第90話 お約束の未来
「あ~やっぱり、こうなったか……」
朝食を終えて『魔王の憩所』に来てみると、案の定みんなが集まっていた。
と言うより、昨晩ボクが帰ったあとも居続けていた公算が高い。散乱したお菓子や飲み物の惨状がそれを物語っている。
「家出してきている翠ちゃんは仕方ないけど、朱音さんとあおいちゃんは帰ったんじゃないの?」
みんなの要望で出入口を各人の部屋のクローゼットなり押入れに設定して直に帰られるようにしたので、一足先に帰ったボクはみんなも帰ったものとばかり思い込んでいたのだ。
「ち、違うよ。私も今、来たところだから」
慌てて蒼ちゃんが否定する。
まあ、ボクより早く来ているということは『魔王の憩所』に来たくて仕方なかったのは確実だとは思うけどね。
「何を言ってるんだ、つくも。翠を一人きりにしたら、かわいそうだろ」
「わたくしは勉強してるので大丈夫と言ったんですけれど……」
「朱音さんは、ただ家に帰りたくなかっただけでしょ。気持ちはわかるけどさ」
かく言うボクも昨晩、後ろ髪を引かれる想いを振り切って帰宅したから、朱音さんの気持ちはよくわかる。
それほどまでに、この場の雰囲気が心地よかったのだ。なんて表現すればいいのかわからないけど、強いて言えば毎日が『修学旅行?』みたいな感じだろうか。同じ年齢の仲の良い友達たちと寝起きを共にする……その一瞬一瞬が宝石のような時間に感じられた。
ちなみに残念ながら玄さんはまだ、この場にいない。なんでも海外にいる祖父さんが急に亡くなったとかで国内にいないのだそうだ。なので、ボクの秘密の件は帰国してから直接話すことに決めている。
ただ、一つ問題となったのは斥候役である玄さんがいないことで探宮に多大な支障をきたすことだ。彼女がいないと罠や隠し扉の発見が難しくなるし、戦力的にも大きなダウンとなってしまう。そのため、しばらくの間は探宮活動を延期することにことになった。
えっ、魔王スキルの魔王の天稟があれば肩代わり出来るんじゃないかって?
ごめんだけど、ボクはパーティーメンバーのスキルを模倣しないように決めてるんだ。なので、玄さんの代わりはいない。
そして、探宮延期を決めた理由がもう一つある。どうやら、翠さんのお父さんが迷宮協会に手を回したようで、探宮治安班が異界迷宮内にいる翠ちゃんの捜索を行っているらしい。
探宮の様子はオルクス(ヴォイヤーの飛行端末)で配信されているので、通常ならすぐに見つかるところを発見されないのは、異界迷宮内でプライベート・コールを宣言し隠れていると推測されたようだ(実際、その通りなのだが)。
前にも言ったけど、一般的な探宮者はプライベート・コール中に簡易テント等で休息したり設置された簡易トイレで用を足したりしている(ボク達のように別空間に退避するタイプのアイテムはほとんど聞いたことが無い)。その際、オルクスは完全停止している訳でなく休眠状態にあるため、モンスターや接近許可を許していない他の探宮者が一定範囲に近づくと自動的に復帰し、相手の姿を配信することで探宮者の安全性を担保する仕様となっている。
どうやら迷宮治安班の面々はこの機能を利用し、休息中のパーティーに敢えて近づくことで強制的にプライベート・コールを解除する方法を行っているようだ。これにより隠れている翠ちゃんを無理やり燻り出す作戦らしいが、普通に休息している側としては何ともはた迷惑な所業と言えた。
ちなみに、ボク達のオルクスはヴォイヤーに装着されたまま『魔王の憩所』内にあるので、モンスターや接近許可を許していない他の探宮者が近づくことなどありえなかった。故にプライベート・コールが解除されることも決してないため、迷宮治安班の行っていることは全く的外れなものと言うしかない。
そうそう、探宮中に配信が義務付けられているのは周知の通りだけれど、今こうやってまったりくつろいでいるボク達も実は現在、配信を継続中だったりする。ただ、配信画面がずっ―と『ただいまプライベート・コール中』になっているため、密かにネットでも話題になっているのだとか。
あ、ネットと言えば大事なことを言い忘れてた。
実は『魔王の憩所』にネットが繋がるようになりました(笑)。前から何でオルクスが現実世界に配信できるのか不思議に思っていたので、ユニ君に質問したところ、オルクスの特性が異界迷宮と現実世界の狭間に移動できる存在なためだそうだ(幽霊のように半透明になるのはそのため)。ただし、一方通行のため配信しか行えないとのこと。
なら、双方向の機能を持たせたら現実世界の電波も拾えるのでは? と提案したら、なんとユニ君、生成してくれました中継基地局もどきのオルクス。おかげでネットのみならずスマホも使えるようになりました、凄いぞユニ君。
ただ、有効範囲は『魔王の憩所』だけなので、異界迷宮内すべてで使えるわけではないみたい。
それでもネットやスマホが使えるようになった恩恵は凄まじく、さっき見た通りみんなが入り浸り状態になったのも当然と言えるだろう。
リビングの惨状もサブスクの深夜アニメを夜通し見ていたせいらしいし……。
「そうだ、つくも様が来て四人になったのでゲームでもしませんか?」
翠ちゃんが唐突に言い始める。
「だな。アニメも見飽きたし」
何気に朱音さんも乗り気だ。
「何する? トランプ持ってきてるよ」
蒼ちゃん、いつの間にそんなものを持ち込んだ。
「いえ、今日はわたくしのお気に入りのゲームをしたくて……」
あ、もうやることは決定済みなんだ。
「ほお、それは楽しみだ」
「じゃ―ん、これです!」
翠ちゃんが取り出したのは可愛らしいキャラ絵の描かれたトランプのようなカードだ。
「翠ちゃん、これは?」
何だか嫌な予感がして質問してみる。
「『百合神経衰弱』です。カップルを引き当てたら自分の手札になるいわゆる神経衰弱ですね」
翠ちゃんの性癖がモロ出ている気が……。
「え~と、他のはないの?」
「あとは『BL神経衰弱』って言うのもありまして、これはですね……」
「うん、言わなくていい」
それ以外の物も大概だったので、ボク達四人は楽しく『百合神経衰弱』を遊びましたとさ。翠ちゃんが圧勝かと思ったら、蒼ちゃんが拮抗していて少し驚いたけど。
そんなこんなで午前中を遊び倒し、お昼を食べに現実世界へと戻ろうとした時だ。
「え!?」
リビングの共用パソコンでネットを見ていた翠ちゃんが不意に声を上げる。
「どうかした、翠ちゃん?」
「た、大変です! つくも様。ネットにこんな記事が……」
切迫した様子の翠ちゃんに困惑しながら画面に目を落とす。
そこにはこんな記事が綴られていた。
【魔王『あのん』の正体判明。正体は『奇跡の欠片』のシロ君か?!】
第90話をお読みいただきありがとうございました。
マジで大ピンチです。
つくも君、どうする?




