第88話 家出先に最適?
「住まわせてって言われても……」
いきなりだと正直困ってしまう。
『魔王の憩所』を『奇跡の欠片』のみんなに使ってもらうのは全然OKだ。そのために各自の部屋も用意したぐらいだし……。けれど、夏休みの間ずっとと言うのは、さすがに問題だろう。
「探究部の皆さんに迷惑かけたくないと言いながら、つくも様に頼るのは矛盾もいいところだと思いますが、どうかお願いします」
翠ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。
う~ん、翠ちゃんの置かれている状況は理解したし、助けてあげたい気持ちもある。けど、どう考えても後々面倒なことになりそうな予感がひしひしと感じられる。
「事情はよくわかったけど……家出に協力したらボクって罪に問われない?」
未成年者略取罪とか誘拐罪とか……確か本人の同意があっても保護者の同意が得られていないと罪に問われるって聞いたことがある。
「そいつは既に折り込み済みさ。そもそも異界迷宮に日本の法律は及ばないし、『レストルーム』の存在がバレなければ、つくもが疑われる理由もない。それに現実世界では監視カメラ、異界迷宮内ではヴォイヤーで足跡を追えるが、『レストルーム』に入ってしまえば、その後の足取りは掴めない。まさしく煙のように行方をくらますんだ」
朱音さんが悪そうな表情で断言する。
「いやいや、逆に大事になっちゃうでしょ、それ」
女子高生が痕跡もなく消え失せたら、間違いなく警察案件だって。しかも大手企業の御令嬢様だ。いくら自発的に家を出たからと言っても営利誘拐を疑われる可能性が高い。絶対に「ちょっと匿っていました、てへっ♪」では済まされない事案になるだろう。
「それに今日は申請してあるみたいだけど、基本的に未成年の夜の探宮は禁止されているから外泊は無理だよね」
そう、本来なら高校生の夜間の探宮は禁止されているので、今のこの時間にボク達が異界迷宮内にいることは通常ならあり得ないことなのだ。
ただ、夏休みや冬休みのように学校が長期休業中の間だけは、申請すれば迷宮泊が可能となっている。
「それもクリアしている。実はすでに今日の分も含めて8月31日までの探究計画を迷宮協会に提出済みだ。ちゃんと顧問の中山先生の許可も得ている」
「へえ、よく先生が許可してくれたね」
「中山先生、ずっと海外旅行に行くとかで夏休み中の申請手続きが出来ないそうなのです。なので、事前に最大日数を見込んだ計画書を作成し提出することにしてくれたようです」
ボクの疑問に翠ちゃんが答えてくれる。
「探宮計画書の方も、親父が若い頃に作成した申請書のひな型を参考に作ったから完璧さ」
朱音さんが自慢げに話す。
ふむ、意外と用意周到だ……って、待てよ。
「今回の計画の前提が『レストルーム』在りきってことは、最初からボクを巻き込む気満々だったわけじゃないか」
ボクがジト目で朱音さんを睨むと彼女は真っ直ぐボクを見つめて言った。
「つくもが翠のこと助けないわけは無いと信じてたからな」
ひ、開き直った……かっこいい台詞で誤魔化そうとしてるけど、口元がひくついてるのバレバレだから。
「本当にすみません。つくも様を勝手に巻き込んでしまって……朱音さんの暴走はわたくしのことを思ってしてくださったことなので、全責任はわたくしにあります。お許しください」
横にいた翠ちゃんが前へ出てボクに深々と謝罪する。
う~ん、朱音さんの暴走だけなら、きっぱり断るところだけど、翠ちゃんの置かれている状況を考えると無下にもできない。
「許すも許さないも無いよ……わかったから、頭を上げて、翠ちゃん」
「でも……」
「ちょっと癪だけど朱音さんの言う通り、翠ちゃんを助けない選択はボクには無いから」
「おお、つくも!」
「えと……朱音さんはとりあえず反省!」
嬉しさのあまり、見えない尻尾をぶんぶん振っているような幻視が見える朱音さんには釘を刺しておく。でないと、またやらかす気がするんだよね、この大型ワンコ。
「……とにかく、今回の件は了解した。うん、協力する…いや、協力させてよ」
まあ、現実的な話になるけど、唯一の魔法専門職である翠ちゃんがパーティーから抜けるのは戦力的に正直かなり痛い。なので、それが回避できるなら協力は惜しまないという本音もある。
ん? そう言えば何か大事なこと忘れているような……。
「あ、ありがとうございます。とても……とても助かります。なるべく早く解決できるよう努力はいたしますので」
「うん、あんまり気に病まないでね、ここは自由に使っていいから。ところで、家を飛び出したことまではわかったけど、これからはどうするつもりなのか、何か考えているの?」
「いろいろ考えているのですが……具体的なことは、まだ……」
「そうなんだ。じゃあ、ボクも少し考えてみるよ」
「よろしくお願いします」
「それはそうと、つくも。夏休み中、ずっとここに泊まるとなると、かなり暇を持て余しそうだな」
実際、テレビもネットも繋がっていないし、現地実世界から漫画や本も持ち込めないから余暇を過ごすものが何も無いと言っていい。
本当はボクの異次元ポケットを使えば現実社会の物も持ち込めるのだけど、それは秘事中の秘事なので、いくら翠ちゃんと朱音さんでも明かす訳にはいかなかった。
「教科書や問題集でも持ち込めれば勉強に集中できたのですけど」
べ、勉強ですか……うん、やっぱり真面目だな、翠ちゃん。
「まあ、他の探宮者の寝泊りはテントに寝袋なんだから、これ以上贅沢を言ったら天罰が下るか」
「そうですよ、朱音さん。こんな優雅な暮らしができるのは、つくも様のおかげなんですから」
「わかってるって。今はまだいいが、ゆくゆく下の階層を目指すときには、かなりの恩恵と言えるからな」
正直、言っちゃうと探宮どころか将来大学に通うために実家から出るなら、ここに下宿したいほどだ。出入口も設定できるし、夢の通学時間0分だって叶ってしまう。
ただ、今だって高校への通学に利用することが可能なのだけれど、蒼ちゃんから固く禁止されているのだ。蒼ちゃん曰く、楽を覚えると際限が無くなるから適度に不便な方が良いとのこと。
言い分はわかるけど、ボクは楽したい。なので、蒼ちゃんが一緒でない時は、こっそり利用したりしているのは内緒だ。
ん、蒼ちゃん?
そう言えば今回のこと、まだ蒼ちゃんに伝えてなかったっけ。異界迷宮内なら、ユニ君を通じて伝言が送れるけど、現実世界には連絡不可能だし……。
そう思った矢先のことだ。
いきなり、入口のドアが開いた。
「つくも君、聞いてよ。彩芽さんたら酷いんだよ………………えっ、どうして二人が?」
飛び込んで来たのは制服姿の蒼ちゃんだった。
第88話をお読みいただきありがとうございました。
今回、少な目で申し訳ありません。
つくも君、またピンチみたいですね(>_<)
だんだんヤバくなってきましたw




