第七十二話③
この様な時に、どう言った言葉をかければいいのかわからない。
誰かに対して気なんて使った事がなかった、というよりも気を使う機会が今までなかったのだ。
こう言ったことに関する経験値は、あまりにも低い。
「何で急に黙り込むのよ」
「いや……何というかだな。何て言葉をかけようかと考えていたんだ」
「別に気なんて使わなくていいわよ。貴方がそう言ったことが苦手なのは、何となく知ってるし」
「そうか……。そうだな、俺に慰めてもらおうという方がおかしな話だ。諦めろ」
「だから、最初から期待なんてしてないわよ」
そっぽを向いてしまったアカリを少し見つめ、俺は頭をかきながら、言い淀んでいた言葉を話してみる事にした。
「何というか……元いた世界にお前を必要としていた奴がいるように、こちらの世界にもお前を必要としている人間がいるんだ。だから何だ……元の世界に帰るのは諦めろ」
「とんでもない言い方するわね。こっちの世界に私を必要に思う人がいたとしても、元の世界を蔑ろにする理由にはならないでしょ」
「……その通りだな。お前は間違っていない。だが、取り戻せるかもわからない関係よりも、今ある関係に目を向けるのもまた、間違いではないと思うぞ」
「偉そうなこと言わないでよ……貴方にはわからないでしょ……」
「あぁ、それに関しては申し訳ないと思う」
「ならもういいから黙りなさいよ。……私、今取り乱してるから、また明日話しましょ……」
涙を堪えるアカリには申し訳ないが、俺は話を続ける。
「ただ、申し訳ないといった感情と共に、俺はずっと不快にもなっていたんだぞ」
「不快に? ……意味がわからないわ」
「だろうな。俺がお前をわからないのとはまた違う、お前は俺の感情を見ようとすらしていない」
俺はアカリと目を合わせる為に、アカリの正面まで移動してから話を続ける。
「こちらの世界には俺と言った人物がいる。お前を必要としている人間がな。それなのに何だ「出来る事なら元の世界に帰りたい」俺がいるのにか? 帰れるのなら俺との関係はおさらばか? 「でも帰れないから仕方がなくここにいる」俺との関係はかつての友との代用品か? はたまた妥協してのものなのか?」
「そんなの……違うに決まってるじゃない」
「わかっている。お前はそう言った人間ではない。かつての友の方とは関係も長いのだろう、気を許しあっていたのだろう、転生しても尚続くその気持ちは本物なのだろう。だがな、俺は少しばかり寂しく思うんだ。お前が過去を見つめる度に、お前の視界には俺が入っていない様な気が……」
何だか言葉にするのが恥ずかしくなっていく。
いや、話はじめから今に至るまで、ずっと恥ずかしくはあるのだ。
こんなの、ただの我儘でしかない。俺のエゴなのだ。
突然命を落としたアカリにとって、元の世界の友たちを思うことは当然のことだろうに、俺は何を言っているのか。
……とは言え、これは本心なのだ。
アカリが先程口にした、先日も口にしていた発言。「出来る事なら帰りたい」といった事が、ずっと頭に引っかかっていた。
何も、元の世界に帰りたいと言った発言を否定したい訳ではない。そう思うのは当然なのだ。
だが、それを思うと同時に、俺のことも見てほしいと思ってしまったのだ。




