第二十六話②
「私としては、どちらでも構いませんよ? 早く決めてしまって下さい」
そう言って相手は少し俺に顔を近づけながら、唇を艶かしく口で拭う。
完全にコイツは俺がキスを出来ないものだと考えている。その上で俺の反応を楽しんでいるのだ。
もし俺がこのまま、これが出来ずに拒否をした場合、ゲームは終了する。そして俺は相手に邪魔されずに逃げる事が出来る代わりに、何の情報も得られないまま立ち去ることになる。
そうなればここにきたのは無駄足になり、何も出来ずに逃げる俺を見て、彼女は再度腹正しい笑みを浮かべるのだろう。
そんな事、させて溜まるかと怒りが湧き上がる。
俺は俺のプライドを何よりも大事にしてやりたい、こんな中ボスにすら値しない相手に、敗走などもっての外なのだ。
「わかった……では目を閉じてくれ……」
「お断りします。私も初めてですから、目に焼けつきたいのです」
そう言って俺の耳に近づき、吐息を漏らしながら囁くようにこう告げる。
「初めて同士、思い出に残るキスにしましょうね」
情けないことに、脳が煮えくり返りそうになっていた。
囁く声が鼓膜を軽く揺らすのも、吐息が肌に触れるのも、靡いた髪が軽く頬をかすめた事も、そのどれもが俺には刺激が強すぎたのだ。
ヤケになって勢いでやってやるとも考えたが、今は体全体がそれを拒んでしまっている。
俺の体は今後動くことのない石像のように固まってしまい、それでいて無様にも冷や汗を垂れ流していた。
「さてどうしますか? キスが恥ずかしくて降参しちゃいますか?」
楽しそうに揶揄ってくる事に腹を立てても、今の俺は何も言い返すことが出来ない。
諦めて思考を放棄しようとしたその時だった。
「マヤトさん聞こえていますか? 遂に見つけました。パンプキン通りを救い出せる方法を」
パンプキンからそのような通信が突如として入ってきたのだ。
俺は口には出さず、心で声を発しながら詳細をパンプキンに問いかける。
「女王様です。女王様に頼み込めば何とかなるやもしれません」
それを聞いた途端、俺は軽く声を漏らす。
「女王が通りを救う鍵なのか?」
その些細な問いかけに、王国騎士長は少し顔を曇らせた。なるほど、情報に間違いはなさそうだ。
「パンプキン、直ぐそちらにいく。最高の仕事をしてくれた!! という事で王国騎士長、その要求はNOだ! 俺の勝利という事でここを去らせてもらう」
「ちょっと待て! どういう事だ、もう諦めたのか? お前はそれ程までにつまらない男だったとでもいうのか!?」
「そうじゃない。解決策が見つかったと通信が入ったんだ。もう俺が情報を探る理由はなくなった、それだけだ」
王国騎士長は俺を止めようとしたが、それをグッと堪えていた。先程俺がそのように要求したからだが、先にその要求をしていて本当に良かったと思う。先に情報聞き出す事を選んでいれば、俺はアイツと……。
「おい王国騎士長……いや、アース! お前の魔法はあまりに危険だ。いつの日か、その魔法を封じさせてもらうからな。覚悟していろ」
俺はそんな捨て台詞を吐いてその場を後にする。
その際、少しばかり彼女は意味深な笑みを浮かべていた気がするが、悪寒がするので考えることはよしておこうと思う。