第89話 決断
しまった! 何か大事なこと忘れてると思ってたけど、蒼ちゃんのこと忘れてた。帰宅後に『魔王の憩所』に寄るのが蒼ちゃんの最近の日課となっていたんだっけ。しかも間が悪いことに高校の制服姿ときた。これだと現実世界から来たと丸わかりだ。
けど、これについては全面的にボクが悪い。何故なら、こうなったのはボクが自分の欲望を優先した結果だからだ。
前にも言った通り、異世界迷宮には特異現象の一つである『迷宮絶界』により現実世界の物は持ち込めない。なので、身に着ける装備等は通常、異界迷宮由来の材料で作られた物に限られる。
しかしだ。『魔王の憩所』を某猫型ロボットの『どこ〇もドア』のような使い方をしているボクにとって、それでは不便極まりない。せっかく出入口を学校に設定して夢の通学0分を達成できたとしても、出入りするごとに着替えを行わなければならないのだ。でないと、学校に服を脱ぎ落として『魔王の憩所』で丸裸になるか、迷宮由来の装備を身に着けて校内でコスプレ祭りの状況になるしかない。そんなの恥ずかし過ぎて軽く死ねる。
そこで考え抜いた結論が、ユニ君に学校の制服を生成してもらうという解決策だ。材料さえあれば、ユニ君はボクの記憶を基に何でも(VR-14Sの時のように)完コピしてくれるので、学校の制服なんて造作もなかった。当然、異界迷宮由来なので、現実世界との行き来にも問題ない。しかも汚れたら再生成すれば良いのでクリーニングも不要というお財布にも優しい優れモノだ。
おかげで、一度行った場所なら出入口を繋げられるので、制服さえ着ていれば交通費無料でどこにでも移動できるようになり、とても重宝していた。
ところがある日のこと、ボクは学校から『魔王の憩所』に直帰した際に、不覚にも共用スペースであるリビングのソファーでうたた寝してしまうという失態を犯す。そこへ蒼ちゃんがいつものように『魔王の憩所』にやって来て、制服姿で眠りこけるボクを発見したという次第だ。当然、目が覚めたボクは『何で制服着てるの?』と蒼ちゃんから詰問され、ユニ君に生成してもらったと白状するしかなかった。
怒られると構えていると、逆に蒼ちゃんから私の分も生成して欲しいと懇願された。どうやら、蒼ちゃんも『魔王の憩所』に来る度に着替えることに少し面倒を感じていたらしい。
なので今回のように、学校から帰ってきた蒼ちゃんは制服姿で『魔王の憩所』に訪れ、自分用の個室で普段着に着替えることが日常化していたのだ。
「これはどういうことなの、つくも君?」
「これはどういうことだ、つくも?」
鉢合わせし、互いに面食らっている蒼ちゃんと朱音さんがボクに視線を向けた。翠ちゃんは驚きのあまり口を押さえて成り行きを見守っている。
「え……とね……」
何を言っても言い訳は無理そう。というより、この状況で何ごとも無かったように誤魔化すなんてボクにはハードルが高過ぎる。そんなの、もはや奇跡を起こすレベルと言っても過言ではない。
なら、もう全てを話すしかない……そう、結論は出ていた。
けど、もちろん葛藤が無いわけではない。
―― クラスを商人と偽り、ずっと魔王であることを黙っていたこと。それを隠すために探宮で全力を出し切っていなかったこと。現実世界でも異界迷宮内と同等の能力があること。そもそも女性ではなく、元は男性であったこと ――
どれ一つとっても相手の信用を失うのが当たり前の嘘の数々だ。普通に許せる範囲を超えるものばかりと言っていい。そう考えると、今後の彼女たちの反応が怖くてたまらない。決別か嫌悪か……。
『奇跡の欠片』の解散どころか、二度と口をきいてもらえないかもしれない。
けれど、ボクは今まで隠していたことを洗いざらい白状することに決めた。 もう、仲間だと信じているみんなに嘘を言い続けたくなかったからだ。
「実はボク……」
◇◆◇◆◇◆◇
「……と言う訳で、ボクが噂の魔王だったりします。ごめん、今まで騙していて……怒るのは当然だし、どんな文句や仕打ちに耐えるつもりだから……」
全てをぶちまけた後、ボクは俯いた。怖くて顔が上げられない。
「……そうか、つくもが『魔王あのん』だったのか」
少しの沈黙の後、朱音さんの呟きが聞こえた。
「うん、そうだよ。嘘を吐いてて、ごめん。腹が立ったよね、二人とも」
「いや、別に……驚きはしたけど、怒ってはいないぞ。それに前から疑問に感じていたいろいろなことが納得できて、逆に気分がすっきりしたぐらいだ」
「わたくしも怒るどころか、正直に打ち明けてもらって嬉しく思いますわ」
その言葉を聞いて、顔を上げると二人とも柔らかい表情でボクを見つめていた。
「でも……ボク、今はこんなだけど元々は男子で……その、一緒にいても気持ち悪くないの?」
「全然、つくもはつくもだろ」
「はい、つくも様に変わりありませんでしょう。それに男性だった時のつくも様のこと知らないので、気持ちの変えようがありませんわ」
「二人とも……」
以前と変わらない様子の二人に、ほんの少し涙目になる。
「はぁ、良かった。一時はどうなるかと思ったけど、何とかなって安心した……」
自分のやらかしでボクの正体がバレてしまったことに責任を感じ、ずっと黙っていた蒼ちゃんが安心したように大きな溜息をつく。
「怪我の功名ではあるけど、これで私もみんなに隠し事しなくてよくなったので、正直嬉しいかな」
「ごめん、蒼ちゃんにも迷惑かけてたよね」
「ホントよ。いつバレるかと思ってひやひやしてたし、フォローするのも大変だったんだからね……でも、今回の件は完全に私の失敗……ごめんね、つくも君」
「いや、逆にありがとうだよ。いつかは言わなくちゃと思い悩んでいたし、返って踏ん切りがついたもん……あとは玄さんにも説明しなくちゃだね」
「そうだな。玄さんだけ仲間外れにする訳にはいかないからな」
「また、時間を見つけてボクの口から直接話すよ」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
話が一段落したと思っていたら翠ちゃんが何か言いたそうにしている。
「翠ちゃん、どうかしたの?」
「えと……先程の説明の中で、『異次元収納』っていうのを使えば、現実社会の物をここに持ち込めるんですよね?」
「うん、その通りだけど?」
「では、お願いします。教科書や問題集等の勉強道具を持ち込ませて欲しいのです!」
「…………」
「じゃあ、あたしは家から漫画やラノベを持ってくるか」
「あ、私はすでに持ち込ませてもらってるよ」
「…………まあ、各自の部屋でちゃんと保管してくれるなら構わないけど……」
夏休み中、みんなが『魔王の憩所』に入り浸りになりそうな予感がした。
第89話をお読みただきありがとうございます。
とうとうみんなにバレてしまいましたね(>_<)
今のところは受け入れてくれそうですが……。
(玄さんが残っていますが)
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