また俺だけ働いてる異世界召喚 ~脳筋イケメン勇者パーティで過労死2周目はゴメンです~
こんにちは。
普段は重めの話ばかり書いてるんですが、今回はちょっと箸休め。
異世界召喚されたのに、なぜか俺だけが働きすぎてる社畜主人公と、脳筋勇者たちのお話です。
ちょっとBL風味あり、でも基本はギャグで軽めです。
普段のシリアス疲れに、気楽に読んでいただけると嬉しいです。
勢い重視の脳筋たちと、ツッコミ疲れた社畜の温度差を笑ってやってください。
父親が残した借金を、母さんに背負わせたくなくて。
その一心で働き詰めた俺は、ブラック企業の歯車となり、やがて静かに壊れた。
その日は、納期前の徹夜続きで三日目。
パソコンの画面が、いつもよりぼやけて見えた。
気のせいかとも思ったが、いや、そんなわけない。
手が、痺れる。
呼吸が浅い。
頭の奥が、ズキズキと音を立ててる。
それでも俺は、椅子から立とうとしなかった。
倒れるなら机の前。それが俺の美学、ってやつだ。
(……ま、俺が死んで労災と保険が下りりゃ、借金も消えるし、母さんも少しは楽できるだろ)
そう考えたら、むしろ気が楽だった。
これで、やっと終わる。
そう思った、瞬間だった。
視界が真っ白に、塗り潰された。
(……ああ、死んだな、俺)
痛みも苦しさもなく、ただ光に飲まれていく感覚。
なんだ、案外、楽なもんじゃねぇか。
――そう思ったのに。
***
「異世界リスタリア王国へようこそ、勇者様方!」
耳障りなほど張り上げた声が、頭に響く。
目を開けると、目の前には絢爛豪華な玉座の間。
金の柱に赤い絨毯。鎧に身を包んだ騎士たちが並び、いかにも“異世界”ってやつだ。
「さて、召喚に成功したようですね。勇者の皆様、順次ご確認を」
続けて、同じテンプレ口調で付け加える。
「ご安心ください。我がリスタリア王国は、魔王軍の侵攻に対抗するため、皆様をお呼びしました。
殴って、叩いて、蹴散らしていただければ問題ありません」
(脳筋国家かよ……)
(……つーか、なんも安心できねぇ)
まだ状況を飲み込めない俺の横で、金髪の陽キャがいきなり叫ぶ。
「おい、なんだここ!?マジで異世界召喚!?すっげー!」
遠慮のかけらもない声で騒ぐ男。
その後ろでも、似たような連中がざわつき出す。
(おいおい、落ち着けよ……いや、俺が落ち着け)
たぶん、ここは異世界ってやつだ。
そして、俺たちは召喚された側だ。
だけど、今さら異世界だろうと、過労死だろうと、正直どうでもよかった。
(もう働きたくない……)
せめて、せめて今度こそ、俺は楽をする側に回らせてくれ。
「はい、では適性検査を受けてください。あなた方のジョブ、属性、能力、すべて計測します。
異議は認めません」
その言葉に合わせて、俺の頭上に光のプレートが浮かび上がる。
《桐生 悠真》
《適性職:支援特化型 魔導師》
「うわ、名前まで勝手に表示されるのかよ……」
「おっ、ユーマって言うのか!」
陽気な声が、すぐ隣から飛んできた。
(お前、俺の自己紹介まだしてないんだけど……?)
振り向くと、金髪碧眼のイケメンが、満面の笑みで肩を組んでくる。
白と赤を基調にした軽装鎧、そして距離が近すぎる。
「俺はレオ!レオ=ヴァルディアス!よろしくな、ユーマ!」
「いや、勝手に名前略すな。俺は桐生 悠真──」
「だってキリュウユウマって言いにくいだろ?
ユーマの方が馴染むって。お前もそう思うだろ?」
お前が思うな。
こいつ……親父を思い出す。
自分本位で距離感がバグってて、悪気はないくせに人を振り回すタイプ。
──俺が一番、苦手なやつだ。
「……まぁいいけどさ」
「おっけー!よろしく、ユーマ!」
ああ、こいつはずっとこの調子なんだろうな。
「他の勇者様も順にどうぞ」
玉座の間に、さらに数人の人影が現れる。
大剣を担いだ巨漢、双剣を軽々と回す男、
弓を背負ってるくせに前衛感のある青年、無口そうな格闘家。
彼らの頭上にも、それぞれ名前プレートが表示されている。
《アデル・ストラウス(大剣士)》
《ジーク・ファルゼン(双剣士)》
《リュート・アルマー(弓兵)》
《ドルフ・バルニエ(格闘士)》
《レオ・ヴァルディアス(勇者)》
並んだ名前を見て、ふと気づく。
日本人の名前は、俺だけだ。
(……もしかして、俺とこいつら、元いた世界が違うのか?)
……いや、それ以前に。
(勇者様ってまとめて呼ばれた割に、職業“勇者”はレオだけかよ)
(全員脳筋だけど、レオはその中でも別格の突撃バカってことか?)
(……なるほど。脳筋パーティのリーダーってことか。納得はしねぇけどな)
こっちが説明を求める暇もなく、脳筋共は勝手に自己紹介を始めた。
「アデルだ!大剣で壁になるのは任せろ!」
「ジーク様だ!俺の双剣に酔いな!」
「リュート。弓兵だが、殴るのも得意だ」
「ドルフ。拳が語る」
こいつら、やっぱ脳筋ばっかりだな。
「ユーマは支援職みたいだな!俺たち前衛、よろしく頼むぜ!」
犬っぽく尻尾が見えそうな勢いで、アデルが笑いかける。
「作戦とかもユーマに任せりゃいいだろ!俺、そういうの苦手だしな!」
ジークが豪快に肩を叩いてくる。こっちは俺様系だが、さっさと人に投げるのは得意らしい。
「ユーマの補助は頼りになると見た。無駄がない」
静かにそう評するリュートは、知識担当みたいな顔してるくせに脳筋思考が滲んでいる。
「ユーマ、鍛錬あるのみだ。体力は正義」
どこまでもブレずにそう言ったのはドルフ。全身筋肉でできてそうな無口なヤツで、どう見ても筋肉至上主義にしか見えねぇ。
「ユーマは賢そうだし、サポート向き!俺の隣、確定な!」
おい、脳筋勇者、勝手にポジション決めんな。
「だから支援職は後衛に──」
「俺が守るから平気平気!」
レオの押しが強い。親父そっくりだ。
「……ほんと、好きじゃねぇんだよ、お前みたいな奴」
「じゃあ、これから好きになればいいじゃん!」
「前向きにもほどがあるだろ!」
脳筋勇者パーティは、楽しそうに俺を囲んでいる。
(これ、絶対また俺だけ働くパターンだろ……)
異世界でも社畜確定か。
はぁ、勘弁してくれよ。
***
異世界に来て、何日経ったんだろうな。
時計もカレンダーもない生活には、もう慣れた。
けど、朝から脳筋共に振り回されるこの日常だけは、いつまで経っても慣れそうにない。
「ユーマ、今日も頼むぜ!」
朝から元気な脳筋ボイスが、俺の耳を容赦なく直撃する。
ここはリスタリア王国近郊の訓練場。
本日は勇者パーティによる模擬戦──のはず、だった。
「で、戦術はユーマに任せるから!な!」
当然のようにレオが親指を立ててくる。押しが強いのは相変わらずだ。
「アデルたちも異論ないよな?」
ジークが肩越しに振り返り、悪びれもなく同意を求める。
「おう、任せた!」
即答したアデルは、相変わらずの犬っぽさ全開で笑っている。
「ユーマが考えた方が勝てるしな」
リュートがぼそりと冷静に呟く。合理主義者なのはいいが、前衛脳筋なのは変わらない。
「ユーマ、語れ」
最後にドルフが腕を組んで頷く。筋肉こそ正義、そのスタンスに一片の迷いもない。
「語れじゃねぇよ……」
俺は支援特化型の魔導師だ。
なのに、なぜ俺が指揮官もやってるんだ。
(……なんだろう、この既視感)
働いても働いても、終わらないタスク。
無神経に振られる丸投げ業務。
これ、前世で嫌というほど味わったやつだ。
肩を落としながら、俺は覚悟を決めた。
異世界でも、また俺だけが働く予感しかしない。
「よし、仕方ねぇ。初歩から叩き込むぞ」
***
「ジーク、突っ込むな!単独行動すんな!」
「リュート、後ろで弓使え!近接すんな!」
「ドルフ、殴る前に味方の位置見ろ!」
「アデル、壁役に徹しろ!カバー優先!」
「レオ!勝手に前に出るな!」
俺は支援魔法を張り直しながら、怒鳴り続けていた。
脳筋たちは、悪気なく自由奔放。
思考より先に拳が出るタイプばかりだ。
(……ああ、俺、また一人で働いてるな)
デジャヴもここまでくると笑えてくる。
***
「ユーマ、やっぱお前がいると全然違うな!」
訓練後、レオが当然のように隣に座ってくる。
「いや、俺はサポート役だって言ったよな……?」
「サポートってのは、つまり“支えてくれる人”って意味だろ?」
「……使い方が違ぇよ」
レオはニコニコと、悪びれた様子もなく言い放つ。
その姿が、やっぱり親父に似ていて、無性に腹が立つ。
「お前、俺の親父に似てんだよ。そういうとこ」
「え、俺そんなオッサンくさい?」
「そうじゃねぇ。迷惑かけといて悪気がないってとこがそっくりなんだよ」
「でも嫌いになれないんだろ?」
「……そこがまたムカつくんだよ」
苦笑まじりに呟く俺に、レオは楽しそうに肩を組んできた。
「ユーマは俺の隣が一番似合ってると思うけどな」
「……暑苦しい。離れろ」
「断る」
この距離感バグ野郎。
けど、こいつらを放っておけないのも、また事実で。
(ほんと、俺って損な性分だよな……)
異世界でも、社畜生活は続く。
二周目も、やっぱり働き通しらしい。
***
「さて、今日は王都近郊のダンジョン調査任務だ」
訓練漬けの日々の末、ようやく王宮から初任務のお達しが下った。
……召喚から一週間。
俺たち新人勇者パーティのデビュー戦は、
浅層ダンジョンの探索ってわけだ。
(ふーん、まあ、脳筋共の実力試しにはちょうどいいか)
そう思ってた俺が、どれだけ甘かったか。
今なら過去の自分を殴りたい。
「ジーク、突っ込むな!敵の位置確認しろ!」
「リュート、弓は投げるもんじゃねぇ!」
「ドルフ、味方ごと殴るな!」
「アデル、単独で突撃すんな!」
「レオ!せめて指示聞け!!」
脳筋たちは、ダンジョンに入った瞬間から、自由奔放に動き出した。
「だって、敵見つけたら殴るだろ?」
ジークが笑いながら当然のように言う。考えるより手が先の典型だ。
「弓って近接でも強いんだぜ?」
リュートが無表情のまま謎理論を口にする。知識担当とは思えない発想力だ。
「拳は正直だ」
重々しく頷くドルフ。筋肉こそが真理、というブレない信念がにじむ。
「俺が前に出れば大丈夫だろ!」
アデルは元気いっぱいに胸を叩いて、根拠のない自信を振りまいている。
(こいつら全員、脳筋の自覚がないのが一番厄介だ)
当然、連携も何もあったもんじゃない。
雑魚ゴブリン相手にさえ、連戦連敗寸前だ。
俺は深くため息をついた。
サポート役という名の“脳筋制御係”──
この異世界でも、俺の仕事は重労働らしい。
「ったく……支援魔法、全員に展開。
防御補助、速度補正、視界強化……」
俺のMPはガンガン減っていく。
(なんだこれ……前の職場よりブラックじゃねぇか)
***
ダンジョン中層部。
ようやく敵の攻撃が止み、束の間の休息。
「ふぅ……ユーマ、助かった」
レオが、当たり前のように俺の隣に腰を下ろす。
「助かった、じゃねぇ。お前らが考えないから、俺の仕事が増えてんだよ」
「だって俺たち、考えるより殴る方が得意だし」
「それを脳筋って言うんだよ」
レオは悪びれもせず笑う。
「でもさ、ユーマがいると、なんか安心すんだよな」
「それは俺が“便利屋”してるからだろ」
「違ぇよ。ユーマが俺たちの“足りないとこ”を補ってくれるから、だ」
一瞬、その言葉に動きを止めた。
こいつ、無意識にそういうこと言うからタチが悪い。
「……だから俺を都合よく使うの、やめろって」
「俺は本気で頼ってんの。
なあ、ユーマ。お前がいないと、俺はきっと、前みたいに──」
そこでレオは言葉を切った。
「前?」
「……いや、なんでもねぇ。とにかく、ユーマが必要ってことだ」
レオの笑顔は、どこか無理やりだった。
その奥に、重たい何かを隠している。
(こいつ……ただの陽キャ脳筋じゃねぇのか)
俺は、そっと肩を押し返す。
「わかったよ。だけど、無理はすんなよ」
「言われたくねぇな、それ」
レオは苦笑しながら、俺の肩をがっちり掴んだ。
──その手が、ほんの少しだけ、震えている気がした。
***
結局、その後も俺は全力稼働だった。
脳筋たちが暴走すれば支援を張り直し、
トラップを見落とせば解除し、
挙句、進行ルートまで全部俺が決める羽目に。
(おかしいよな……全員で戦ってんのに、なんで俺だけ過剰に働いてんだよ)
でも、不思議と嫌じゃなかった。
こいつらは馬鹿だけど、悪意はない。
レオにしても、どこか“自分を必要としてくれる”感じが、俺には心地悪いけど、心地いい。
(……面倒くせぇな、俺も)
「ユーマ、今日も助かった!」
レオが、当然のように隣に寄ってくる。
いつもの距離感ゼロだ。
「……お前、いつも当たり前みたいに頼ってくるよな」
「当たり前だろ?俺たち仲間じゃん」
「……そういうとこ、マジで親父に似てるわ」
「またそれかよ。親父に俺を重ねるくらいなんだから、お前の方が年下だよな?」
「……は?」
素で返してしまった俺に、レオがきょとんとする。
「いや、だって、親父とか言うってことは、俺の方が上ってことでしょ?」
脳筋らしい雑な理屈。
ついでに言えば、こいつの外見だけなら、俺の方がどう見ても年上に見えるはずだ。
「俺、二十六だぞ?」
レオの動きが止まる。
「え?マジ?ユーマ、童顔すぎじゃね?」
「うるせぇ。まぁ、日本人って童顔らしいしな。お前、いくつだよ」
「二十二……えっ、年下だったのか、俺!?」
驚愕の表情で目を見開くレオが、妙に新鮮だった。
「……ずっとタメか俺より下だと思ってた」
「見た目だけで判断すんな」
「なんか、ショック。俺、後輩ポジなの?これから“ユーマ先輩”って呼んだ方がいい?」
「……絶対にやめろ。鳥肌立つ」
「じゃあ今まで通り“ユーマ”な。俺が一番お前に懐いてるんだから」
「開き直るな」
レオは、にかっと笑った。
その笑顔は、やっぱりどこか憎めない。
(ほんと、扱いづらい後輩だな……)
だけど、悪い気はしなかった。
異世界二周目。
俺はまた社畜やってる。
でも、今回は“少しだけ違う”のかもしれない。
***
ある日の任務帰りの夕暮れ。
リスタリア王都は、茜色に染まっていた。
「ユーマ、ちょっと休めよ」
肩を支えるレオの手が、やけにしつこい。
「まだ大丈夫だ。お前らの方がよっぽど無茶してたじゃねぇか」
「いやいや、今日はお前の方がヤバかった。顔色悪いし、フラついてたし。素直に頼れって」
「お前らが脳筋すぎるから、俺が動くしかねぇんだよ」
「俺たち、もうちょっと考えるよう努力するから!」
「どうせ三日で忘れるだろ」
「……たぶん」
即答すんな。
だけど、嫌いじゃない。このやり取り。
そんなことを考えていると、レオがぽつりと呟いた。
「……でもな、やっぱり怖いんだよ」
「は?」
「俺、前のパーティでも似たような奴に頼りきってさ。そいつが倒れた時、本当に何もできなかった」
レオの目が、珍しく正面を見据えている。
「だから、今はちゃんと“頼りすぎない”ようにしようって思ってるんだ」
「……偉いじゃねぇか」
「けど、正直に言うとさ。ユーマがいてくれると、“強くなれる”気がするんだよ」
「……つまり、結局は頼ってるってことだろ」
「……まぁ、な」
「でも、今度は俺も“支える側”になりたいんだよ」
不器用な本音が、ぽろっとこぼれる。
「前みたいに、誰かに任せっきりで後悔すんのは、もう嫌だからさ」
レオはそう言って、ちょっとだけ目を伏せた。
「……お前、意外と真面目だな」
「そうでもないよ。でも、ユーマは俺の前で倒れないでよ」
「言われなくても立ってるわ」
「ならいい」
レオが、にやりと笑う。
その笑顔は、いつもよりずっと“本物”だった。
***
その夜。
さすがに疲労が限界を超えていた俺は、
ベッドに倒れ込むなり、意識を手放した。
(……次は、俺が“支えられる”番かもしれねぇな)
そんなことを、ぼんやりと思いながら。
***
朝の光が、やけに重たかった。
「……クソ、体がだるい」
無理もない。
脳筋共の暴走を制御しながら、支援魔法を張り続けたツケが回ってきた。
ベッドから起き上がろうとした瞬間、
視界がぐらりと傾く。
(あ、これ、やばいやつだ)
そのまま、俺は意識を手放した。
***
「ユーマ!?」
目が覚めた時、レオが俺の顔を覗き込んでいた。
「……お前、うるせぇ」
「うるさいくらいがちょうどいいだろ。今朝俺の目の前でぶっ倒れたんだぞ」
怒鳴るでもなく、必死に抑えてる声だった。
いつも軽いレオの顔が、こんなに強ばってるのは珍しい。
口元は笑ってるけど、目の奥はぜんぜん笑ってない。
「……俺、言ったのにな。ユーマは、俺の前で倒れるなって」
そう呟いたレオの声は、小さすぎて、聞き逃しそうだった。
「まったく……俺たちが迷惑かけすぎたな」
頭を掻くジークの声がする。
「無理させすぎた。反省する」
リュートがいつも通り無表情で言うが、どこか沈んでいる。
「……俺も、殴りすぎたかもしれん」
ぼそっと呟くドルフ。
「今度から、ちゃんと休めよな!」
アデルは拳を握りしめ、必死にこらえているようだった。
こいつらが、こんなに素直に反省する日が来るとは思わなかった。
「大丈夫だって。慣れてるし」
「そうやって無理すんなよ!」
レオの声が、俺の胸に重く響く。
「お前、俺たちが支えるって言っただろ。今度は、俺たちの番だろ」
「……言うようになったな、お前」
「当たり前だ。俺は、ユーマがいないと困るんだ。でも、だからこそ“頼られる側”になりたいって、思ってる」
そう言って、レオは俺の手を握りしめる。
「だからさ、無理して倒れるくらいなら、俺に押し付けろよ。今度は俺が支える番なんだから」
「……成長したな」
「誰のおかげだと思ってんだよ」
レオは、にやりと笑った。
けど、その目は少し赤い。
「ま、せいぜい俺の分まで働けよ」
「おう、任せとけ。でも、お前が立ち上がったら、今度は隣で支え合おうぜ」
「……仕方ねぇな。そん時は、俺の面倒見ろよ、勇者様」
「おう、もちろん」
***
数日後。
回復した俺は、いつものように奴らの前に立っていた。
「無茶はしない。けど、お前らも考えろ」
そう言うと、アデルが胸を叩き、ジークがふんと鼻を鳴らす。
「任せとけ!」
「俺たち、やってやるさ!」
リュートが静かに頷き、ドルフも拳を握った。
「指示はしっかり聞く」
「無茶しない」
アデルは続けて言う。
「ユーマの負担を減らす!」
「……どうせ、すぐ忘れるくせに」
「かもしれん。でも、頑張る」
ジークが茶化すように笑い、
リュートは真面目に返し、ドルフは黙って頷いた。
こいつらなりに、ちゃんと変わろうとしている。
その姿が、なんかちょっと、嬉しかった。
「行くぞ、脳筋共。俺がサポートしてやるから、ちゃんと戦え」
すると、レオがニヤッと笑って言う。
「はいよ、ユーマ先輩!」
「……その呼び方やめろって言ったよな?」
結局、俺はまたツッコミ役だ。
でも、それも悪くない。
(今度は、ちゃんと“支え合う”ってことでな)
そう思いながら、俺たちは次の戦いへ歩き出した。
***
戦闘を終えたその夜。
いつものボロ宿の、ひと気のない酒場の隅っこ。
木のテーブルはガタついてるし、出されるメシは味気ないが、脳筋共は気にせず騒いでいる。
そのど真ん中で、レオが当然のように、自分の隣をぽんぽんと叩いてきた。
「ユーマ、ほら、こっち座れよ」
「別に、わざわざ隣じゃなくても……」
「俺が隣がいいんだよ」
「……そういうの、照れもなしに言うよな、お前」
「だって本音だし」
悪びれもせず、にかっと笑う。
それが、いつものレオだ。
(こいつ、最近“本気で距離が近い”気がするんだが)
以前は無自覚な脳筋陽キャムーブだと思ってた。
でも、最近はどこか違う。
目が合うと、少しだけ視線を逸らさなくなった。
肩が触れれば、そのまま離れようとしない。
「なぁ、ユーマ」
「なんだよ」
「……お前、好きなやつとか、いねぇの?」
「急になんだよ」
「いや、気になってさ。こっちの世界だと、そういう話、あんましないし」
そう言いつつ、レオはちらっと俺の顔色を窺っている。
「いねぇよ。働くのに精一杯で、そんな余裕なかったし」
「……そっか」
レオは一瞬だけ、寂しそうに笑った。
「で? お前はどうなんだよ」
「俺? いるぞ」
「お、おう。そりゃ、そうだろうな。お前、顔も性格もわりとチートだし」
「ほんとか?」
レオは、いつもの調子を崩さず言ったが、
その耳がほんの少しだけ赤くなっている気がした。
「お前、そういうとこ鈍感だよな」
レオが、ぐっと顔を近づける。
「……俺が誰を好きか、わかんねぇ?」
「さあな」
「そっか。なら、もうちょいわかりやすくしてくか」
「は?」
「行動で、な」
そう言って、レオは俺の肩に堂々と腕を回してくる。
その動きに、迷いがなかった。
「ユーマ、お前が思ってる以上に、俺はお前に懐いてるから」
「……自覚あるなら、もうちょっと加減しろ」
「やだ」
即答。
「俺はさ、ユーマが隣にいるのが、一番しっくりくるんだよ。だから、隣は俺の席な」
「……俺の意思は無視かよ」
「うん」
こいつ、ほんと脳筋。
でも、その手は、意外と優しく俺の肩を抱いていた。
(……逃げるのも、面倒くせぇな)
社畜は、頼まれると断れない。
懐かれると突き放せない。
そういう性分なんだろう。
「……せめて、過労死しない程度にしてくれよな」
「おう。俺が支えるから、安心しろ」
「お前に言われても、全然安心できねぇんだけどな」
「じゃあ、もっと近くで安心させてやるよ」
レオが、ぐいっと距離を詰めた。
至近距離で、にやりと笑うその顔が、やけにまぶしかった。
(ほんと、俺はいつまで振り回されるんだか)
でも、その重さは、嫌じゃなかった。
***
王都郊外で行われる模擬戦闘イベント。
新人勇者パーティが“観客の前で成果を披露する”
言ってみれば、お披露目会だ。
(面倒くせぇけど、パーティの評価にも関わるしな……)
「ユーマ、俺が先陣切るから、お前は無理すんなよ!」
レオはいつものように隣でニコニコしてる。
だけど、少しだけ……目が鋭い。
(こいつ、今日はやけに“気合”が入ってんな)
そして模擬戦開始。
相手は王国騎士団のベテラン組。
脳筋共は張り切って突っ込んでいく。
「ジーク、無茶するな!」
「リュート、後方支援徹底しろ!」
「アデル、盾を崩すな!」
「ドルフ、前出すぎだ!」
俺は支援魔法と指示でフル稼働。
だが、敵はさすがに手練れ。
流れ弾が俺に向かって飛んできた、その時──
「ユーマ!!」
視界が赤く染まった。
レオが俺の前に飛び出し、全身で盾になった。
「バカッ、お前──」
「……間に合ったな。良かった」
レオの腕から、血が流れていた。
けど、本人は、いつも通りの笑顔を崩さない。
その笑顔が、今はやけに不自然で、痛々しく見えた。
「お前がいないと困るからさ。それに、俺が“支える側”って言っただろ?」
その言葉で、胸の奥がひどくざわついた。
(……違う。これ、違うだろ)
俺が守ってるつもりだった。
俺が、こいつらを支えてるつもりだった。
だけど。
今、傷を負ってるのはレオだ。
俺を守るために、自分から前に出た。
(こいつは……俺を、守ろうとしてる)
こいつの“俺が支える側”は、口先じゃない。
ただの仕事仲間でも、パーティでもない。
もっと、ずっと、個人的な感情で。
俺のために、命を張ってるんだ。
(……こいつ、本当に俺のことが、好きなんだ)
自分でも信じたくなかった。
でも、頭じゃなく、胸が、もう否定できなかった。
「レオ。……そういうの、反則だろ」
声が震える。
こんな気持ち、知りたくなかったのに。
「なんだよ、今さら。俺は最初から、お前が好きだって言ってたじゃん」
「言ってねぇよ。……そんなはっきり、言ってねぇ」
「態度でわかるだろ?」
「わかるか、そんなもん。お前の距離感、バグってんだよ」
それでも、今なら。
今なら、その全部がちゃんと“伝わって”くる。
「……ありがとな。助かった」
「おう。お前が倒れたら俺が困るからな。でも、それだけじゃなくて。俺は、ユーマに笑っててほしいだけだ」
レオは、まっすぐに俺を見つめてくる。
「だから、これからも俺の隣にいてほしい。支え合うとか、そういうんじゃなくて、俺が“好き”だから、ただ隣にいてくれ」
「……ほんと、お前は、距離感がおかしい」
「そういうの、慣れていけよ。これから先、ずっとだからさ」
ずっと、なんて。
あまりにも真っすぐで、まぶしすぎる言葉。
「……まったく、どこまで面倒くせぇんだよ、お前は」
「お互い様だろ?」
レオは、いつものように笑った。
でも、それはもう、“仕事仲間”に向ける顔じゃなかった。
***
「なぁ、ユーマ」
レオが、夜風に吹かれながら隣に立つ。
イベント戦闘が終わったその夜、宿舎の屋上で、俺たちは二人きりだった。
「……まだ続きがあるのかよ」
「あるに決まってんだろ。さっきは、勢いで言っちまったからな。今度は、ちゃんと俺の口から、落ち着いて言う」
レオは、今度は逃げも隠れもせず、まっすぐ俺を見る。
「ユーマ。俺、お前が好きだ」
短く、まっすぐな告白。
軽口でも勢いでもない。ちゃんと“好き”だと言った。
「仲間だから、とか。支えてくれるから、とか、そういうの抜きで。俺は、お前自身が好きなんだ」
……重い。でも、嘘じゃないのはわかる。
「自覚したのは最近だけどさ」
「でも、お前のこと“放っておけない”って感じたのは、最初からだったんだよ。召喚された時から、なんか気になって仕方なかった」
「最初は頼れるやつだと思ってただけだよ。でも、気づいたら目が離せなくなってた。今ならわかる。それが“好き”だったんだ」
レオの言葉は、やたらとまっすぐ刺さってくる。
「……ほんと、お前は正面から殴ってくるよな」
「だって、逃げ道作る方が卑怯だろ」
その潔さがずるい。
「俺はさ、頼られると断れない性格なの、お前知ってんだろ?」
「だから“頼む”んじゃなくて、“好きだ”って言ってんの」
少しだけ、息が詰まる。
どこまでも正面突破の男だ、こいつは。
「……わかったよ」
目を逸らさずに言った。
俺が、自分の意思で、ちゃんと選ぶ。
「俺は、俺の意思で“隣にいる”って選ぶ。お前が好きだって言ってくれるなら、それを受け取るのも悪くねぇ」
「……やっとだな」
レオがふっと笑う。その顔は、今までで一番素直だった。
「これからは遠慮なく甘えるから」
「そこは加減しろ」
「無理。お前が好きだから」
「ほんと、お前は……」
でも、嫌な感じはしない。
こいつの真っ直ぐさに、俺も少しずつ慣れてきたらしい。
***
階下から聞こえる賑やかな声。
「おーい、終わったかー?」
ジークのちゃらけた声に、リュートが冷静に返す。
「だいぶ時間がかかったな」
「まぁ、しゃーねぇ。ようやく通じ合ったんだろ」
アデルが笑い、ドルフが一言。
「……良き」
「今夜は酒でも開けるか。祝杯だな」
こいつらも、全部わかってた。
気づいていて、わざと空気を読んでくれてたんだろう。
「ま、あいつららしいわな」
ジークの声が、なんだか楽しそうだった。
***
いつもの任務帰り。
王都の陽だまりの中を歩きながら、俺はふと思う。
(……気づけば、こいつといるのが当たり前になったな)
「なぁユーマ、ちょっと寄り道してかねぇ?」
レオが、当然のように俺の腕を掴んでくる。
「いや、今日の任務終わったばっかだぞ」
「だからこそ、だろ?休憩ってのも大事だぜ?」
ほんと、脳筋のくせにそういうとこだけは言いくるめるのがうまい。
でも、俺も断らない。
「……わかったよ。少しだけな」
「よし!」
レオの笑顔は、いつもまっすぐだ。
***
寄ったのは、小さな露店街。
食べ歩きができる広場で、パーティの皆も思い思いに過ごしている。
「ユーマ、これ食ってみろよ。甘いぞ」
「ったく、どんだけ世話焼きなんだよ」
「焼かせてくれよ。俺はお前に世話焼きたいんだから」
レオはそう言って、当然のように俺の皿に追加してくる。
最近は、これが普通になってきた。
パーティの奴らも、特に茶化すことなく、
アデルが「いい雰囲気だな」と笑い、
リュートが「無駄に熱量が高い」とぼそり、
ジークが「ニヤけるわー」と冷やかす程度。
「お前ら、聞こえてんぞ」
「おっと、こわいこわい。でも幸せオーラがダダ漏れなんだもんよ」
ジークが軽口を叩く横で、レオが俺に耳打ちする。
「……なあユーマ」
「なんだよ」
「これが“普通”になるのって、なんかいいなって思ってさ」
「……そうだな」
「お前が隣にいるのが、普通。それだけで、俺はけっこう満たされてる」
「……お前って、ほんと、わかりやすいよな」
「ユーマがわかりにくすぎるだけだ」
言い返されて、思わず苦笑が漏れる。
***
夕暮れが近づき、パーティは再集合。
「明日はまた任務だ。無理すんなよ、ユーマ」
アデルが真面目に釘を刺す。
「ユーマを過労死させないのが、今の俺たちの目標だしな」
ジークがにやっと笑う。
「合理的に行動する。それが一番の支援になる」
リュートが静かに頷く。
「支える。全員で」
ドルフも、しっかり拳を握っている。
「……頼もしくなったな、お前ら」
「全部、ユーマがいてくれたおかげだよ」
レオが当然のように言う。
それに、誰も否定はしなかった。
「じゃあ明日も、俺が全力で支えてやる。隣でな」
「はいはい、わかったよ。でも、俺も支える側だって忘れんなよ」
「忘れるわけねぇだろ」
レオの手が、自然に俺の手に重なる。
もう、照れるでもなく、当たり前のように。
(……これが、“隣にいる”ってことか)
心地いい重さだと思った。
【エピローグ】
世界は、そう簡単に平和にはならない。
魔王軍はまだ活動しているし、
脳筋国家リスタリアは相変わらず前に出れば勝てると思ってる。
だから、俺たち勇者パーティも、戦い続ける。
「ユーマ、今日も頼むぜ!」
「おうよ、脳筋ども。俺がいなきゃ、どうにもならねぇからな」
支援魔法を張りながら、俺は前を行く脳筋共にツッコミを飛ばす。
いつもの光景だ。
だけど、今は──
「俺は、ちゃんと考えてるぜ」
「俺たち、もう“任せっきり”じゃないからな」
「支え合う。それが今の俺たち」
「ユーマ、頼れる時は頼れ」
そう言ってくれるこいつらに、俺は心からの笑みを返す。
レオが、当然のように俺の隣に並ぶ。
「お前、最近ちょっとは甘え上手になったな」
「お前に言われたくねぇよ」
「でも、俺はもっと甘えさせるからな。覚悟しとけよ?」
「脳筋のくせに、そういうとこだけ器用だな」
「好きなやつには全力だから」
レオは、さらっと言って、俺の肩を引き寄せる。
もう、驚かない。
こいつがそういう男なのは、とうにわかってる。
「ほんと、面倒なやつ」
「お互い様だろ?」
肩が触れる距離。
それが、今の俺たちの“普通”だ。
***
戦い続ける日々は、たぶんこの先も終わらない。
けど、その中で──
俺たちは、確かに“隣にいる”を選んだ。
頼るとか、支えるとか、そんな綺麗事じゃない。
俺が、お前の隣が心地いいから。
お前が、俺の隣を欲しがるから。
「よし、行くか。今日も俺たちらしくな」
「ああ。“俺たちらしく”、隣で戦おうぜ」
これが、俺たちの“普通”で。
これが、俺たちなりの“愛”なんだと思う。
AI生成イメージイラスト
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
普段はシリアスめな話を書いてるんですが、
たまには脳筋×社畜の箸休め異世界ギャグもいいかな~と、
AIアシスト補助を活用しながら楽しく執筆しました。
脳筋勇者レオと社畜ユーマの相互執着(?)な距離感、
ちょっとでも笑ってもらえたら嬉しいです。
ちなみに、こちらはギャグ寄り&軽めBL風味ですが、
イチャラブ濃度高めの続編や日常編は、
他サイトでひっそりと投稿していこうかな~と考え中です。
それでは、またどこかでお会いしましょう!