第7話 アイヴァンがク~ちゃんを好きな理由
子供の時のうちは、友達が一人もいなかった。
それどころか、親以外で話せる相手がいなかった。
村中の人にたくさん話しかけても、誰も聞いてくれない。
大人も子供も。皆、話を最初から聞いてくれないんだ。
でも必ず皆が言ってくれる言葉があった。
うるさいからあっちにいけ。
これしか返ってこなかったんだ。
でも返って来るだけ嬉しかった。
でもでもやっぱり誰かとお話ししたいなっていつも思っていた。
そんなある日。
うちが、村の大きな木の下で本を読んでいる少年を見つけた。
「ねえねえねえ。君。何やってんの。そんなところでさ。ねえねえねえ」
いつもの調子で話しかけると、いつもなら、うるさいぞって顔で睨んでくるのに、その少年はオドオドし始めた。
「な・・・なに・・・何、君?」
返事が来た!
と思った私は、嬉しくなって更に話しかけた。
「何してんの!」
「・・・ほ、本・・読んでる」
「そうなの。なんの本?」
「・・・ラーズロー・ギスダルの本」
「何それ!」
「・・・この人の事。知らないの? 君?」
「知らない。ねえねえ。それよりさ」
「え?」
「なんでここに一人なの」
「・・・え・・・い・・・だ、だって・・・」
挙動不審な少年は、近くの公園の方を見た。
そこには子供たちが、ボール遊びをしていたんだ。
だからこの子もうちと一緒で輪に入れない子なんだと思った。
でも違った。
「どうしたの?」
「ああいう遊びがつまないんだ。誰かが駄目になる遊びさ」
「駄目になる?」
「うん。あれってさ。相手にボールをぶつけてさ、時間内に点数をたくさん稼ぐ遊びでしょ。そうなるとさ。その遊び中で誰かがボコボコになっちゃうじゃん」
「うん、そうだよね。大体誰かが的になってるもんね」
「あれさ。一人一点で当たっちゃったらそれ以降は得点ナシとかになればいいのにさ。それに別に時間制限があるんだったら時間が来たら点数で区切ればいいし、それと相手の全員に先に当てた方が勝ちでもいいじゃん。でもあれは、誰にでも当たったら一点なんだ。それだと、弱い子にいつまでも当て続ければ勝ちになる。そんなのつまんないよ。そして、それよりもね」
この子が急に饒舌になった。
感情が籠ると話すのが上手くなったんだ。
「俺は、その子を軸に戦略を組まないのが嫌いなんだ」
「ん? ど、どういうこと?」
ちょっと意味が分からない。
少年は考えていることが違った。
「遊び自体は、悪くない。でも、その遊びの中で出来る限りのことをしないのが嫌なんだ。強い奴が自分勝手に力を振って、弱い奴をイジメてるだけの遊びはクソつまんねえ。俺だったら、その子を利用して勝たせる戦略を組む。そんで皆で勝つ。一人で勝つなんて、何が楽しいんだ? だったら一対一の遊びを最初からすればいいじゃないか」
うちと考えていることが全然違った。
うちはこの遊び自体がつまらないと思っていたのに、遊び方がつまらないって言ったのが面白かった。
「だから俺はここで一人でいるんだ」
「そうなんだ! じゃあうちも一緒にいる」
「・・・え!? え。ど・・・どおど・・どうして」
うちが隣に座ったら、また挙動不審になった。
「ねえねえねえ・・・」
うちがこの後もいつもの調子で話しかけても、少年は全部に返事を返してくれた。
それが初めての他人との会話だった。
嬉しかった。
とっても嬉しかったんだ。
誰とも会話したことなかったから、こんなに返って来るなんて思わなかった。
それに少年はうるさいって一度も言わなかったんだ。
少しオドオドしているけど、全部に返事を返してくれるんだ。
その後。
少年と初めて会った時の時間帯にいれば、同じ木の下に同じ体勢でいる少年がいた。
いつもそこにいてくれて、うちは嬉しかった。
「ねえねえねえ」
「なに?」
「名前、聞いてなかった」
「ああ。そうだね」
少年と出会って一カ月で思った事だった。
毎日話しかけるのに夢中で、自己紹介をしてなかった。
「俺は、クスネル」
少年はうちに慣れてくれたらしくて、オドオドしなくなった。
スムーズに会話が出来ていた。
「うちは、アイヴァンだよ」
「アイヴァンさんね」
「アイヴァンだよ」
「アイヴァンね」
少年はオウム返しのように返事をくれた。
そしたら、いつも二人きりだけど、この日はもう一人少年がやって来た。
赤い毛が、真っ赤かな男の子だ。
「おい。ク~ちゃん」
「ん? ああ、ゴっちゃんか。どうしたの?」
「最近、屋台に来ないから。どうしたのかなってさ。探し回ったらここにいたのか」
「うん。最近あそこの店主。なんだかちょろまかすのをやめたみたいでさ。たぶん俺があそこにいて嫌になったのかもね。だから、小遣い稼ぎが出来なくなったんだ」
「そうだったんだ。じゃあ、それをさ。俺にも教えてくれよ。そしたら俺も一緒にここにいたのに」
「ごめん。俺、一人で本を読もうと思ったからさ。言うのを忘れてた」
「何の本?」
「ラーズロー・ギスダルの本」
「なにそれ?」
「ゴっちゃん。知らないの?」
「知らね」
「そっか。これね、冒険者になるためには必須の本なんだよ」
「そうなのか」
「うん。入門の本を貸してあげるよ。ほら」
ク~ちゃんはもう一つの本をゴっちゃんに渡した。
そのままゴっちゃんは渡された本を開く。
「やべ」
「ん?」
「眠くなってきた」
「一文字も読んでないじゃん! 開いたばっかだよ」
「文字が見えたら、眠い!」
「やばいよ。それ。何の現象だよ」
「文字が目に入ったら安眠できる現象」
「おいいいいい。それってもう気持ちの問題になってるぞ」
二人は大の仲良しだった。
「ん? そういや。この隣にいる子。誰?」
「アイヴァン」
「アイヴァン・・・ああ、あの子か」
「知ってる子?」
「いや、噂で聞いたことある」
「噂???」
「ク~ちゃん。知らないの? この子、お喋りアイヴァンだよ」
「知らない」
ク~ちゃんは首を横に振った後に、うちの方を見た。
「君、お喋りアイヴァンなの?」
「うん。そう言われて嫌われてる」
「嫌われてる??? 君が?」
「うん。話しかけても誰も返事してくれないんだ」
「そうだったんだ。別に君は普通の子なのにね。ちょっと話題があっちこっちいくくらいが不思議なだけでさ。それとあとは早口だよね。でもそれくらいが変わってる事だよ。その他は別に普通だよ。それしか欠点がないなんて、可愛らしいもんだよ。あ、それじゃあさ。もしかしてだけど、アイヴァンの顔が可愛いから、みんなが嫉妬でもしてたんじゃないの。ああ、やだねえ。人ってさ。妬むよね。俺も盗賊だったって分かった時は、周りの人を羨んだりする時があったけどさ。人には悪意を向けたくないなぁ。嫉妬って出来るだけしたくないねぇ」
ク~ちゃんは、絶対にうちをうるさいとは言わないんだ。
馬鹿にしないんだ。
それにうちを可愛いって言ってくれたんだ。
初めて誰かに言われたから嬉しかった。
これだけはよく覚えている。
「てことで。ゴっちゃん。この子普通だよ。いい子だよ。そんな悪口みたいな言い方良くないよね。お喋りアイヴァンか・・・まあ、的確か・・・そのあだ名さ。お喋りだよアイヴァンくらいにでもなればいいのにね」
「そっか。ク~ちゃんが言うならそうなのか。じゃあ、アイヴァン。俺とも友達な。俺はゴドウィンだ」
「うん。うち、アイヴァン」
「これで友達だな。じゃあ、アイちゃんでいいか」
ゴっちゃんはいきなり距離を詰めてきた。
ク~ちゃんとは違って、人見知りしない子らしい。
「いいよ。じゃあ、ゴっちゃんでしょ」
「ああ、そうだぜ。で、こっちはク~ちゃんな」
「うちも、ク~ちゃんって呼んでも良いの?」
「いいんじゃね!」
とゴっちゃんの方が許可を出した。
「なんで俺よりも先に許可出してんだよ」
「だって、こういうのク~ちゃん苦手だろ。俺が代わりにやってやるよ。ハハハ」
「・・・たしかに、人に馴れ馴れしくするの。苦手だわ・・やっとアイヴァンにも慣れたところだもん。一カ月も一緒だったけどやっとだよ」
「マジかよ。一カ月ってなげえな。俺、アイちゃんと秒で仲良くなったぞ。ハハハ」
仲良くなったって言ってくれた。
それが嬉しかったし。
それに何よりも、アイヴァンに慣れた所って、ク~ちゃんが言ってくれたのも嬉しかった。
「うちら、何して遊ぶの!」
「本読む」
「ク~ちゃんの隣にいる」
「おいゴっちゃん。俺の隣って遊びじゃないじゃん」
「面白いからいいんだよ。見てて飽きないからさ」
自分のやりたいことが決まっている二人だった。
「なんだよそれ」
うちも同じ考えだった。
いつも本を読んでるだけなのに、受け答えとか話すと面白い人なんだよ。
「じゃあ、うちも隣にいるんだ!」
「アイちゃん。君ね。俺の隣にいるのは遊びじゃねえんだって」
「いいのいいの! うちも隣にいるんだぁ」
いつも隣にいたいんだ。
それはゴっちゃんもうちと一緒なはずなんだ。
面白い考えと、変な言い回しの子。
それがうちらが大好きなク~ちゃんなんだ。