第一話②
全てを思い出し、ようやく意識もはっきりとしてきたところで、都合よく直ぐ先に光が見え始めた。
あまりのタイミングの良さに疑問を感じつつも、もしかしたらあそこに行けば、この状況を何とか出来るのかもしれないと言った、希望に似た感情が湧き始める。
だが、自らあんなところに行くつもりは起こらない。
光に集まるなんて、街灯に寄ってくる羽虫と同じじゃないか。
そんなよくも分からないプライドからその場でじっとしていると、いよいよ不思議な声まで聞こえ始めた。
「こちらです。こちらです勇者様」
何やら籠った声だが、そのように囁く女性の声が聞こえてきたのだ。
あまりはっきりとは聞こえなかったが、声は透き通るほどに綺麗なもので、相手が何者かもわからないのに、不思議と安心感を得てしまう。
それが故に、どう考えても怪しい。
急に現れた光、そしてそこから聞こえてくる声、不自然なことばかりだ。
光に近づいた途端、何か酷い目に遭ってしまうのではないかと勘繰ってしまう。
けれど俺は、そんな考えとは対照的に光の方へと進んでいた。
これは決して、勇者と呼ばれたのが嬉しかっただとか、もしかしてこの俺が勇者になれるのではないかと言った、そのような考えを持ったわけではない。
ただ何となく、気が向いただけだ。
泳ぐように先へ進んで、ようやく辿り着いた光に、俺は戸惑いながらもゆっくりと触れる。
すると、それに引き込まれるかのように、眩く明るい光に包まれた。
暫くして、辺りが何も見えなくなるほどの光もようやく収まり、やっとの事で目を開こうとするが、未だ先程の光のせいでまともに目を開ける事が出来ず、何度か瞬きを繰り返してからようやく辺りが見えるようになってきた。
「ごめんなさいね。人間にここは、少し眩しすぎるから」
先程と同じ声だが、今度は声が籠っていない。
とてもクリアに聞こえており、先程まで遠く感じていた声が、すぐ側で聞こえる。
ようやく辺りがはっきりと見れるようになった後、ゆっくりと上を見上げると、そこには真っ白な洋服に包まれた美しい女性が、とても朗らかな表情でその場に立っていた。
何故上を見上げたのか、それはとても簡単な事で、彼女はおよそ電柱ほどの高さがあったのだ。
大きな羽を背中から生やしており、美しい容姿に綺麗な声色、人間がイメージ付けたままの天使のような姿をした女性だ。
逆に怪しいと感じてしまう。
「……」
何も喋らずに、ただじっと彼女を見つめる。
先程の落ち着いた口ぶりからして、恐らく何かを知っているであろう彼女に、いくつか質問したいことがあるが、それは一旦控える事にする。
何故なら俺は今、とても警戒しつつも非常に興奮しているからだ。
この展開、もしかしたらもしかするんじゃないか?
そんな疑問が頭の中によぎった瞬間興奮がおさまらなくなり、身震いが止まらなくなってしまう。
正直、相手に対する警戒心も薄まってきている。
「怯えるのも無理はありません。不幸な事に突如亡くなってしまい、このような場所に連れてこられたのです。理解が出来ず、大変恐ろしく感じている筈です」
俺の今の姿を見て、彼女は怯えていると認識したみたいだ。
訂正するのも面倒なので、そう言った程で話を進める。
「ここは、何処……ですか?」
やはりこのような人物に対しては敬語だろうと、今まで殆ど使った事がない敬語を使ってみる。
多少言葉が詰まったが、違和感はそこまでないはずだ。
「ここはあの世とこの世の境界線、地上と天国の狭間になります」
既に確信していた事だが、自分が死んだ事に少しばかり驚きを見せる。
「どうして俺はこんなところに?」
即座に感じた疑問を解決すべく問いかける。
「実は、貴方にお願いしたい事があり、この場にお呼びしたのです」
この言葉で俺は、今後の会話で何を伝えられるかが明確にわかってしまい、柄にもなくガッツポーズを浮かべた。
「貴方には異世界に転生してもらい、憎き魔王を討伐して欲しいのです」
俺は空いていたもう片方の腕を上げて、再びガッツポーズを見せた。
その後、詳しい説明を彼女はしてくれたが、正直あまり覚えていない。
それに詳しいところまで聞く必要は、はっきりと断言出来るほどに存在しない。
何故なら、何度も前世でこの話題は復習済だからだ。
「以上のことから、貴方には異世界に渡ってもらい、世界を救っていただきたいのです」
相手の話も終わったところで、俺は1番大切な質問を相手に投げかける。
「……これはつまり、所謂『異世界転生』って事でいいんだよな?」
「と言いますと…下界の書物で流行っていたジャンルのことですか?」
「その通りだ。その流行っていたジャンル、一部では嫌われ始めており、今では流行りは廃れてきてしまっている、そんなジャンルだ」
「それは…あまり良い言い方ではありませんね。マヤト様はそのジャンルがお嫌いなのですか?」
相手の発言に笑って見せたあと、俺は生き生きと答える。
「まさか、大好きだ」
先程の発言の通り、最近は『異世界転生』と呼ばれるものは、廃れてきているのかもしれない。
だがそれでも、俺はこのジャンルをこの世で最も愛しているのだ。
俺の発言に安心したのか、相手は薄らと笑みを浮かべた後、再び口を開いた。
「ではマヤト様。もう一度お伝えします。異世界へと渡り魔王を討伐し、世界を救ってはいただけませんか?」
俺は決まっていた返事を口にする。
そして俺は、憧れの異世界へ転生したのだ。




