第四十一話③
「よいしょ」
「……よいしょじゃないぞ、今直ぐに退け」
あろう事か、アカリは俺の膝を枕にするようにして寝始めたのだ。
これは所謂膝枕というやつなのだろうが、俺はされる事に憧れを抱くことはあっても、する側を憧れたことは一度もない。
邪魔に思いグッと頭を押すが、アカリはその場を頑なに退こうとはしない。
「だから言ったでしょ、私は落ちるのが怖いんじゃなくて、屋根が硬いから眠れないの」
「これでは俺が眠れなくなるだろ。それに、硬いから眠れないのは嘘であることはわかっているんだ。怖いのを隠したいのはわかったから、ここを離れろ」
「違うって言ってるでしょ。納得するまではこうしておくから」
「わかった。ならばそういうことにしてやるからここを退け、案外頭というものは重いんだ」
そう言ってようやく退く素振りを見せたが、再び膝へと戻ってくる。
「何なんだ……。物語の本質から逸れるような行動ばかりするな。今は俺たちを脅かす犯人は誰かと言った、シリアスパートの筈だろう」
「物語にはこう言ったオフタイムも必要な筈よ。じゃないと行き詰まっちゃうでしょ?」
「それはそうだな。わかったから退いてくれ」
「……何だかね。あんたの膝の上なんて乗るもんじゃないとも思ってたけど、乗ってみると不思議と安心してしまったの。今日一日は借りておくことにするわ」
「そんな事をすれば、俺の膝の感覚が無くなってしまうかも知れないんだぞ」
「私の安心の為の犠牲にしては、安いものね」
「……もうわかった。ならばせめて、お前が眠るまでだ。お前が寝た後直ぐに退かすからな」
アカリは不満そうにしながらも了承するかのように頷いた。
頭の重みが膝に乗り続けて、じわじわと痛みを感じ始める。
アニメのヒロインなどは、短時間だから主人公を膝に乗せることができていたのだなと理解した。
これは、1時間や2時間し続けるものではないな。
そんな事を考えながら、空を見つめる。
異世界に来る前までは、誰かとこんなくだらないやり取りをするだなんて考えもしなかっただろう。
元は友達どころか知人と呼べる人間すらいなかったのだ。
子供を助ける選択をしなければ、今も尚元の世界で、社会や世間に愚痴を溢しながら生きていっていたのだろう。
俺はこの世界できてよかったと心の底はそう思っている。
だが俺のような人間は少数派なのだろうか。
アカリはできる事なら元の世界へ帰りたいと言っていた。
アニメや俺のよく読んでいたラノベの主人公も、異世界やゲームの世界に飛ばされた後は、元の世界への帰還を目的として行動していた。
だが、俺にその意思は少しも存在しない。
こう考えると、元の世界の事を何とも思えない俺は、元の世界になど帰りたくはないと考える俺は、もしかしたら不幸だったのだろうか。
今が幸せなのだから、どうだっていい事なのだから、ふとそんな事を考えしまったのだ。




