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第87話 余波


 時間は少し遡り、ボク達が翠ちゃんの告白を聞く2日前のこと。



「い、いったいどうするつもりなのかね、蘇芳君」


 クーラーの設定温度が高いせいなのか、はたまた気が動転しているためなのか、迷宮協会日本支部長天野健介は流れる汗を拭きながら蘇芳秋良を詰問する。


「? どうもしませんが、天野支部長」


 問いの意味がわからないという表情の蘇芳秋良が答える。


「き、君は何を言っているのだ! 先方は激怒していてスポンサーからの撤退も辞さないと言ってきているんだぞ」


「ああ、常磐社長の件ですね。それについて申し開きするつもりはありません」


「……申し開きはしない? 君にしては珍しく素直に応じるのだな」


「は? 何か勘違いをしておられるようですね。私の申し開きするつもりがない、というのはその件については馬鹿馬鹿し過ぎて何も言うことは無いという意味です」


「な……」


 あまりの内容の返答に天野は一瞬言葉を失う。そして次に烈火のごとく怒りだした。


「む、無責任にもほどがある! 君の娘がまたやらかしたんだぞ」


「また……とは心外ですね。前回の魔王ではないかという冤罪は晴れた筈です」


「そんなことはどうでもいい。君の娘が先様のお嬢様をたぶらかして探宮者にしたというのは紛れもない事実なのだろう。どう落とし前をつけるつもりだ」


「落とし前もなにも、娘が誘ったのは事実としても入部を決めたのは翠ちゃん……常磐のお嬢様自身ですよ。うちの娘が責を負うことなど何一つないと思いますが」


「す、蘇芳……貴様!」


「え~と……二人とも落ち着いて下さい」


 二人が平行線のままで埒が明かないと思った春田咲良(渉外担当)副支部長が二人の会話に割って入る。


「わ、私は落ち着いているぞ咲良君。悪いのは彼の方だ」


「自分も、いたって冷静ですが」


「なに……!」


「まあまあ支部長。ここは渉外担当である私にお任せください」


 かっとする天野支部長を宥めながら春田副支部長は蘇芳秋良に視線を向ける。


「蘇芳さん、私が代わってもよろしいですか?」


「別に構わないが、たとえ君に代わったとしても言うことは変わらないと思うがね」


「ええ、それでけっこうです」


 蘇芳秋良が頷くのを見て春田咲良は会話を続ける。


「蘇芳さん、先方からクレームの電話が入ったことはご存じですね」


「ああ、それは聞いてる。しかし、それほど大騒ぎすることでもないんじゃないかと思う」


「そうでしょうか?」


「ああ、常磐社長本人から直に連絡が入ったんだろ、会社を通してじゃなくて。それじゃそれは、あくまで個人的な言いがかり……つまり父親としてのクレームに過ぎない」


「けれど、スポンサーを降りかねないと……」


「降りるとは言ってない。まあ、そう勘違いするように言ってるんだろうけど。全くあの人らしいというか個人的によく知っているから言うが、そもそも私的な理由で企業の方針を変えるほど常磐さんも愚かではないよ」


「創業家の社長のワンマンぶりをあまり見くびらない方が良いと思いますけどね。時折、何でそんなことやらかすんだって例もありますから……でも、蘇芳さんの言うことにも一理ありますね。たしかに広報を通さず、いきなり天野支部長のところへ連絡が入ったようですから」


「それが一番効果的と判断したんだろ。前から天野さんとも昵懇だったしね」


「…………咲良君、蘇芳君の言うことは本当なのかね」


 二人の会話を聞いていた天野支部長が少し冷静になって問いかける。


「概ね間違いないでしょう。けれど、もう遅いですけど」


「もう遅い?」


「ええ、『その件は、ご家庭や娘さん同士で解決する問題で、親が協会に連絡してくるのはお門違いでは?』とやんわり拒絶すべきだったんです。ところが、支部長は迷宮協会の代表として個人的に請け負ってしまいました……これでは協会として誠意を見せる必要があります」


「な、なんだって……」


「でないと天野支部長自身にとって喜ばしくないこと(・・)が起りそうです」


「た、例えば……?」


通産省()から新しい支部長が天下ってくるとか」


「さ、咲良君……」


 天野支部長が情けない声を洩らす。


「さて、そんな訳で迷宮協会としても常磐氏に誠意を見せる必要があります。なので蘇芳さん、娘さんを説得してください」


「俺……いや私がですか?」


「はい、そうです。本気で無くていいんで振りだけでも……それが先方に伝われば、協会としては誠意を見せたことになります。仮に説得が失敗したとしてもですよ」


「…………わかった。言うだけは言おう」


 春田副支部長の有無を言わせない笑顔に蘇芳秋良は渋々と頷いた。



◇◆◇◆◇◆



「え~と、翠ちゃん。これはどういうことかな?」


 目の前にはパジャマ姿の翠ちゃんがいる。


「え、お泊り会?」


「お泊り会じゃなくて家出でしょ!」


 小首を傾げる翠ちゃんは可愛かったけど、思わずツッコミを入れる。

 どうやら翠ちゃん、両親と喧嘩して家を飛び出して来たらしい。


「まあ、そう言うな、つくも。似たようなものだろ」


 こちらは寝巻用のスェットを着た朱音さんだ。


「全然似てないですからって……その前に、なんで朱音さんがここにいるのかも説明してもらえます?」


「ん、付き添い?」


「家出に付き添いなんてあるかぁ――!」


 声を枯らして叫んだボク達がいるのは異界迷宮内の『魔王の憩所(いこいじょ)』だったりする。


 ちなみに、この状況の発端は探宮中の休憩時の何気ない会話からだ。



「シロ様、前から気になっていたのですが、レアスキルの『レストルーム』ってスキル発動してない時、中はどうなってしまうのですか? まさか消えて無くなるようなことは……」 


「いや、ふつうに存在するよ。ちゃんと別空間として維持されてる」


 気になると言うより不安げな表情だったので、安心させるように事実を伝える。


 そもそもレアスキル『レストルーム』は『魔王の憩所(いこいじょ)』を誤魔化すためにでっち上げたスキルで実際は存在しないスキルだ。

 本当の『魔王の憩所(いこいじょ)』は魔王専用のレジェンドアイテムで、当然アイテムなので使用していない時も中の状態は別空間として維持されている。ただ、翠ちゃんの疑問というか心配はもっともな話で、通常のスキルは発動していないと効果が得られないことがほとんどなのだ。だから、発動していない時の中身がどうなっているか気になったのだろう。


「では、発動していない状況でも中に滞在している人間は無事なのですね」


「もちろん、普通に生活できるよ。中への出入りも設定さえすれば自由に出入りできるし……」


 まあ、中に入る人間の心理としては、スキルを止めたとたん消えて無くなるのではないかという懸念は理解できるし、一生閉じ込められる可能性も心配だろう。なので、みんなの不安を払拭するために『魔王の憩所(いこいじょ)』の仕様も一部開示しておく。


「あと、シャワーやトイレ、家電(っぽい謎の備え付け備品)も使い放題だし、冷蔵庫の中の食材も設定しておけば自動補填される仕様になってるから」


「……至れり尽くせりだな。あたしの家より、ずっと住み心地が良さそうだ」


 朱音さんも感心を通り越して呆れている。


「なるほど。ほとんど別荘と言うか……一種の隠れ家みたいですね」


 その時の翠ちゃんが真剣に考え込むようにしていたのが、今から考えれば現在の状況の伏線だったのかもしれない。



「で、話は戻るけど。突然、今晩探究するから付き合えって言われて来てみれば、いきなり『レストルーム』に入れてくれ、でビックリしたんだけど」


 あまりに急だったため、今回の探宮には蒼ちゃんも玄さんも不参加となっている。


「そんで、部屋に入るや否や『お風呂を貸して』で、上がったらパジャマに着替えてくつろぎタイムって……」


「す、すみません。昨日は喧嘩のため、お風呂に入れなかったもので……つい」 


「そう怒るな、つくも。それだけ翠も追い詰められていたってことさ」


「朱音さんは追い詰められていませんよね」


 翠ちゃんと同様に寝巻へ着替え、すっかりくつろいでいる自称、家出付き添いの朱音さんをジト目で見つめると、朱音さんはどこ吹く風だ。


「……まあ、いいですけど。どうして、こうなったか経緯を聞かせてもらえます?」


「はい、つくも様。わたくし、両親との話し合いが決裂したので家を出ようと決めたのですが、行先に困ってしまいまして……迷宮部の皆さんを頼ると迷惑がかかるのは間違いありませんから」


「あたしんちなら構わないって言ったのだけどな。親父も迷宮協会(会社)がうるさいんで言っただけで、真剣に説得しようって気はさらさらないように見えたぞ」


「そうであったとしても、これ以上朱音さんにご迷惑をおかけすることはできません」


 翠ちゃんは悲痛な面持ちで唇を噛む。


「で、思い出したのが、つくも様の『レストルーム』です。ここなら、籠城するには持ってこいだと思った次第で……」


「は?」


「お願いです、つくも様。わたくしを夏休みの間、ここに住まわせてください!」


第87話をお読みいただきありがとうございました。

先週は更新できず申し訳ありません。

リアルがごたごたしていて少し精神的に参っています(>_<)

次回も無理せず頑張りたいと思います!

まだまだ残暑が厳しいですが、皆さま方もお身体ご自愛くださいませ。

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― 新着の感想 ―
中々に家族環境も難しいですね。 彼女達(一人違うか(笑))が、ゆっくりと考えを纏められればなあ……そう思います♪
緊急避難先(゜ω゜) お疲れさまです……
夏休みの間どころか、一生住めそうな場所ですね。魔王の憩い所とは。 しかしスキルを発動させてないのに、存在が維持されてるスキルとは、変に思われそうな気がしますが。
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