第四話④
更衣室からは布が擦れる音が聞こえてきており、中で着替えているのがわかる。
思っていたよりも長いこと着替えに時間をとっており、この間に俺はあらゆるイジリの言葉を生み出していた。
さっき散々と言われたお詫びとして、俺も奴に言ってやるんだと意気込んでいると、勢いよくカーテンが開いて、中から新たな服を纏ったアカリが姿を現した。
先程来ていた派手な衣装とは違い、落ち着きのある白いレースのついた衣装、昭和のアイドルが来ているような、清楚な印象を持たせるそれを見て、俺は真っ先にある感想が思い浮かんだ。
似合っていない。
アカリの態度というかキャラクターというか、何ともイメージとは合っておらず、かと言ってギャップを感じてよく見えるわけでもなく、ただ似合っていない。
「どう?なんかいいなさいよ?」
「ん?……あーそうだな」
散々思いついていたイジリの言葉は、本来アカリがある程度似合った服を着ていながらも、それを似合っていないと言ってイジる為に用意した言葉だ。
事実をただ口にするというのはイジリというか、本当の悪口のような言葉になる気がして、口にするのに少しばかり抵抗を感じてしまう。
だが賢い俺は、瞬時に新しい言葉を思いついて、早速その言葉をアカリに伝える事にした。
「……何?似合ってないって言いたいわけ?だったらもういいわよ、着替えてくるから」
「いや!……とても似合っているぞ…ほんと、俺が今まで見てきた中でも、一番にな」
俺は馬鹿にするような顔を浮かべながらそう口にする。
似合っている衣装には似合っていないとイジリを放つのなら、似合っていない衣装には似合っているとイジればいいと判断したのだ。
するとアカリは俺が馬鹿にしている事に気がついたのか、腹を立てた素振りを見せ始める。
「へー……そんなに似合ってるかしら」
「あー似合ってるとも、女神ですら構わないレベルじゃなか?」
「ふーん、ならこれ買ってみようかしら…」
ムキになったのか、アカリはそんな事を言い始めた。
俺はそれに便乗するようにして、言葉を続ける。
「いいと思うぞ?何なら俺が買ってやってもいいくらいだ」
すると彼女はうっすらと笑みを浮かべ始める。
この瞬間に笑う理由なんてあるのだろうか。
もしかして何か企んでいるのか?
そんな事を考えたのも束の間、アカリは俺にその服をグッとこちらに近づけてきたのだ。
「じゃあせっかくだし買ってもらおうかしら、私他に欲しい服もあるし、これまで買っちゃったらお金がなくなっちゃうからね」
「そうか……ならわかった。一度吐いた言葉を飲み込むつもりはないからな…購入しよう」
俺はその服を預かって、彼女は再び色んな服を試着し始めた。
全て合わせて10着は試着ていたかもしれない。
しかも予想外な事に、その全てを購入すると言い出したのだ。
確かに似合っていたのもあったが、全部買ってしまうとは随分な豪遊っぷりだ。
他にも買いたい服があるからこれは俺に購入させると言った言葉の意味が、ようやくわかった気がした。
これ程の数を購入するのなら、一着だけでも俺に購入させた方がいいのだろう。
じゃないと残りの金が、あまりに少なくなってしまうからな。
俺たちは定員さんに服を渡して、早速会計をしにレジへと向かう。
「ではまずこの10点で、40万ゴールドになります」
40万ゴールド!?俺は声に出さないまでも、この金額を聞いて心臓がキャット縮まるほどに驚いた。
1着約4万ゴールドという事になるが、この世界での衣服の相場など1着1万にも満たないはずだ。
それの約4倍近くとなると、ここは随分といい店だったらしい。
「おいお前……大丈夫なのか?殆どの金を使うことになるぞ?」
「いいのよ別に」
別にいいなどと言っているが、こいつの手持ちの半分以上がこれで無くなる事になる。
それによく考えてみれば、俺も1着購入することになってしまっている。それを考えると頭が痛い。
まさかここまでの値段がするとは思ってもみなかった。
これからは少し節約しなくてはならない。
「こんなにも使って…金を貸してやるつもりはないからな」
「いいわよそんなの、貴方に借りれるだなんて思ってないし」
「…何を言ってるんだ?」
俺は確かに慈悲深い人間ではないが、金を借りる事が出来ないと、はっきり言われるような事はしていない。
そんな事を考えていたわけだが、その後すぐに彼女の発言の意味が、定員さんの言葉で理解する事になった。
「続いてそちらのお客様、1点で48万ゴールドになります」
「は?」
それを聞いた瞬間、ドッとアカリは笑い始める。
完全にはめられた。
俺が馬鹿にしていたつもりだったが、どうやらしてやられてしまったらしい。
「…すみません。この商品、やっぱりキャンセル…」
「え?貴方、一度吐いた言葉は飲み込まないんじゃないの?言った事、直ぐに曲げちゃうのね。情けな〜い」
結局俺はムキになってこの商品を購入した。
手持ちの金の9割以上を失いながらも、ショックというよりも虚無感に襲われていた。
「ほら丁重に扱いなさいよー。何せそれは、48万ゴールドもするんだからね」
アカリの俺を馬鹿にするような発言にも、腹を立てる余裕はなかった。
それよりもだ。
俺はアカリの頭のキレ具合が異常である事に、驚きを隠さないでいた。
「おいお前…何処から俺をはめていたんだ?あの時、たまたま1着目に来た服だけが、高かった理由がわからない」
俺は思った事をそのまま口にして問いかけた。
するとアカリは、俺の方へ体を向けて衝撃的な事を口にし始めたのだ。
「店に入る前からよ。まぁ私の、悪役令嬢として生まれ変わった際に得た力の紹介をしようと思っての行動よ。許しなさい」
「…どういうことだ?」
彼女言っていることが理解できずに、俺は再び問いかける。
「悪役令嬢になってから、妙に悪知恵が働くようになったのよ。今日は自分の力を披露する日でしょ?だからこうして、私の悪知恵の良さを見せつけてあげようと思ったの」
俺は大きなため息を吐きながら返事をする。
「他にも方法はあっただろ…そんな理由の為に俺はあんなものを買わされたのか…」
「でも私の力を知れたんだからいいじゃない。この事を知たってるのは貴方だけよ」
「俺だけか…まぁそうだろうな。こんな馬鹿みたいな力、他の人に話せるはずがない。きっとお前にぴったりの力だと、馬鹿にされるのがオチだ」
「そうやってこの力を馬鹿にされることを予想はついていたから、こうしてこの服を買ってもらったのよ」
そう言ってアカリは意地悪な笑みを浮かべる。
ただ頭がいいというわけではなく、悪知恵が働くと言ったところが中々に面白く、何よりも厄介だ。
こいつの前ではあまり、悪い事は出来ないかもしれない。