第六十四話③
「上に上がるよ、気をつけてね♡」
甘ったるい声色の上に、語尾にハートマークがついている話し方、まるでオタク向けアニメのヒロインのような声が板付近で聞こえてくる。
機械音ではなく、その場から話しかけられていると思える程透き通った声だが、その声を発したであろう人物は見当たらない。
恐らく、録音に近い何かなのだろう。
ガクンと、大きく板が揺れる。
今さっき、「上に上がる」と言っていたな……。
「ちょっと待て、嘘だろ!?」
その板は途端に上へと上がっていき、俺は必死にそれにしがみついた。
上にのぼる風圧で、髪と衣服が物凄い速度で靡いている。
天井にぶつかるほどのスピードだった為、俺は途中から頭を守るようにおさえた。
するとものの数秒で、板はピタリと止まる。
辿り着いた場所は時計塔の天井付近で、背伸びをすれば頭をぶつけてしまいそうになる程の距離だ。
目の前にいかにも足場だと思えるスペースがあり、戸惑いながらもひとまず、その場に乗り移る。
それと同時に、再び板は下へと物凄い速度で戻っていった。
一応下を覗けばアカリ達が見えるが、その大きさはとても小さく見えて、声が聞こえないどころか、何をしているのかすらわからない。
足場の先には扉のようなものがあり、俺はそこへと進むことにした。
一歩踏み外せば落ちてしまう場所に、止まる理由はないからな。
扉を開こうとドアノブを回すが、扉を引いても開く気配がない。
ならば押してみようと、力強く押してみるが僅かに動くだけで開く事はない。
よくドアノブを見てみると、そこには鍵穴がある事に気がついた。
どうりで開かないわけだと納得した上で、どうするのかを考える。
「御者が持っていた鍵で、開ける事は出来ないだろうか……」
「試してもらったら?」
「ん!?」
独り言に返事が返ってきたので、慌てて後ろを振り返ると、その場にはアカリと御者の姿があった。
「……お前達も来たのか」
「登っていくのを見て、エレベーターに近い何かだって気がついたからね。……ただ、少し早すぎるわ」
「本当に……本当にその通りです」
御者はあのようなものが苦手らしく、胸に手を当てて息を切らしていた。
「……そんな状態で悪いが、鍵を貸してくれないか? 使えるかわからないが、試してみたい」
「分かりました……でしたらどうぞ」
そう言って鍵を手渡してきた。先程は自ら進んで開けてくれたが、今はそう言った余裕がないみたいだ。
「じゃあ早速試して見ましょう」
「あー……これで開いてくれたら助かるのだがな」
「開かなかったらどうするの? 壊すの?」
「……そうはしたくない。だから頼む、開いてくれ」
そのように願いながら、俺は鍵を鍵穴に突き刺した。




