第零話 皇帝の婚約
この作品は http://ncode.syosetu.com/n2759k/とhttp://ncode.syosetu.com/n2763k/の直接ではありませんが一応の続編ですが外伝です。
そのため、登場人物の一人は名前は違いますが原作者です(主人公ではありません)。
この作品は差別を助長するような意図は一切ありません。
※いくつか日本の地名を基にした用語が出てきますが、この作品にはその地名や出身者を差別・侮辱する意図はございません。
ご了承ください。
※3/23追記、主人公はラザラの兄です。
『ドランディア』とは『メルアリア帝国』の最強の剣士の称号である。
厳しい身分格差のある帝国において、ドランディアは平民や外国人や、たとえ犯罪者であってもその称号を受け取る資格のある数少ない階級身分に左右されない栄誉である。
事実、六十数年前にドランディアとなった者は皇帝を暗殺しようとした重罪人であり、遡ること二百年前程前にドランディアの称号を授けられた者は地方の売春婦であった。
この称号を授けられた者は、帝国貴族の公爵位と同等の立場として帝国内での出世は思いのままである。
それ故に平民の中には、この称号を授かることに一生を賭ける者も多い。
帝都『アリシアル』の平民街に住んでいた少女『ラザラ=セルシウス』も、そんなドランディアを目指す剣士の一人だった。
彼女は今、豪華なドレスを着せられて皇帝謁見の間の玉座の傍に置かれた椅子にいる。
極度の緊張状態で、手足は震えていた。
本来、平民の彼女には絶対に居てはいけない場所だったからだ。
この謁見の間には、百数十人の宮殿に勤める貴族達が集められ、玉座の銀髪の青年に頭を垂れる。
今日は月初めの政務の日。
宮殿の貴族達が、皇帝に先月までの様々な内政や外交の正式な報告をする『全謁見』の儀式の日であった。
儀式の最後、いつもならば皇帝が臣下達へ賛辞の言葉を与えて終了となるが、そこで皇帝は玉座から立ち上がる。
「諸君、儀式の始めから気になっていたと思う。
この度、諸君らに報せることがある。
この女性、ラザラ=セルシウスと我は一昨日、婚約を交わした。」
と、皇帝はラザラに手を差し伸べ、少女は立ち上がった。
皇帝の婚約。
その言葉にその場に居た貴族の殆どは、驚愕の表情を浮かべる。
皇帝の傍らに従う少女は、年の頃は15かそこらで、黒髪は肩までも伸びておらず日に焼けた肌が貴族達には一目で平民と解かった。
貴族達は突然の事に大きく目を開き、皇帝と年齢が近い女性貴族達は、落胆の声を上げる者も居る。
「陛下!!
恐れながら進言させて頂きます!!」
整列していた貴族の中で、一人の豪華なドレスの少女が前に進んだ。
「無礼であるぞ、ジェイルマグナ公爵嬢!!」
それを金の肩章の付いた服を着た大男が諌める。
男は皇帝の側近中の側近だ。
玉座に近づく彼女を手で遮る。
「陛下、そのような下劣な平民の娘を皇妃にすることは皇族の・・・・・・いえ、帝国1300年の汚点になりますわ!!」
遮られながらも、貴族の娘は謁見の間に響く程の声を上げる。
その言葉を聴いて、ラザラは少し涙を浮かべる。
皇帝は眉を歪める。
皇帝の側近の大男は、額に血管を浮き上がらせている。
だが、その娘に同意する者も貴族達の中にはいた。
「申し上げます皇帝陛下。
私も公爵令嬢の意見に同意させて頂きます。」
もう一人、貴族の青年が前に出る。
精悍な顔立ちの青年だった。
「リットラン公爵!!
貴公もか!!」
大男はその男へ視線を移す。
「グランガイツ将軍、貴公はこれがどれだけ外交的に危険なことか解からないのか?
平民階級出身の皇妃など、他国の王族に軽視される原因になる。」
と、大男を見上げて睨み返す。
「ぐう・・・・・・。」
その理屈も理解できる。
この世界『ステラギア』でも巨大な国家であるこの帝国は、神話時代から皇族が存在する最も古い歴史の国であった。
周辺の国家にはこの帝国の皇族の分家として建国した王国も多い。
さらにこの世界の殆どの国では、この国が建国した年を元年とする暦法を採用している。
世界に数多ある王族からは敬意を持たれている国であった。
皇妃や皇族の配偶者に迎えるものは、当然ながらそれなりの血統を求められる。
それなりの血統とは即ち、帝国の貴族、他国の王族、他国の貴族の三択のみであった。
平民など最初から選択肢に入るはずも無い。
「フフフ・・・・・・。
それならば、結婚前にラザラ様の御家族に爵位をお与えになれば宜しいと、私は進言させて頂きますわ。」
と、次に三十代くらいの女性が二人の間に入る。
「・・・・・・なるほど。」
「・・・・・・・・・・・・くっ!!」
将軍はそれに頷き、公爵は意見した女性を睨む。
だが、女性は公爵の視線を涼しい顔で受け流した。
一通り貴族のやり取りを見て皇帝はようやく口を開いた。
「ロゼット伯爵夫人の意見を了承しよう。
・・・・・・幸い、ラザラには兄君がいらっしゃる。
爵位を与えて貴族にするか、もしくは・・・・・・将軍辺りの養子となって頂けたならば問題なかろう?」
皇帝は、しばらく貴族達を見下ろして、意見を述べる者が居ないことを確認すると、
「いこうかラザラ。」
「はい、陛下。」
少女を伴って謁見の間から出て行ってしまった。
微妙な雰囲気の中、誰からとも無く自分の職務へと貴族達が戻る中、将軍と伯爵夫人は皇帝の執務室に入る。
即席ながら、茶会の準備は整っていて、皇帝とラザラは紅茶を楽しんでいた。
下座の席にドカリと座る将軍の隣に伯爵夫人も座り、メイドが二人に紅茶を差し出す。
「やはり思ったとおりだったな。」
将軍は落ち着いた様子で紅茶に砂糖を入れながら、伯爵夫人に話しかけた。
「ふふ・・・・・・将軍閣下があんなに大げさに怒るのですもの。
私、笑いを抑えるのに必死でしたわ。」
扇で口元を隠しながら、伯爵夫人は大男に笑みを返した。
「ありがとうございます、ソード様、セレイナ様。」
とラザラは二人に頭を垂れる。
謁見の間での緊張などはなく、いつもの活発な少女の顔に戻っていた。
「いえいえ、ラザラ様、我々に気遣いなど不要でございます。
それにこれからはラザラ様は皇帝陛下の妻、臣下に目上に対する態度はいけませんわ。」
セレイナと呼びかけられた伯爵夫人は少女にも笑みを返す。
「・・・・・・・・・・・・しかし、グレイシアはともかくローエンも反対するとは思ってもいなかった。」
皇帝は、ラザラの貴族式の飲み方に慣れない様子を眺めながら、紅茶を啜っていた。
「リットラン公爵には妹がいらっしゃいますわ。
その妹をぜひ皇妃にと、周囲の者に話していたそうです。
それにあの場で発言しなかった者でも、おそらく反対している者はいくらでもいらっしゃるでしょう。」
セレイナが扇を畳んで少し冷めた紅茶にミルクを入れてかき混ぜていた。
「まったく嘆かわしいことだ。
陛下の御決定に異を唱えるとは。」
「そう怒るなソード。
彼らの言い分も解からない訳ではない。
・・・・・・だがラザラを見下したあの態度は許せないがな。」
ちびちびと呑みながら語気が強くなる将軍を皇帝がなだめ、しかし彼もまた声に怒りの感情が芽生えていた。
「ヴィム、私は気にしていないよ。
平民だってのはホントなんだから。」
その小さな感情の変化を感じたラザラが、咄嗟に首を振る。
「ラザラは良い子だな。
君がそういうのなら、奴らへの処分は止めよう。
・・・・・・話は変わるが、ラザラの兄君に使者を送らなくてはいけないな。」
紅茶を飲み終えた皇帝がメイドにカップを渡した。
「私の娘に任せましょう。」
将軍が自分の膝を叩いて答えた。
「貴公の娘か、いいのか?
・・・・・・まあ、あの娘ならば兄君への印象を悪くすることも無いかもしれないが。」
と、腕を組みながら頷く皇帝。
「閣下のお嬢様・・・・・・確か、今年で15歳・・・・・・ラザラ様の一つ上だったはずですが。」
面識があるようで、伯爵夫人は顔を思い浮かべている。
「・・・・・・ソード様の娘ですか・・・・・・。」
「はい、陛下とは私の元で剣術を学んだ幼馴染です。
父親の私が言うのもなんですが、剣の腕は陛下と互角くらいでしょう。」
「いや、フィナの方が俺より強いだろう。
・・・・・・それにこの父親に似て武芸も知もある。
重要な務めだ。
任せよう。」
と、大男の娘の顔を思い浮かべて頷いた皇帝に、ラザラは釣られて頷いた。
「じゃあ、ソード様、お願いします。」
と、よく解からないながらもラザラは将軍に視線を移すと、彼は笑顔で敬礼をした。
「納得が行きませんわ!!」
謁見から自室へ戻る最中、取り巻きたちに囲まれながら早歩きで廊下を行く貴族の少女、グレイシア。
貴族の中では最も名門と謳われたジェイルマグナ公爵の娘で、当代皇妃の最有力候補とも噂されていた。
彼女自身も当然そうなると思って、皇帝に色々とアプローチを仕掛けていて、皇帝も満更ではなかったと自負していた。
五年前に病死した皇帝の母の覚えも良かった。
「奇遇だな、グレイシア嬢。
私もそう思っている。」
と少女の視界に、あの場で同じく皇帝に意見していた青年が入る。
「・・・・・・あら、ごきげんよう、ローエン=グリン=ストル=リットラン公爵。」
彼の声を聞いても機嫌は直らず、グレイシアは息を切らしながらも丁寧に反応した。
咄嗟に貴族らしく同格の家柄の男子に挨拶するのは、流石に貴族の娘である。
「ご機嫌麗しゅう、グレイシア=ストル=ジェイルマグナ公爵嬢。」
と貴族として高い教育を受けたことが身にしみている事がわかる。
彼もそれに挨拶を返した。
リットラン公爵家も、代々外交官の座にいる有数の帝国貴族である。
彼の妹『エディフィル』も皇帝とは年が近く、皇帝の亡き母やその親戚との親交も深くて、覚えは良く、皇妃候補の一人であった。
「あなたも納得が行かないと?」
「そうだ。
私は妹を、貴公は自分自身を皇妃に相応しいと思っている。」
と、すらりとローエンは少女へと歩み寄る。
その仕草にグレイシアは、人払いをして近くの空き室へ彼を誘導した。
「公爵はなにか考えがあるようですわね。」
「おそらく、皇帝は余程のことが無い限り決定を覆すことはなさらないだろう。
・・・・・・ならば余程のことがあればどうだろうか?」
と、ローエンは口の端を歪める。
「・・・・・・余程のこと?」
何も対策を思いつかないグレイシアはキョトンと、男を見上げることしか出来ない。
「あの小娘に兄がいると皇帝陛下は仰っていた。
おそらく、その男に爵位を与えなければあの平民は皇妃になることなど出来ない。」
「まあ、そうですわね。
平民をそのまま皇族に迎えるとなれば、流石に殆どの帝国貴族が反発するでしょう。
陛下は聡明ですもの、そこまでは出来ないでしょう。」
グレイシアは男が何を思いついたかは解からず、扇でパタパタと自分の顔を仰ぎ始めた。
早く動いた所為で体温が上昇したのだろう。
「ならば、その兄に消えてもらえばどうなるだろうか?」
更に口を歪ませて、ローエンが笑った。
「・・・・・・つまり、あのラザラとかいうド平民の兄を始末するってことですわね。」
そこまで聞かされてようやくこの貴族の娘も気がついた。
その通りだ。
謁見の間で、ロゼット伯爵夫人がラザラの兄を貴族にすれば問題ないと進言し、それを皇帝は承知した。
つまりラザラの兄がいなくなればラザラは貴族出身ではなくなる。
更に、ラザラの兄を拘束しておけば、ラザラ自身との取引も可能だ。
この男はそこまで考えていたのである。
「グレイシア嬢、手を組みましょう。
私は使者を追ってあの娘の兄を拘束、もしくは始末する手配をしましょう。
貴公は、あの女と陛下の結婚に反対する貴族を集めておいて下さい。」
「いいですわ。
その誘い、お受けいたしましょう。」
と、グレイシアも唇を歪ませた。
彼女の良心は咎めなかった。
そもそも宮殿に住んでいる高級官僚の貴族にとって、平民の命などは動物の命と同然である。
二人の様に邪魔なら始末という思考は、貴族の過半数に及んでいた。
二人は約束を交わして握手をすると、大声で笑っていた。
これで自分の一族の繁栄が約束されたと確信して歓喜していた。
数日後、グランガイツ将軍の娘を含む四人の使者が帝都を後にして南の国境付近に向かっていった。
目指すは隣国との国境の町『ベルネーナ』。
そこに間もなく皇帝の妻となる少女ラザラの兄、『ラーザ=セルシウス』が住んでいる。