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第一話 ①

「何故こうなった!!俺はただ、世界の為に頑張ってきただけだというのに!!」


 自分を正当化しようと、そんな戯言を安い酒場の片隅で高らかに叫んだ。

 冒険者や受付係が、俺を冷たい視線で見つめてくる。

「見せ物じゃねぇぞ」と叫んでやりたい気持ちもあるが、それは自分のキャラに合っていない。

 

「私だってそうよ!!真面目に生きてきたっていうのに、どうして……悪役令嬢なんかに!!」


 そしてもう1人、人目を気にせず叫ぶ馬鹿が俺の目の前にいた。


 彼女は少し酔っているのか、頬を朱色に染めながら悔しそうに酒瓶を握りしめている。

 

 見たところ彼女は俺とは違って、本当に今まで真面目にやってきたのだろう。

 

 その結果がこの姿とは、本当にこの世界というものは理不尽なものだなと痛感する。


 俺は鬱憤を晴らす為、酒を飲んで忘れようとジョッキを握りしめる。


 この瞬間、酒に反射した自分の姿を見て、俺は一体何をしているのかと乾いた笑いを溢した。


 せっかく異世界転生されたというのに、パーティからは追放され、それにより信用を失い、王女様との婚約も破棄になったんだ。


 全く、笑える話だ。

 富、名声、力の中で、力のみを残した孤独な俺は、ただ哀れにこうして、同じ処遇の者とやけ酒を決め込んでいる。


 だがこれは絶望しているからでは決してない。

 俺は今、腹を立ているのだ。


「ねぇ、酔って忘れちゃったから、もう一度貴方に何があったのか話しなさいよ」


 突然相手はそんな事を言い始めた。

 流石悪役令嬢、傲慢だな。


「聞いていて楽しい話でもないだろ」

「いいから、貴方の味方になってあげるためにも重要な事なの」


 既に呂律も回らないほど酔っている状況で、俺の話など本当に聞くつもりがあるのかと疑いの目を向ける。


 …仕方ない。

 俺も今珍しく、愚痴を話したい気分なので改めて何があったのかを話し始める事にした。


「次は忘れないよう、よく聞いてくれ」


 ――


「……何があった?」


 ふと意識を取り戻した中で、俺はそんな事を口にした。


 飛んでいるような浮いているような、そんな浮遊感のみを感じるだけで、その他のことは何1つとしてわからない。


 ここは何処なのか、何故視界には何も映らないのか、何故感覚までもが薄まっているのか。

 

 その全てが疑問に思えたが、何よりも恐怖したのは、俺の中に存在した筈の記憶、その全てが曖昧になっていたことだ。

 

 何も思い出せないわけではないが、思い出そうとしない限り、自分の性別すらもわからないままだ。


「名前は……確か、『マヤト』高校2年生で……それから」


 俺は自分の過去を手探りで辿りながら、自分が何者なのかを思い出そうとする。


 小学生時代、中学生時代、そして高校生時代。

 思い返せば思い返すほど、自分とは中々な性格をしていた見たいで、記憶を取り戻す度に笑ってしまいそうになる。

 

 どうやら俺は今まで生きてきた中で、ずっと周りの奴ら見下して生きてきたみたいだ。

 

 こいつらは、俺ほどの才能があるのか?

 こいつらは、俺ほどの力を持っているのか?

 こいつらは、俺に勝てると思っているのか?


 根拠なき自信を感じる事が得意な俺は、ずっとそのような考えで生きてきた。

 そのような考えは今の俺も変わらないし、変えるつもりもない。

 こんな絶対的自信を持っている自分のことが、何よりも大好きだからだ。


 そんな自分本意の俺だったが、中学時代のある日、とある変化が起きた事を思い出す。

 それを思い出しただけでも、安心感のような、何か大事なものを取り戻した気分になれた。

 

 それは、ライトノベルと呼ばれる文庫本、文字と絵による小説作品に、俺は取り憑かれるかのように魅入られたのだ。


 その中でも深く愛したものは、『異世界転生』と呼ばれるジャンルで、あれは正しく俺の望む未来、そして夢だと思えるものなのだ。


 勇者となり、可愛い女の子と達と冒険に出て、魔王を撃ち倒して皆に認められる英雄となる。

 これ程までに憧れを感じたものは初めてだと、心が躍った。

 それからの俺の毎日は、ラノベと共にあったと言っても過言ではない。


 学校や家でもなく、俺はフィクションである異世界に浸っていたのだ。


 だが、そんな平凡な日常が続くと思っていたある日、それが起きた事を思い出してしまう。


「そうか……だから俺は……」


 どうして今俺がこんな事になっているのか、粗方察しはついたが、思い出してきた。

 より明確に何が起きたのかを思い出すためにも、引き続き記憶を辿り続ける。


 あの日はいつも通り片手に本を持ち、それを読みながら下校していた時のことだ。


 帰ったら次は何を読もうか、勉強なんてものは2の次で、そんな事を考えながら渡った横断歩道、突如として視界に2つのものが同時に映った。


 1つは赤信号にも関わらず、一直線に進んで来る1台の大型トラック、そしてもう1つは目の前でゆっくりと下を向きながら歩く、赤いランドセルを背負った女の子だ。


 このまま放置していれば何が起こるのかは、馬鹿でもわかる。

 あの子はきっと、轢かれてしまうのだろう。


 いつもの俺ならば、いや、今までの俺ならば、こんなものは見なかった事にしていた。

 自分は助けようと思ったが、間に合わなかったんだと、綺麗で攻めようがない言葉を吐いて、これからの日常も何の気なく過ごしてく。


 だが、どうやら今の俺はそのような事が出来なくなってしまっているみたいで、気がつけば手に持っていた本を投げ捨てて、女の子の元へと走っていた。


 これは決して善意ではない。

 憧れを持ってしまったが故の性、呪いのようなものだ。


 俺はこの瞬間、主人公ならばこうするだろうといった行動を実行しているに過ぎない。

 だからこうして、女の子を歩道側へ突き飛ばし、俺が轢かれる事になったとしても、それは決して褒められるべき行動ではないのだ。


 痛みよりも先に大きな音が聞こえたのを覚えている。

 破裂音のような、スピーカーの中に閉じ込められたかのような、密閉された爆音が体全身に響き渡ったのだ。


 気がついた頃には道路に横たわっており、これが自分の最後なのだと悟った。

 視界はボヤけて周りがあまりよく見えないが、複数の人に囲まれているのはわかる。


 皆口々に心配の声をかけながら、「彼がこの子を救ったんだ」と、まるで英雄のように褒め称えている。

 野次馬のように、助ける気もないくせに近づいてくる奴らに嫌悪の目を向けつつ、優越感に浸った。


 (まるで、物語の主人公のような最後だ)


 そんな満たされた気分になったのを、今でもはっきりと覚えている。


 こんな素晴らしい結末であっていいのだろうか。

 欲を言えば本物の勇者となり、もっと多くの人を救い、もっと多くの人に讃えられる。

 そんな主人公のような存在になりたかったのだが、それはこの世界ではきっと叶わないことだろう。

 

 俺はこの世界で出来る、最も主人公らしい行動をとって終わりを迎えるんだ。

 

 何て素晴らしいんだ。


 そんな死に対する恐怖を感じぬまま、俺は自惚れながら息を引き取ったんだ。

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