほど張り上げた声が、頭に響く。


 目を開けると、目の前には絢爛豪華な玉座の間。

 金の柱に赤い絨毯。鎧に身を包んだ騎士たちが並び、いかにも“異世界”ってやつだ。


 「さて、召喚に成功したようですね。勇者の皆様、順次ご確認を」


 続けて、同じテンプレ口調で付け加える。


 「ご安心ください。我がリスタリア王国は、魔王軍の侵攻に対抗するため、皆様をお呼びしました。

 殴って、叩いて、蹴散らしていただければ問題ありません」


 (脳筋国家かよ……)


 (……つーか、なんも安心できねぇ)


 まだ状況を飲み込めない俺の横で、金髪の陽キャがいきなり叫ぶ。


 「おい、なんだここ!?マジで異世界召喚!?すっげー!」


 遠慮のかけらもない声で騒ぐ男。

 その後ろでも、似たような連中がざわつき出す。


(おいおい、落ち着けよ……いや、俺が落ち着け)


 たぶん、ここは異世界ってやつだ。

 そして、俺たちは召喚された側だ。


 だけど、今さら異世界だろうと、過労死だろうと、正直どうでもよかった。


(もう働きたくない……)


 せめて、せめて今度こそ、俺は楽をする側に回らせてくれ。


 「はい、では適性検査を受けてください。あなた方のジョブ、属性、能力、すべて計測します。

 異議は認めません」


 その言葉に合わせて、俺の頭上に光のプレートが浮かび上がる。


 《桐生キリュウ 悠真ユウマ

 《適性職:支援特化型 魔導師》


 「うわ、名前まで勝手に表示されるのかよ……」


 「おっ、ユーマって言うのか!」


 陽気な声が、すぐ隣から飛んできた。


 (お前、俺の自己紹介まだしてないんだけど……?)


 振り向くと、金髪碧眼のイケメンが、満面の笑みで肩を組んでくる。

 白と赤を基調にした軽装鎧、そして距離が近すぎる。


 「俺はレオ!レオ=ヴァルディアス!よろしくな、ユーマ!」


 「いや、勝手に名前略すな。俺は桐生 悠真──」


 「だってキリュウユウマって言いにくいだろ?

 ユーマの方が馴染むって。お前もそう思うだろ?」


 お前が思うな。


 こいつ……親父を思い出す。

 自分本位で距離感がバグってて、悪気はないくせに人を振り回すタイプ。


 ──俺が一番、苦手なやつだ。


 「……まぁいいけどさ」


 「おっけー!よろしく、ユーマ!」


 ああ、こいつはずっとこの調子なんだろうな。


 「他の勇者様も順にどうぞ」


 玉座の間に、さらに数人の人影が現れる。

 大剣を担いだ巨漢、双剣を軽々と回す男、

 弓を背負ってるくせに前衛感のある青年、無口そうな格闘家。


 彼らの頭上にも、それぞれ名前プレートが表示されている。


 《アデル・ストラウス(大剣士)》

 《ジーク・ファルゼン(双剣士)》

 《リュート・アルマー(弓兵)》

 《ドルフ・バルニエ(格闘士)》

 《レオ・ヴァルディアス(勇者)》


 並んだ名前を見て、ふと気づく。

 日本人の名前は、俺だけだ。


 (……もしかして、俺とこいつら、元いた世界が違うのか?)


 ……いや、それ以前に。


 (勇者様ってまとめて呼ばれた割に、職業“勇者”はレオだけかよ)


 (全員脳筋だけど、レオはその中でも別格の突撃バカってことか?)


 (……なるほど。脳筋パーティのリーダーってことか。納得はしねぇけどな)


 こっちが説明を求める暇もなく、脳筋共は勝手に自己紹介を始めた。


 「アデルだ!大剣で壁になるのは任せろ!」


 「ジーク様だ!俺の双剣に酔いな!」


 「リュート。弓兵だが、殴るのも得意だ」


 「ドルフ。拳が語る」


 こいつら、やっぱ脳筋ばっかりだな。



 「ユーマは支援職みたいだな!俺たち前衛、よろしく頼むぜ!」


 犬っぽく尻尾が見えそうな勢いで、アデルが笑いかける。


 「作戦とかもユーマに任せりゃいいだろ!俺、そういうの苦手だしな!」


 ジークが豪快に肩を叩いてくる。こっちは俺様系だが、さっさと人に投げるのは得意らしい。


 「ユーマの補助は頼りになると見た。無駄がない」


 静かにそう評するリュートは、知識担当みたいな顔してるくせに脳筋思考が滲んでいる。


 「ユーマ、鍛錬あるのみだ。体力は正義」


 どこまでもブレずにそう言ったのはドルフ。全身筋肉でできてそうな無口なヤツで、どう見ても筋肉至上主義にしか見えねぇ。



 「ユーマは賢そうだし、サポート向き!俺の隣、確定な!」


 おい、脳筋勇者、勝手にポジション決めんな。


 「だから支援職は後衛に──」


 「俺が守るから平気平気!」


 レオの押しが強い。親父そっくりだ。


 「……ほんと、好きじゃねぇんだよ、お前みたいな奴」


 「じゃあ、これから好きになればいいじゃん!」


 「前向きにもほどがあるだろ!」


 脳筋勇者パーティは、楽しそうに俺を囲んでいる。


 (これ、絶対また俺だけ働くパターンだろ……)


 異世界でも社畜確定か。

 はぁ、勘弁してくれよ。


***


 異世界に来て、何日経ったんだろうな。

 時計もカレンダーもない生活には、もう慣れた。

 けど、朝から脳筋共に振り回されるこの日常だけは、いつまで経っても慣れそうにない。


 「ユーマ、今日も頼むぜ!」


 朝から元気な脳筋ボイスが、俺の耳を容赦なく直撃する。

 ここはリスタリア王国近郊の訓練場。

 本日は勇者パーティによる模擬戦──のはず、だった。


 「で、戦術はユーマに任せるから!な!」


 当然のようにレオが親指を立ててくる。押しが強いのは相変わらずだ。


 「アデルたちも異論ないよな?」


 ジークが肩越しに振り返り、悪びれもなく同意を求める。


 「おう、任せた!」


 即答したアデルは、相変わらずの犬っぽさ全開で笑っている。


 「ユーマが考えた方が勝てるしな」


 リュートがぼそりと冷静に呟く。合理主義者なのはいいが、前衛脳筋なのは変わらない。


 「ユーマ、語れ」


 最後にドルフが腕を組んで頷く。筋肉こそ正義、そのスタンスに一片の迷いもない。


 「語れじゃねぇよ……」


 俺は支援特化型の魔導師だ。

 なのに、なぜ俺が指揮官もやってるんだ。


 (……なんだろう、この既視感)


 働いても働いても、終わらないタスク。

 無神経に振られる丸投げ業務。

 これ、前世で嫌というほど味わったやつだ。


 肩を落としながら、俺は覚悟を決めた。

 異世界でも、また俺だけが働く予感しかしない。


 「よし、仕方ねぇ。初歩から叩き込むぞ」



 ***



「ジーク、突っ込むな!単独行動すんな!」


「リュート、後ろで弓使え!近接すんな!」


「ドルフ、殴る前に味方の位置見ろ!」


「アデル、壁役に徹しろ!カバー優先!」


「レオ!勝手に前に出るな!」


 俺は支援魔法を張り直しながら、怒鳴り続けていた。


 脳筋たちは、悪気なく自由奔放。

 思考より先に拳が出るタイプばかりだ。


 (……ああ、俺、また一人で働いてるな)


 デジャヴもここまでくると笑えてくる。




 ***

 


 「ユーマ、やっぱお前がいると全然違うな!」


 訓練後、レオが当然のように隣に座ってくる。


 「いや、俺はサポート役だって言ったよな……?」


 「サポートってのは、つまり“支えてくれる人”って意味だろ?」

 

 「……使い方が違ぇよ」


 レオはニコニコと、悪びれた様子もなく言い放つ。

 その姿が、やっぱり親父に似ていて、無性に腹が立つ。


 「お前、俺の親父に似てんだよ。そういうとこ」


 「え、俺そんなオッサンくさい?」


 「そうじゃねぇ。迷惑かけといて悪気がないってとこがそっくりなんだよ」


 「でも嫌いになれないんだろ?」


 「……そこがまたムカつくんだよ」


 苦笑まじりに呟く俺に、レオは楽しそうに肩を組んできた。


 「ユーマは俺の隣が一番似合ってると思うけどな」


 「……暑苦しい。離れろ」


 「断る」


 この距離感バグ野郎。


 けど、こいつらを放っておけないのも、また事実で。


 (ほんと、俺って損な性分だよな……)


 異世界でも、社畜生活は続く。

 二周目も、やっぱり働き通しらしい。



***



 「さて、今日は王都近郊のダンジョン調査任務だ」


 訓練漬けの日々の末、ようやく王宮から初任務のお達しが下った。


 ……召喚から一週間。

 俺たち新人勇者パーティのデビュー戦は、

 浅層ダンジョンの探索ってわけだ。


 (ふーん、まあ、脳筋共の実力試しにはちょうどいいか)


 そう思ってた俺が、どれだけ甘かったか。

 今なら過去の自分を殴りたい。


 「ジーク、突っ込むな!敵の位置確認しろ!」


 「リュート、弓は投げるもんじゃねぇ!」


 「ドルフ、味方ごと殴るな!」


 「アデル、単独で突撃すんな!」


 「レオ!せめて指示聞け!!」


 脳筋たちは、ダンジョンに入った瞬間から、自由奔放に動き出した。


 「だって、敵見つけたら殴るだろ?」


 ジークが笑いながら当然のように言う。考えるより手が先の典型だ。


 「弓って近接でも強いんだぜ?」


 リュートが無表情のまま謎理論を口にする。知識担当とは思えない発想力だ。


 「拳は正直だ」


 重々しく頷くドルフ。筋肉こそが真理、というブレない信念がにじむ。


 「俺が前に出れば大丈夫だろ!」


 アデルは元気いっぱいに胸を叩いて、根拠のない自信を振りまいている。



 (こいつら全員、脳筋の自覚がないのが一番厄介だ)


 当然、連携も何もあったもんじゃない。

 雑魚ゴブリン相手にさえ、連戦連敗寸前だ。



 俺は深くため息をついた。

 サポート役という名の“脳筋制御係”──

 この異世界でも、俺の仕事は重労働らしい。


 

 「ったく……支援魔法、全員に展開。

 防御補助、速度補正、視界強化……」


 俺のMPはガンガン減っていく。


 (なんだこれ……前の職場よりブラックじゃねぇか)




 ***


 


 ダンジョン中層部。

 ようやく敵の攻撃が止み、束の間の休息。


 「ふぅ……ユーマ、助かった」


 レオが、当たり前のように俺の隣に腰を下ろす。


 「助かった、じゃねぇ。お前らが考えないから、俺の仕事が増えてんだよ」


 「だって俺たち、考えるより殴る方が得意だし」


 「それを脳筋って言うんだよ」


 レオは悪びれもせず笑う。


 「でもさ、ユーマがいると、なんか安心すんだよな」


 「それは俺が“便利屋”してるからだろ」


 「違ぇよ。ユーマが俺たちの“足りないとこ”を補ってくれるから、だ」


 一瞬、その言葉に動きを止めた。


 こいつ、無意識にそういうこと言うからタチが悪い。


 「……だから俺を都合よく使うの、やめろって」


 「俺は本気で頼ってんの。

 なあ、ユーマ。お前がいないと、俺はきっと、前みたいに──」


 そこでレオは言葉を切った。


 「前?」


 「……いや、なんでもねぇ。とにかく、ユーマが必要ってことだ」


 レオの笑顔は、どこか無理やりだった。

 その奥に、重たい何かを隠している。


 (こいつ……ただの陽キャ脳筋じゃねぇのか)


 俺は、そっと肩を押し返す。


 「わかったよ。だけど、無理はすんなよ」


 「言われたくねぇな、それ」


 レオは苦笑しながら、俺の肩をがっちり掴んだ。


 ──その手が、ほんの少しだけ、震えている気がした。




 ***


 


 結局、その後も俺は全力稼働だった。


 脳筋たちが暴走すれば支援を張り直し、

 トラップを見落とせば解除し、

 挙句、進行ルートまで全部俺が決める羽目に。


 (おかしいよな……全員で戦ってんのに、なんで俺だけ過剰に働いてんだよ)


 でも、不思議と嫌じゃなかった。


 こいつらは馬鹿だけど、悪意はない。

 レオにしても、どこか“自分を必要としてくれる”感じが、俺には心地悪いけど、心地いい。


 (……面倒くせぇな、俺も)


 「ユーマ、今日も助かった!」


 レオが、当然のように隣に寄ってくる。

 いつもの距離感ゼロだ。


 「……お前、いつも当たり前みたいに頼ってくるよな」


 「当たり前だろ?俺たち仲間じゃん」


 「……そういうとこ、マジで親父に似てるわ」


 「またそれかよ。親父に俺を重ねるくらいなんだから、お前の方が年下だよな?」


 「……は?」


 素で返してしまった俺に、レオがきょとんとする。


 「いや、だって、親父とか言うってことは、俺の方が上ってことでしょ?」


 脳筋らしい雑な理屈。

 ついでに言えば、こいつの外見だけなら、俺の方がどう見ても年上に見えるはずだ。


 「俺、二十六だぞ?」


 レオの動きが止まる。


 「え?マジ?ユーマ、童顔すぎじゃね?」


 「うるせぇ。まぁ、日本人って童顔らしいしな。お前、いくつだよ」


 「二十二……えっ、年下だったのか、俺!?」


 驚愕の表情で目を見開くレオが、妙に新鮮だった。


 「……ずっとタメか俺より下だと思ってた」


 「見た目だけで判断すんな」


 「なんか、ショック。俺、後輩ポジなの?これから“ユーマ先輩”って呼んだ方がいい?」


 「……絶対にやめろ。鳥肌立つ」


 「じゃあ今まで通り“ユーマ”な。俺が一番お前に懐いてるんだから」


 「開き直るな」


 レオは、にかっと笑った。

 その笑顔は、やっぱりどこか憎めない。


 (ほんと、扱いづらい後輩だな……)


 だけど、悪い気はしなかった。



 異世界二周目。

 俺はまた社畜やってる。

 でも、今回は“少しだけ違う”のかもしれない。



***


 

 ある日の任務帰りの夕暮れ。

 リスタリア王都は、茜色に染まっていた。


 「ユーマ、ちょっと休めよ」


 肩を支えるレオの手が、やけにしつこい。


 「まだ大丈夫だ。お前らの方がよっぽど無茶してたじゃねぇか」


 「いやいや、今日はお前の方がヤバかった。顔色悪いし、フラついてたし。素直に頼れって」


 「お前らが脳筋すぎるから、俺が動くしかねぇんだよ」


 「俺たち、もうちょっと考えるよう努力するから!」


 「どうせ三日で忘れるだろ」


 「……たぶん」


 即答すんな。

 だけど、嫌いじゃない。このやり取り。


 そんなことを考えていると、レオがぽつりと呟いた。


 「……でもな、やっぱり怖いんだよ」


 「は?」


 「俺、前のパーティでも似たような奴に頼りきってさ。そいつが倒れた時、本当に何もできなかった」


 レオの目が、珍しく正面を見据えている。


 「だから、今はちゃんと“頼りすぎない”ようにしようって思ってるんだ」


 「……偉いじゃねぇか」


 「けど、正直に言うとさ。ユーマがいてくれると、“強くなれる”気がするんだよ」


 「……つまり、結局は頼ってるってことだろ」


 「……まぁ、な」


 「でも、今度は俺も“支える側”になりたいんだよ」


 不器用な本音が、ぽろっとこぼれる。


 「前みたいに、誰かに任せっきりで後悔すんのは、もう嫌だからさ」


 レオはそう言って、ちょっとだけ目を伏せた。


 「……お前、意外と真面目だな」


 「そうでもないよ。でも、ユーマは俺の前で倒れないでよ」


 「言われなくても立ってるわ」


 「ならいい」


 レオが、にやりと笑う。

 その笑顔は、いつもよりずっと“本物”だった。




 ***


 


 その夜。

 さすがに疲労が限界を超えていた俺は、

 ベッドに倒れ込むなり、意識を手放した。


 (……次は、俺が“支えられる”番かもしれねぇな)


 そんなことを、ぼんやりと思いながら。



***



 朝の光が、やけに重たかった。


 「……クソ、体がだるい」


 無理もない。

 脳筋共の暴走を制御しながら、支援魔法を張り続けたツケが回ってきた。


 ベッドから起き上がろうとした瞬間、

 視界がぐらりと傾く。


 (あ、これ、やばいやつだ)


 そのまま、俺は意識を手放した。




 ***


 


 「ユーマ!?」


 目が覚めた時、レオが俺の顔を覗き込んでいた。


 「……お前、うるせぇ」


 「うるさいくらいがちょうどいいだろ。今朝俺の目の前でぶっ倒れたんだぞ」


 怒鳴るでもなく、必死に抑えてる声だった。

 いつも軽いレオの顔が、こんなに強ばってるのは珍しい。

 口元は笑ってるけど、目の奥はぜんぜん笑ってない。


 「……俺、言ったのにな。ユーマは、俺の前で倒れるなって」


 そう呟いたレオの声は、小さすぎて、聞き逃しそうだった。



 「まったく……俺たちが迷惑かけすぎたな」


 頭を掻くジークの声がする。


 「無理させすぎた。反省する」


 リュートがいつも通り無表情で言うが、どこか沈んでいる。


 「……俺も、殴りすぎたかもしれん」


 ぼそっと呟くドルフ。


 「今度から、ちゃんと休めよな!」


 アデルは拳を握りしめ、必死にこらえているようだった。


 こいつらが、こんなに素直に反省する日が来るとは思わなかった。


 「大丈夫だって。慣れてるし」


 「そうやって無理すんなよ!」


 レオの声が、俺の胸に重く響く。


 「お前、俺たちが支えるって言っただろ。今度は、俺たちの番だろ」


 「……言うようになったな、お前」


 「当たり前だ。俺は、ユーマがいないと困るんだ。でも、だからこそ“頼られる側”になりたいって、思ってる」


  そう言って、レオは俺の手を握りしめる。


 「だからさ、無理して倒れるくらいなら、俺に押し付けろよ。今度は俺が支える番なんだから」


 「……成長したな」


 「誰のおかげだと思ってんだよ」


 レオは、にやりと笑った。

 けど、その目は少し赤い。


 「ま、せいぜい俺の分まで働けよ」


 「おう、任せとけ。でも、お前が立ち上がったら、今度は隣で支え合おうぜ」


 「……仕方ねぇな。そん時は、俺の面倒見ろよ、勇者様」


 「おう、もちろん」




***


 


 数日後。

 回復した俺は、いつものように奴らの前に立っていた。


 「無茶はしない。けど、お前らも考えろ」


 そう言うと、アデルが胸を叩き、ジークがふんと鼻を鳴らす。


 「任せとけ!」


 「俺たち、やってやるさ!」


 リュートが静かに頷き、ドルフも拳を握った。


 「指示はしっかり聞く」


 「無茶しない」


 アデルは続けて言う。


 「ユーマの負担を減らす!」


 「……どうせ、すぐ忘れるくせに」


 「かもしれん。でも、頑張る」


 ジークが茶化すように笑い、

 リュートは真面目に返し、ドルフは黙って頷いた。


 こいつらなりに、ちゃんと変わろうとしている。

 その姿が、なんかちょっと、嬉しかった。


 「行くぞ、脳筋共。俺がサポートしてやるから、ちゃんと戦え」


 すると、レオがニヤッと笑って言う。


 「はいよ、ユーマ先輩!」


 「……その呼び方やめろって言ったよな?」


 結局、俺はまたツッコミ役だ。

 でも、それも悪くない。


 (今度は、ちゃんと“支え合う”ってことでな)


 そう思いながら、俺たちは次の戦いへ歩き出した。



***




 戦闘を終えたその夜。

 いつものボロ宿の、ひと気のない酒場の隅っこ。


 木のテーブルはガタついてるし、出されるメシは味気ないが、脳筋共は気にせず騒いでいる。

 そのど真ん中で、レオが当然のように、自分の隣をぽんぽんと叩いてきた。


 「ユーマ、ほら、こっち座れよ」


 「別に、わざわざ隣じゃなくても……」


 「俺が隣がいいんだよ」


 「……そういうの、照れもなしに言うよな、お前」


 「だって本音だし」


 悪びれもせず、にかっと笑う。

 それが、いつものレオだ。


 (こいつ、最近“本気で距離が近い”気がするんだが)


 以前は無自覚な脳筋陽キャムーブだと思ってた。

 でも、最近はどこか違う。


 目が合うと、少しだけ視線を逸らさなくなった。

 肩が触れれば、そのまま離れようとしない。


 「なぁ、ユーマ」


 「なんだよ」


 「……お前、好きなやつとか、いねぇの?」


 「急になんだよ」


 「いや、気になってさ。こっちの世界だと、そういう話、あんましないし」


 そう言いつつ、レオはちらっと俺の顔色を窺っている。


 「いねぇよ。働くのに精一杯で、そんな余裕なかったし」


 「……そっか」


 レオは一瞬だけ、寂しそうに笑った。


 「で? お前はどうなんだよ」


 「俺? いるぞ」


 「お、おう。そりゃ、そうだろうな。お前、顔も性格もわりとチートだし」


 「ほんとか?」


 レオは、いつもの調子を崩さず言ったが、

 その耳がほんの少しだけ赤くなっている気がした。

 

 「お前、そういうとこ鈍感だよな」


 レオが、ぐっと顔を近づける。


 「……俺が誰を好きか、わかんねぇ?」


 「さあな」


 「そっか。なら、もうちょいわかりやすくしてくか」


 「は?」


 「行動で、な」


 そう言って、レオは俺の肩に堂々と腕を回してくる。

 その動きに、迷いがなかった。


 「ユーマ、お前が思ってる以上に、俺はお前に懐いてるから」


 「……自覚あるなら、もうちょっと加減しろ」


 「やだ」


 即答。


 「俺はさ、ユーマが隣にいるのが、一番しっくりくるんだよ。だから、隣は俺の席な」


 「……俺の意思は無視かよ」


 「うん」


 こいつ、ほんと脳筋。

 でも、その手は、意外と優しく俺の肩を抱いていた。


 (……逃げるのも、面倒くせぇな)


 社畜は、頼まれると断れない。

 懐かれると突き放せない。

 そういう性分なんだろう。


 「……せめて、過労死しない程度にしてくれよな」


 「おう。俺が支えるから、安心しろ」


 「お前に言われても、全然安心できねぇんだけどな」


 「じゃあ、もっと近くで安心させてやるよ」


 レオが、ぐいっと距離を詰めた。

 至近距離で、にやりと笑うその顔が、やけにまぶしかった。


 (ほんと、俺はいつまで振り回されるんだか)


 でも、その重さは、嫌じゃなかった。



***




 王都郊外で行われる模擬戦闘イベント。

 新人勇者パーティが“観客の前で成果を披露する”

 言ってみれば、お披露目会だ。


 (面倒くせぇけど、パーティの評価にも関わるしな……)


 「ユーマ、俺が先陣切るから、お前は無理すんなよ!」


 レオはいつものように隣でニコニコしてる。

 だけど、少しだけ……目が鋭い。


 (こいつ、今日はやけに“気合”が入ってんな)


 そして模擬戦開始。


 相手は王国騎士団のベテラン組。

 脳筋共は張り切って突っ込んでいく。


 「ジーク、無茶するな!」


 「リュート、後方支援徹底しろ!」


 「アデル、盾を崩すな!」


 「ドルフ、前出すぎだ!」


 俺は支援魔法と指示でフル稼働。

 だが、敵はさすがに手練れ。

 流れ弾が俺に向かって飛んできた、その時──


 「ユーマ!!」


 視界が赤く染まった。

 レオが俺の前に飛び出し、全身で盾になった。


 「バカッ、お前──」


 「……間に合ったな。良かった」


 レオの腕から、血が流れていた。

 けど、本人は、いつも通りの笑顔を崩さない。

 その笑顔が、今はやけに不自然で、痛々しく見えた。


 「お前がいないと困るからさ。それに、俺が“支える側”って言っただろ?」


 その言葉で、胸の奥がひどくざわついた。


 (……違う。これ、違うだろ)


 俺が守ってるつもりだった。

 俺が、こいつらを支えてるつもりだった。


 だけど。


 今、傷を負ってるのはレオだ。

 俺を守るために、自分から前に出た。


 (こいつは……俺を、守ろうとしてる)


 こいつの“俺が支える側”は、口先じゃない。

 ただの仕事仲間でも、パーティでもない。

 もっと、ずっと、個人的な感情で。

 俺のために、命を張ってるんだ。


 (……こいつ、本当に俺のことが、好きなんだ)


 自分でも信じたくなかった。

 でも、頭じゃなく、胸が、もう否定できなかった。


 「レオ。……そういうの、反則だろ」


 声が震える。

 こんな気持ち、知りたくなかったのに。


 「なんだよ、今さら。俺は最初から、お前が好きだって言ってたじゃん」


 「言ってねぇよ。……そんなはっきり、言ってねぇ」


 「態度でわかるだろ?」


 「わかるか、そんなもん。お前の距離感、バグってんだよ」


 それでも、今なら。

 今なら、その全部がちゃんと“伝わって”くる。


 「……ありがとな。助かった」


 「おう。お前が倒れたら俺が困るからな。でも、それだけじゃなくて。俺は、ユーマに笑っててほしいだけだ」


 レオは、まっすぐに俺を見つめてくる。


 「だから、これからも俺の隣にいてほしい。支え合うとか、そういうんじゃなくて、俺が“好き”だから、ただ隣にいてくれ」


 「……ほんと、お前は、距離感がおかしい」


 「そういうの、慣れていけよ。これから先、ずっとだからさ」


 ずっと、なんて。

 あまりにも真っすぐで、まぶしすぎる言葉。


 「……まったく、どこまで面倒くせぇんだよ、お前は」


 「お互い様だろ?」


 レオは、いつものように笑った。

 でも、それはもう、“仕事仲間”に向ける顔じゃなかった。



***



 「なぁ、ユーマ」


 レオが、夜風に吹かれながら隣に立つ。

 イベント戦闘が終わったその夜、宿舎の屋上で、俺たちは二人きりだった。


 「……まだ続きがあるのかよ」


 「あるに決まってんだろ。さっきは、勢いで言っちまったからな。今度は、ちゃんと俺の口から、落ち着いて言う」


 レオは、今度は逃げも隠れもせず、まっすぐ俺を見る。


 「ユーマ。俺、お前が好きだ」


 短く、まっすぐな告白。

 軽口でも勢いでもない。ちゃんと“好き”だと言った。


 「仲間だから、とか。支えてくれるから、とか、そういうの抜きで。俺は、お前自身が好きなんだ」


 ……重い。でも、嘘じゃないのはわかる。


 「自覚したのは最近だけどさ」

 「でも、お前のこと“放っておけない”って感じたのは、最初からだったんだよ。召喚された時から、なんか気になって仕方なかった」


 「最初は頼れるやつだと思ってただけだよ。でも、気づいたら目が離せなくなってた。今ならわかる。それが“好き”だったんだ」


 レオの言葉は、やたらとまっすぐ刺さってくる。


 「……ほんと、お前は正面から殴ってくるよな」


 「だって、逃げ道作る方が卑怯だろ」


 その潔さがずるい。


 「俺はさ、頼られると断れない性格なの、お前知ってんだろ?」


 「だから“頼む”んじゃなくて、“好きだ”って言ってんの」


 少しだけ、息が詰まる。

 どこまでも正面突破の男だ、こいつは。


 「……わかったよ」


 目を逸らさずに言った。

 俺が、自分の意思で、ちゃんと選ぶ。


 「俺は、俺の意思で“隣にいる”って選ぶ。お前が好きだって言ってくれるなら、それを受け取るのも悪くねぇ」


 「……やっとだな」


 レオがふっと笑う。その顔は、今までで一番素直だった。


 「これからは遠慮なく甘えるから」


 「そこは加減しろ」


 「無理。お前が好きだから」


 「ほんと、お前は……」


 でも、嫌な感じはしない。

 こいつの真っ直ぐさに、俺も少しずつ慣れてきたらしい。




 ***


 


 階下から聞こえる賑やかな声。


 「おーい、終わったかー?」


 ジークのちゃらけた声に、リュートが冷静に返す。


 「だいぶ時間がかかったな」


 「まぁ、しゃーねぇ。ようやく通じ合ったんだろ」


 アデルが笑い、ドルフが一言。


 「……良き」


 「今夜は酒でも開けるか。祝杯だな」


 こいつらも、全部わかってた。

 気づいていて、わざと空気を読んでくれてたんだろう。


 「ま、あいつららしいわな」


 ジークの声が、なんだか楽しそうだった。



***




 いつもの任務帰り。


 王都の陽だまりの中を歩きながら、俺はふと思う。


 (……気づけば、こいつといるのが当たり前になったな)


 「なぁユーマ、ちょっと寄り道してかねぇ?」


 レオが、当然のように俺の腕を掴んでくる。


 「いや、今日の任務終わったばっかだぞ」


 「だからこそ、だろ?休憩ってのも大事だぜ?」


 ほんと、脳筋のくせにそういうとこだけは言いくるめるのがうまい。


 でも、俺も断らない。


 「……わかったよ。少しだけな」


 「よし!」


 レオの笑顔は、いつもまっすぐだ。





 ***


 


 寄ったのは、小さな露店街。

 食べ歩きができる広場で、パーティの皆も思い思いに過ごしている。


 「ユーマ、これ食ってみろよ。甘いぞ」


 「ったく、どんだけ世話焼きなんだよ」


 「焼かせてくれよ。俺はお前に世話焼きたいんだから」


 レオはそう言って、当然のように俺の皿に追加してくる。


 最近は、これが普通になってきた。


 パーティの奴らも、特に茶化すことなく、

 アデルが「いい雰囲気だな」と笑い、

 リュートが「無駄に熱量が高い」とぼそり、

 ジークが「ニヤけるわー」と冷やかす程度。


 「お前ら、聞こえてんぞ」


 「おっと、こわいこわい。でも幸せオーラがダダ漏れなんだもんよ」


 ジークが軽口を叩く横で、レオが俺に耳打ちする。


 「……なあユーマ」


 「なんだよ」


 「これが“普通”になるのって、なんかいいなって思ってさ」


 「……そうだな」


 「お前が隣にいるのが、普通。それだけで、俺はけっこう満たされてる」


 「……お前って、ほんと、わかりやすいよな」


 「ユーマがわかりにくすぎるだけだ」


 言い返されて、思わず苦笑が漏れる。





 ***


 


 夕暮れが近づき、パーティは再集合。


 「明日はまた任務だ。無理すんなよ、ユーマ」


 アデルが真面目に釘を刺す。


 「ユーマを過労死させないのが、今の俺たちの目標だしな」


 ジークがにやっと笑う。


 「合理的に行動する。それが一番の支援になる」


 リュートが静かに頷く。


 「支える。全員で」


 ドルフも、しっかり拳を握っている。


 「……頼もしくなったな、お前ら」


 「全部、ユーマがいてくれたおかげだよ」


 レオが当然のように言う。

 それに、誰も否定はしなかった。


 「じゃあ明日も、俺が全力で支えてやる。隣でな」


 「はいはい、わかったよ。でも、俺も支える側だって忘れんなよ」


 「忘れるわけねぇだろ」


 レオの手が、自然に俺の手に重なる。

 もう、照れるでもなく、当たり前のように。


 (……これが、“隣にいる”ってことか)


 心地いい重さだと思った。




【エピローグ】




 世界は、そう簡単に平和にはならない。


 魔王軍はまだ活動しているし、

 脳筋国家リスタリアは相変わらず前に出れば勝てると思ってる。


 だから、俺たち勇者パーティも、戦い続ける。


 「ユーマ、今日も頼むぜ!」


 「おうよ、脳筋ども。俺がいなきゃ、どうにもならねぇからな」


 支援魔法を張りながら、俺は前を行く脳筋共にツッコミを飛ばす。


 いつもの光景だ。

 だけど、今は──


 「俺は、ちゃんと考えてるぜ」


 「俺たち、もう“任せっきり”じゃないからな」


 「支え合う。それが今の俺たち」


 「ユーマ、頼れる時は頼れ」


 そう言ってくれるこいつらに、俺は心からの笑みを返す。


 レオが、当然のように俺の隣に並ぶ。


 「お前、最近ちょっとは甘え上手になったな」


 「お前に言われたくねぇよ」


 「でも、俺はもっと甘えさせるからな。覚悟しとけよ?」


 「脳筋のくせに、そういうとこだけ器用だな」


 「好きなやつには全力だから」


 レオは、さらっと言って、俺の肩を引き寄せる。


 もう、驚かない。

 こいつがそういう男なのは、とうにわかってる。


 「ほんと、面倒なやつ」


 「お互い様だろ?」


 肩が触れる距離。

 それが、今の俺たちの“普通”だ。



 ***



 戦い続ける日々は、たぶんこの先も終わらない。

 けど、その中で──


 俺たちは、確かに“隣にいる”を選んだ。


 頼るとか、支えるとか、そんな綺麗事じゃない。

 俺が、お前の隣が心地いいから。

 お前が、俺の隣を欲しがるから。


 「よし、行くか。今日も俺たちらしくな」


 「ああ。“俺たちらしく”、隣で戦おうぜ」


 これが、俺たちの“普通”で。

 これが、俺たちなりの“愛”なんだと思う。



挿絵(By みてみん)

AI生成イメージイラスト

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!


普段はシリアスめな話を書いてるんですが、

たまには脳筋×社畜の箸休め異世界ギャグもいいかな~と、

AIアシスト補助を活用しながら楽しく執筆しました。


脳筋勇者レオと社畜ユーマの相互執着(?)な距離感、

ちょっとでも笑ってもらえたら嬉しいです。


ちなみに、こちらはギャグ寄り&軽めBL風味ですが、

イチャラブ濃度高めの続編や日常編は、

他サイトでひっそりと投稿していこうかな~と考え中です。


それでは、またどこかでお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ