第95話 交渉は難航中
「それって……」
どういう意味? って聞こうとしたら、蒼ちゃんがすっとボクの前に出る。
「ちょっと待ってください。つくも君と話をする前に私、貴女に聞きたいことがあるんです。話してもいいですか?」
オリエさんは、横から割り込んできた蒼ちゃんを面白そうに見つめてから頷いた。
「もちろん、かまわないよ。紺瑠璃 蒼さん」
やはり、奇跡の欠片の素性はすでに把握済みらしい。
「ありがとうございます」
蒼ちゃんは返答とは裏腹にオリエさんに鋭い視線を向けながら話を続けた。
「オリエさん、貴女は少し前につくも君を騙して誘き出した挙句、暴漢に襲わせましたよね」
そうそう、蒼ちゃんはあの事件に、このお婆さん(今は中学生ぐらいに見えるけど)……オリエさんもグルだったと主張していたっけ。
「いったいどういうつもりで、あんな酷いことしたんですか?」
「どういうつもりって……ただ単に、つくも君が魔王かどうか確認したかっただけなんじゃが……」
あっさりと関与を認めるオリエさんに蒼ちゃんは眉根をしかめる。
「もし、つくも君が魔王でなかったとしたら大怪我じゃ済まなかったんじゃないですか?」
「でも大丈夫であったであろう? わしの見立てでは、つくも君は明らかにただ者とは思えんかったからの。しかし、さすがは魔王じゃ。タイトルも狙えたプロボクサーが全く相手にもならんとはのぉ」
どこ吹く風の相手に蒼ちゃんは怒りを滲ませながら冷静に話を続ける。
「……それにあの『ぬいぐるみ』。あれは、いったい何なんですか?」
ぬいぐるみ? ああ、そう言えばオリエさんから道案内のお礼として『獏のぬいぐるみ』をもらったっけ。どうしても蒼ちゃんが欲しいって言うからあげたんだけど、それがどうかしたのだろうか?
「てっきり盗聴器でも仕込まれていると思って中身を確認したら、よくわからない石が一つ入ってるだけだなんて……」
「石?」
ボクが首を傾げると、蒼ちゃんは親指と人差し指で小さく丸い輪を作る。
「このぐらいの大きさで、乳白色のほぼ球体な感じの石が入っていたの」
なんだろう、その石。何か特別な意味があるのかな。
そう思っているとオリエさんが納得したように声を上げた。
「なるほど、『行方石』は蒼君が持っていたのか。道理で反応しない訳じゃ」
「反応? ボクが持っていると何か反応するんですか?」
オリエさんの台詞が気になって問いかける。
「ああ、あれはあんなんでもマジックアイテムなんじゃよ。現実世界ではガラクタに過ぎない代物ではあるがの。けれど……」
「けれど?」
「現実世界に魔王が存在するなら、あれはマジックアイテムとして機能するのじゃよ。君の魔力でね……」
なるほど、本当に魔王なのか確認するためのトラップだったのか。
「なのに、いつまでたっても反応が出ないもんだから、つくも君が真の魔王かどうかずっとわからずじまいだったんよ。で、あの検証動画が出回って、確信できたんで、こうして会いに来たって訳さね」
「じゃあ、言ってみれば、あおいちゃんのおかげで今まで事なきを得ていたんですね」
「まあ、そういうことになるかの」
そうか……あの後オリエさんが接触してこなかったのは、偏に蒼ちゃんが機転を利かせてくれたおかげだったんだ。
「ありがとね、蒼ちゃん。おかげで助か……え?」
お礼を言おうとしたら、何故だかぎゅっと抱きしめられる。
そして、蒼ちゃんは外敵から身を守るようにボクを抱き寄せたまま、オリエさんをキッと睨みつけた。
「あんな真似しておいて管理下に入れだなんて、よく言えたものですね。私、貴女のこと全く信用できません」
「いやはや、ずいぶんと嫌われてしまったの」
「どこに友好的になれる要素がありました?」
取り付く島もない蒼ちゃんにオリエさんがすぐに降参する。
「う~む、参った。これでは全く話が進まぬな。蒼君、わしが悪かった。つくも君を欺いて危険な目に遭わせたことは謝る。すまんかった……だから、せめて話だけでも聞いてはくれんか?」
オリエさんは深々と頭を下げて謝罪する。
「今さら謝られても……」
憮然とした表情の蒼ちゃんに朱音さんが、見かねて間に割って入る。
「まあまあ、蒼。気持ちはわかるが、相手も頭を下げているんだ。話しぐらいは聞いてやったらどうだ」
「朱音さん……」
「もちろん、あたしも蒼の意見に同意だが、オリエさんもわざわざ異界迷宮まで会いに来てくれたんだ。少しぐらい話を聞いてあげてもいいんじゃないか」
「……朱音さんがそう言うなら」
渋々ながらも相手の話を聞く気になったようだ。
「助かったよ、朱音君。身から出た錆とは言え、進退窮まるところじゃった」
「誤解しないで欲しい。あたしは親父の顔を立てただけで、蒼同様あんたを信用したわけじゃない」
「む……了解した。身に染みて理解したんで、そろそろ許しておくれ……全く年寄りにはもう少し優しくしてくれてもいいじゃろうに」
「その顔で言われてもね」
確かにその容姿で年寄りとは、さすがに言えないだろう。
「まあ、とにかく。話は聞いてもらえるかの、つくも君」
「ええ、もちろん。ただ、そちらの意に沿えるかは別ですけど」
ボクは蒼ちゃんに抱きすくめられたまま、オリエさんに頷いて見せた。
第95話をお読みいただきありがとうございました。
短めですみません。
少しばかり調子が下向きで……⤵
無理せず頑張ります(>_<)




