第五話②
「おー…浮いたわね。直ぐに沈んだら面白かったのに」
「何も面白くないだろ」
俺たちは出発の前に、イカダがしっかりと浮くのかどうかのテストをしていた。
結果としては大成功だ。沈む様子なんて1つも見せず、立派に浮かんでいる。
「それで、早速出発するの?」
「そのつもりだが……町でやり残した事はないか?この町には当分戻らない。向こうの島に着いたら、次は他の町を目指すからな」
「私は何もやり残した事なんてないわよ。寧ろあるとしたら貴方でしょ?散々な目にあったみたいだけど、思い出深い町何じゃないの?」
「いや……俺も思い出があるわけではないな。パーティを抜けて婚約を破棄されて、辿り着いたのがこの町だった。それだけだ」
俺がこの町に着く以前から、どうやら噂は既に広がっていたらしく、誰も俺の相手などしようとはしてくれなかった。
何か問いかけても無視をされ、何もしていないのに石を投げられを繰り返された。
その度に何倍もの仕返しをしていた為、直ぐにそれらをするものはいなくなったが、余計に悪い噂が広がってしまい、俺が町を歩くだけで、皆は嫌な顔をするようなった。
ただ、町外れにある木材屋や、漁師の方などは、俺の事を知らなかったらしく優しく接してくれた。
きっと、他の人たちも元はいい人たちなのだろう。
だがそんな事、知ったことではない。
元はいい人だとして、悪い噂が蔓延していたとして、噂だけで人を判断するような奴、俺は嫌いだ。
この町に未練など何もない。
考えるだけでも腹が立ってきた。
「未練どころか、この町に思い入れも何もないな。早速出発するぞ」
「そうなの?…ならいいわ。それじゃあ早速出ましょうか。あぁ勿論、貴方から乗ってちょうだいね。沈んだりしたら嫌だから」
俺はムキになりながら沈むはずがないだろと、勢いよく乗って見せた。
やはり沈む様子なんて見せず、イカダは安定している。
それを確認してからアカリはゆっくりとイカダに乗って、陸に繋いでいた紐をとった。
そして俺はそのままイカダを漕ぎ始めて、島へ向けて出発した。
徐々に町が離れていくのをじっと眺める。
そんな事をしていたせいか、ここで1つだけ思い出が残っている事を思い出した。
それはこの世界に来て、最も重要な事になる気さえする、大きな出来事だ。
「先程話した通り、あの町に未練はないし、碌な思いでもない。来るんじゃなかったとさえ、最初は思っていた」
「それは仕方ないんじゃない?散々な扱いをされたみたいだしね」
「あぁ、その通りだ…だがな、1つだけあったんだ。良いと思える思い出が」
それは何なのかと問いかけるアカリに、俺は恥ずかしさを感じる事なく、思ったままを伝えた。
「お前と出会えた」
「恥ずかしい事言うわね。どうしたの急に?」
痛々しい奴を見る目でアカリは見てくるが、俺はそのまま会話を続けた。
「いや、これは重要な事だ。この世界で過ごしていく上でな。きっとこれから時間が経つにつれて、あの町に寄って良かったと、お前に出会えていなかったと思うとゾッとすると、そんな風に思えるようになる筈だ」
「まだ私たちに、そこまで深い絆は芽生えていないでしょ?どうしてそこまで、はっきりと断言できるのよ?」
「だって考えてもみろ?今の俺たちの状況は、いわば物語の主人公とヒロインが出会ったかのような状況なんだ。考え方によっては、運命の相手に出会ったと言っても良い」
「ふーん……まぁ何だかわからないけど、幸せそうだしいいんじゃない?」
「ドライな反応だな。だが今はそれで良い。近い将来、俺と出会えて良かったと、嫌でも思えさせるようにしてやるからな」
「はいはい、わかったわよ。それよりもしっかり沈まないように漕いでよね。濡れるのはごめんよ」
「こう言った会話は嫌いなのか?やけに冷たい気がするが…」
「なんか…恥ずかしいのよ」
そんな会話をしながら先へと進んでいく。
既に出発地点からはかなり離れているが、それと同時に目的地は直ぐそばまで近づいている。
目視でもわかっていた事だが、やはりかなり近い距離にあるみたいだ。
「そろそろ到着しそうね。眠くなる事への対策はしてあるの?」
「今からするところだ。少し妙な感覚になるかもしれないが、あくまで自分を保護する為の魔法だからな。我慢しろよ」
そう言って俺は状態異常耐性の魔法を、自分とアカリに付与し始めた。