第1話 俺たちって解散したはずだよね?
五年前から俺はダメダメのダメだった。
いや、もっと前からダメだったのかもしれない。
とある酒場。
「解散しよう」
俺の一言から始まった解散のやり取り。
皆に与えた衝撃は、それほどでもない。
俺的には、ここから凍りついた飲みの席になるくらいに衝撃的な事になるのかと思ったのだが、俺たちは幼馴染なので、仲が良い特有の雰囲気に包まれることで、冗談だと思われてしまった。
「何言ってんだよ。冗談を言うな。ク~ちゃん」
俺がリーダーだった冒険者パーティー陽気な君たち。
その前衛ゴドウィン・マーカーは、突然の俺の言葉を聞いてもいつもの明るさで反論してきた。
「冗談じゃないんだ。ゴっちゃん。俺は解散するって決めたんだよ」
「ハハハ。ク~ちゃん。さては女にフラれたんだな。いいからいいから、俺がナンパしてやるって。今度、一緒にいってやるよ。そしたら何人かと一緒に夜の街を散歩しよう」
ゴっちゃんは、モンクとしても手が速いが、女に手を出すのも早いことで有名だ。
でもモテるから、ほとんどが成功する。
その成功率が高さが、唯一ゴっちゃんにムカつくポイントである。
「俺が女にモテない事。それは今は関係ないんだ。俺は解散するって決めたんだ」
俺が若干嫉妬のような怒りを向けていると、隣にいたシリカが怒り出した。
ようやく解散することを信じてくれたらしい。
机を叩いて口撃してきた。
「なんでだよ。あたしは納得いかねえ。ふざけんな」
「シリちゃん。俺は解散するって決めたのよ。納得してくれ」
「納得するか。カス! ふざけんなよ。解散したら、お前の怪我だって、治せなくなるじゃないか。そんなのあたしは嫌だ。綺麗に治してあげたいんだ」
シリカ・ヒューズは、ツンツンデレ神官だ。
ツンが一個多いのは、デレるまでに時間が掛かるからだ。
口が悪い彼女。
でもそれはこのパーティーが大好きだからの裏返しである。
ちなみに今のバージョンでもツンである。
デレるとデレデレなので、まだその姿の片鱗もない。
「ん!」
腕組みをしている大男マーカス・キンバリーが一言だけ返事をする。
難しい顔をしたままでいる。
「マー君も嫌か」
俺が聞くと。
「うん!」
また一言だけ返事をして頷いた。
「うちも嫌だ。嫌だ嫌だ。イヤダ! 解散なんてしたくないもん。みんなでずっと一緒がいいもん。今も楽しいだもん。だから解散なんてしないもん」
早口のアイヴァン・ノノルが泣き顔で言った。
「アイちゃん。ごめんよ。俺、決めたんだ」
「うちが決めてないもん。決定は無効です。無効。無効。解散! 反対反対!!」
お喋りな女の子アイヴァンは机に突っ伏して駄々をこね始めた。
おでこはもう机の一部になっている。
「ごめんよ。もう決めたんだ」
「なんで解散するって決めたんだよ」
真面目な顔になったゴっちゃんが聞いてきた。
「それは・・・・言いたくない。でも解散はするんだ。決めてるからさ」
「理由が言えない? そんなん、あたしらが納得するわけないだろ」
シリカが聞いてきた。
「察してくれ。頼む」
「何をだよ。言ってくれなきゃわからないだろ。いくらあたしらが幼馴染でもよ。言わなきゃわからない事がたくさんあるんだぞ。クスにさ。あたしらに対する不満があるんだったら、あたしら直すからさ。言ってくれよ。何が不満なんだよ。すぐに直すよ」
「お前らに不満はないんだ。でも解散するんだ。ごめん」
「不満がないのに、解散するってのか。おかしい話だろ。どこかあるだろ。ほら、直すから。何か言ってくれよ。解散までしなくたっていいじゃないか」
「ごめん」
俺の言い分が無茶苦茶なのは分かっている。
でも解散したいんだ。
「なんだよ。謝んなよ。長い付き合いなのにそんなのってないだろ」
シリカは納得がいかないって、顔をしてから泣きそうになった。
「ん!」
「え?」
「なぜだ・・・おいどんも納得しない」
「マー君。ごめんよ」
「ク~ちゃん。さっきからごめんしか言ってないぞ。理由を頼む」
普段無口なマーカスでさえ話し出す始末だった。
「そうだそうだ。理由を頼むでごわす。うちも聞きたいのでありんす。つうか話してくれめんす。この野郎でげす」
アイちゃんは、色々な口調で話しかけてきた。
「・・・俺がここにいない方がいいんだ。だから解散なんだ」
俺は覚悟を決めても、これだけしか言えなかった。
「「「「なんでだよ」」」」
皆から速攻で返事が返ってくる。
「ごめん」
「だからさっきからごめんしか言ってねえんだよ。いいから理由を言え。理由を。納得したら、あたしらもこれ以上文句は言わないからさ」
シリカは俺を説得するような言い方をした。
「わかった。じゃあ、説明するよ」
俺は、覚悟を決めた。
「お前ら。強すぎなんだよ。本当はもっと強い冒険者と組んだ方がいいんだ」
「「「「は???」」」」
「それに俺がリーダーなんて勿体ない。マジでさ。幼馴染だからって言って、組んだのが間違いだったんだ。俺が弱いのにさ・・・そうだよ。お前らって俺と一緒に、村から出て行ってくれたんだよ。なのに俺だけ弱い。職業は盗賊でしかも盗むくらいしか技がないしさ。クソ使えないんだわ。俺だけ!!!」
同じ村で育った俺たちは、冒険者になるために一緒に旅立った。
俺は元々冒険者になりたかったんだけど、ある時、村に来た冒険者があんまりにもカッコよかったから、皆もなりたいって言ってくれたんだ。
だから、幼い頃に一緒に憧れて、一緒になろうって言い合って、冒険者になれた時は、いつまでも一緒に冒険することが当たり前だと思っていた。
でも、もう無理なんだ。
「俺の目にはさ。お前らの成長具合が見えるよ。長く一緒にいたからかな。この目が深くお前らを判断したらしいんだ」
「なに? 何を言ってんだ?」
シリカが言った。
「なんか知らんけどさ。俺のスキルに。『盗人の身体測定』とかいうのがある」
「なんだそれ。聞いたことねえな」
ゴっちゃんも知らないらしいし、マー君も首を横に振っていた。
「俺も聞いたことが無くてさ。よく分からなくて困っているんだよ。でも、このスキルがあるとさ。まだ歯抜けにはなっているんだけど、人のステータスとかスキルとかが見えたりするのよ」
「それって、チートじゃないの」
アイちゃんの言う通り。
俺もそう思う。
でもこれはだね。
スキル的にはチート級でも、何の役にも立たない屑スキルである。
だって情報だけ知ってもだ。
別に俺が強くなるわけじゃないんだ。
だから、俺が強い冒険者ならチートスキルだと思いますので、宝の持ち腐れまくりのスキルであります。
「わからないよ。俺が強くなるわけじゃないから、チートでも何でもないだろ。その人を丸裸にするだけのスキルでさ。ただお風呂場を覗いているだけの変態なスキルなだけだぜ。ああ、自分で言ってて悲しいわ。俺ってさ。スキルだって盗むしかなくて、弱いからさ。このスキル持っていたって意味がないのよ」
マジで、誰かの服でも透けさせて、相手の裸でも見えるなら有用性抜群だけど、ただただその人の情報が分かるだけで、俺の実力がないから、ほぼ役立たずのスキルなのだ。
しかも俺は盗賊。
何の意味があって盗賊の俺にこのスキルがあるのかが分からない。
だったら、かの有名な勇者とか、賢者とか、そういう凄い人にあればいいのにね。
「それで・・・それがなぜ・・・ク~ちゃんが解散しようとする理由になるのだ。おいどん、納得いかん」
「うん。それでね」
マー君は真剣な顔のままだった。
というか、マー君はいつでも眉間にしわを寄せた顔であった。
「それでこのスキルでお前らを見ると、かなり強い。俺がいなければ、もうBクラスにいってもおかしくない実力者だよ。俺がDクラスだからさ。確実に俺が、足引っ張ってるのさ」
俺たちの冒険者パーティーランクはC。
Cは標準だ。
14の頃から、三年一緒にやってきて、到達ランクがCなのは普通の部類だ。
冒険者のランクってのは、Eから始まってAまでが一般の冒険者であり、誰もが到達できるくらいの階級なんだ。
そこから、S→SS→SSS→EX。
この順番で冒険者パーティーのランクがある。
そして、このメンバーに俺がいなければ、こいつらはもしかしたらだけど、たったの三年でAランクまで届いていたかもしれない。
そこまでの期間でその立ち位置にいけていれば、SS辺りまでいける有能な冒険者集団だと周りからも認められて、大きな都市にでも招待されるような冒険者パーティーにもなれていただろう。
俺の幼馴染たちは、もっと有名な冒険者になれたはずなんだ。
なのに俺がそばにいたから。
こいつらの成長が止まった。
だから、俺が邪魔なんだと思う。
俺がいなければ、こいつらは確実に上にいけるんだ。
「だから解散だ。俺がいなければ、お前らはもっと有名な新進気鋭の冒険者になれたし、本当なら最強クラスにまでなれたと思うからさ。俺がお前らの足を引っ張ったからさ・・・解散。これが俺の償いなんだ。それにさ。俺はお前らにはもっと有名になってもらいたいしな」
「・・・んなもん。どうでもいいだろ。あたしらは、気ままにやるのが一番だろ」
「そうだそうだ。うちも、楽しく冒険者したいもん。ク~ちゃんがリーダーなら楽しいもん」
「うん・・・おいどんも」
「はぁ。何を言ってんだか。お前は俺たちがいつ有名になりたいって思ったんだよ。楽しく冒険しようぜって話じゃなかったのか」
皆は、こう言ってくれたけど、本当は有名になりたいはずだ。
子供の頃に皆で憧れた。
あのカッコイイ冒険者みたいな強い冒険者になろうって、丘の上で誓い合ったんだ。
それを忘れているわけがない。
「いいか。俺はお前らとはここで別れる。パーティー解散だ。そして、強く生きてくれ。有名になって、俺を楽しませてくれよ。草葉の陰から俺は見てる。そんでいつか、お前らの有名になった時の話を聞こう。じゃあな。親友たち」
「おい。待てよ。どこいくんだよ」
俺は席を立って、この場から離れていった。
自分が弱いと告白した恥ずかしさもあって、そそくさとその場を後にした。
それに後ろめたい気持ちもあったんだ。
一緒にやろうって約束をした手前。
俺だけが離脱するなんて、皆に悪い気がする。
でも皆にはもっと凄い奴になって欲しいんだ。
酒場の扉を開けて、町の歩道をしばらく歩くと、後ろから声が聞こえた。
「おい。その話。本当だろうな」
ゴっちゃんの声が聞こえた。俺は振り返らないで、返事をした。
「何の事だ。お前らが強いってことか」
「そうじゃねえ。俺たちがかなり強いって話だ」
「ああ。本当だ。マジで強いぞ。お前らが成長したら、俺なんかじゃ、指一本でも負けちまうわ」
「そうか。わかった」
これで終わりなんだと、俺は思った。
幼い頃からずっと一緒にいたけど、これが最後なんだって思った。
これで二度と会う事はないだろう。
そう思ったのに、この後には続きがあった。
ゴっちゃんの話が続く。
「あとさ。俺たちで有名になればいいんだよな」
「そうだ。頼んだぜ。俺はみんなのカッコいい所が見たい。他の奴らにでも自慢したいわ。俺の親友だぞってさ」
「ク~ちゃん、わかった! ただよ。五年後。お前に会いにいくぞ。いいな」
「「「会いに行くからな!」」」
「ん? どういうことだ??」
俺が気になり、後ろを振り返る。
しかしそこには、誰もいなくなっていた。
「会いに行くってなんだ? いや、俺は有名になってくれれば、別にお前らの情報なんて新聞でもなんでも知る手段があるのに・・・ど、どういうことだろう?」
この時の俺は、あの言葉の真意を理解していなかった。
◇
大都市マールベン。
俺は、人通りの多い大通りの脇で物乞いの格好で座っていた。
あの後、俺はソロ冒険者になって活動した時期もあった。
でも俺一人じゃどうしようもなくて、やっぱりパーティーに入った方が良いと思い。
何度か冒険者パーティーに入ろうかと動いた時期もあった。
でも、自分の事をよく考えてみたんだ。
俺って、あいつら以外とまともな会話をしたことがなかった。
超絶陰キャリーダーだった俺は、ギルドへの報告とか、全部仲間任せだった。
リーダーだった癖に、そう言う事が出来ない。
相当な出来損ないだったんだ。
だから今の俺は、物乞いにまでなり下がっていた。
一人じゃ金が稼げないから、悪事にも手を染める。
そう俺の得意分野を活かす。
俺の目が役に立つのだ。
「あいつがいいな」
大泥棒の身体測定
俺のスキルは大変貌を遂げていた。
俺の見つめた先の人間のステータスが初見でもある程度まで見えるようになったんだ。
これ自慢になるのかはわからないよ。
五年経っても結局俺が強くなるわけじゃないからね。
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ノービス・ダイジャリング
所属盗賊ギルドアーバイン 年齢34歳 職業アサシン 人種―――
所有物 ―――
所持金 30532G
レベル 4
体力 3210
保有量 63
攻撃 333(2883)
防御 232(2444)
速度 334(3334)
器用さ 632(2788)
回避 ―――
知力 ―――
魔力 0(579)
スキル 忍び寄る 追跡 足音 暗殺術
タレント ――――
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パーフェクトとか言う名称がある割には、見えない箇所が必ず出て来るわけだが、かなり有効な目となっている。
こういう中途半端に悪い奴を俺は狙う。
男に気付かれないようにして後をつけて、大きな道を通っている間に俺はスキルを発動させる。
『盗む』
俺の盗むは成功率100%。
狙いを定めて盗めなかったものは未だにない。
今回の狙いは、この男が持つ金だ。
この男が盗賊ギルド所属だから気兼ねなく金を盗める。
盗賊から盗賊する謎のスタイルで生き抜いてきた俺は、こいつから1万Gを盗んだ。
「これでしばらくは暮すか」
アイテムボックスにお金を収納していようとも、俺の盗むは盗めるのだよ。
おじさん。
俺の為にお金をありがとう。
とまあ、俺は、盗賊ギルドの連中を上回る屑スタイルが、板についてしまっていた。
俺は、アイテムボックスに入った金を数えながら、大通りを反対方向に歩く。
「ひでえ生活だな。情けねえ・・・これじゃあ、あいつらに顔向けできねえじゃんか・・・まあ、会う事もないからいいか。つうか、あいつら、全然有名にならんのだけど、どこ行った?」
親友たちのここ五年での活動記録が出て来ない。
ギルドに行って確認したこともあったが、全然報告書などにも彼らの名が無かった。
無名の新人だってクエスト達成報告書とかに名前が載るのに、彼らの名前はこの五年で一回も載った事がなかった。
「まあ、俺には関係ないか」
元いた場所に俺が座る。
物乞いのフリで色々と荷物をばら撒いていた場所を片付けていると。
「あのすみません」
声を掛けられた。
「え?」
目の前の男性は、ぼっさぼさの赤毛の髪が顔を隠して、髭がぼうぼうに生えすぎていて、顔の輪郭を分からなくしていた。
表情も見えない男性が俺の肩を急に掴んだ。
「君、クスネル・シューゲンでいいかな」
「は? なんで俺の名を」
知らない人から名前を言われて、つい返事を返してしまった。
陰キャな俺が素直に人に返事を返したのが珍しい。
「やっぱク~ちゃんだったぜ。ん? 周りに誰もいないってことは、俺が一番乗りだったな」
「はい? あんた、誰だよ・・・って、ク~ちゃんだと!?」
俺をそう呼ぶのは、俺の知る限りで四人だけ。
親友で、幼馴染の四人だけだ。
「よっしゃ。やっと見っけたわ! ク~ちゃん。これからやるぞ」
「な、なにを?」
「あ? お前が言ったんだろ。有名になればいいんだよな。俺たちでさ」
「何言ってんだ。お前らが有名になれって言ったんだよ。俺を除いて」
「そんな事は承諾してねえ。俺たちが有名になればいいんだろ。五人で最強の冒険者パーティーになればいいんだろ。てことは、ク~ちゃん。俺たちが最強になるには、お前がリーダーでないと駄目なんだ!」
「は!? なんでだよ!!」
「そんなのは当たり前の事。俺たちは、お前がいないと駄目なんだ。いいか。俺たちは最強を目指す。いくぞ。まずは皆と合流だ!!」
最強を目指す。
そのために必要な事。
それが、俺がリーダーであることが、最も重要だった事らしい。
この五年が、修行期間として大切であったのだとゴっちゃんが言った。
そして最後に。
「ク~ちゃん。俺たちいくぞ。陽気な我らはもう一度で再出発だ」
こうして、一度解散した俺たちはもう一度集まる事になる。
皆と別れたはずなのに、パーティー間最弱なはずなのに。
冒険者パーティー最強を目指す冒険者たちのリーダーに、俺は再び戻ってしまったのである。
そして、ここからの俺の苦労話を聞いてもらいたいのです。
こいつら、無茶苦茶に強くなっていたんだ。
誰かこの落差を信じてくれ。
こいつらが強いからって、俺も強いわけじゃないんだよぉ。
仲間が強いだけで、リーダーが強いわけじゃないんだよぉ。
それに俺はね。
そんなに人に話しかけられたくない。
俺の普段って、人見知り全開男なんだ!!!
誰か、この立場、変わってくれ~~~。
俺の嘆きは誰の耳にも届かないのであった。