第86話 『奇跡の欠片』のピンチ
取材を受けてから、あっと言う間に一週間が過ぎた。金曜日の今日は終業式があり、長かった一学期もようやく終わりを告げる。本当に3月末からいろいろ有り過ぎて目の回るような一学期だった。ただでさえ、4月の高校入学は人生における特別なイベントであるが、さらにボクの場合はTSして魔王になったり探宮者になったりと劇的な変化に翻弄された日々と言えた。
今日は授業もなく半日なので少し気楽に登校すると、困惑顔の朱音さんに教室に入ったとたん捕まった。何ごとかと思ったら、放課後に部室に集まるよう告げられる。理由を問うと朱音さんは詳しい話はその時にするからと口を閉ざした。どうやら、周りのクラスメイトに聞かせたくない内容のようだ。
「何かあったのかな?」
「そんな感じね」
ボクと蒼ちゃんは顔を見合わせたが、思い当たる節が無かった。
いや、強いて言えばあるか……例の朱音さんの蘇芳秋良に対する親父発言。慌てて誤魔化したけど、相当苦しい言い訳だったからなぁ。
誰かがネットにでも書き込んで、それが拡散したのかもしれない。
「もしかして朱音さん、身バレでもしちゃったかな」
「う~ん、可能性はあるかも」
ボクが懸念を示すと蒼ちゃんも頷いた。
「まあ、こう言っちゃ何だけど朱音さん、脇が甘いところがあるから、身バレするのも時間の問題だったような気もするけど」
ボクがそう言うと蒼ちゃんはジト目でボクを見る。
「朱音さんも、つくも君だけには言われたくないと思うよ」
どういう意味だ? それではボクが身バレ上等のポンコツみたいな言い方じゃないか。
「おはよう、みんな。出欠確認をするよ……」
ボクが蒼ちゃんに発言の趣旨を確認しようとすると、クラス担任であり迷宮部の顧問でもある中山先生が教室に入ってきて出欠確認を始めた。
「まあ、どうせ朱音さんの件は放課後になったらわかるか……」
気にはなるけど、とりあえず担任の話に集中することにした。
◇◆◇◆◇◆
クラス委員の蒼ちゃんに付き添って職員室へ寄った後、ボク達は部室へと向かった。思いの外、時間がかかったので急いだつもりだったけど、部室に入るとボク達以外はすでに揃っている。
「ごめん。クラス委員の仕事で職員室に寄ってたんで……」
「いや、気にするな。他のみんなもちょうど来たところだ。それよりもだな……」
朱音さんは蒼ちゃんの謝罪を受け流すと、言いにくそうに重い口を開く。
「少し困ったことになった」
「困ったこと?」
蒼ちゃんが問い返すと、朱音さんの表情はさらに渋くなる。
例の発言の件かと、先ほどの考えがボクの頭をよぎった。
「……ついにバレてしまったんだ」
ああ、やっぱり。
さっきも言ったけど時間の問題な気もしてたんだ。
「まあ、朱音さん。親子関係がバレるのは想定の範囲内だったと思うよ。逆に考えれば大きな話題になることは間違いないし、ますます『奇跡の欠片』のチャンネル登録数も倍増するかもしれないでしょ」
「でも、部活絡みを調査されて私たちのことも特定されるんじゃない?」
「それもそうか……それは問題かも」
ボクと蒼ちゃんが今後のことを想像して、あれこれ言い合っていると朱音さんが怪訝そうな顔付きになる。
「二人とも何を言ってる? どうしてあたしのことが話題になるんだ」
「えっ? 朱音さんと蘇芳秋良との親子関係がネットで暴露されたんじゃないの?」
「私もそう思ってたけど」
ボクと蒼ちゃんがそう言うと朱音さんは驚いたように目を見開いた。
「違う違う、全然違う。あたしのことじゃない」
「だって、『ついにバレた』って……」
てっきり、例の親父発言で身元がバレたって思うじゃん。
「……バレたのはわたくしです」
会話に割って入ったのは翠ちゃんだった。
「どゆこと、翠ちゃん?」
◇◆◇
「実はわたくし、親に内緒で探宮者をしていたのです」
翠ちゃんは申し訳なさそうに告白した。
「親に内緒って……いろんな手続きの書類に保護者関連とかあったでしょ。それに、あの装備だって内緒で買えるレベルじゃなかったと思うけど」
蒼ちゃんがもっともな質問をぶつける。
「翠の家はちょっと複雑なんだ」
「はい、両親が不仲なのと二人とも系列会社の経営に忙しくて、ほとんど家で会うことはありません。実情は祖母に育てられていると言っても過言ではありません」
そういや、前に両親が自分に関心が無いって言ってた気がする。
「で、翠の祖父さんというのがグループ会社の相談役に収まっているんだが、これが孫に激甘でね。孫のお願いに全力で応え、探宮者関連は全部その人が動いたって感じだな」
なるほど、それなら書類も装備も完璧な訳だ。
「なるほど。実情はわかったけど、なんで親に内緒にしたんだ?」
「それはですね、わたくしの両親が『探宮者』を見下しているからです。社会不適応者や暴力的な人間がなる最低な職だと信じて疑わない、そういう人達なのです。馬鹿みたいですよね、そう思っているのにメリットが得られるからって迷宮協会に多額の資金を投資しているのに。ですので、絶対許可されないのが分かっていたので、両親に知られぬよう活動していたのです」
確かに翠ちゃんちのグループ企業は迷宮協会のスポンサーとして有名だった筈だ。
「そんな探宮者嫌いの両親に翠の探宮者活動がバレて、現在激おこ状態になってる訳さ」
「本当にごめんなさい、朱音さん。わたくしのせいで……」
翠ちゃんが朱音さんに深々と頭を下げる。
「翠ちゃん?」
ボクが疑問符を浮かべると朱音さんが頭をかきながら答える。
「いやぁ、あたしが翠を探宮者に誘ったってことで、激怒した翠パパが迷宮協会のスポンサーを下りるって言い出してね。現在、迷宮協会に激震が走ってるって状況さ……」
あ、そりゃ大事になるわ。
「けど、そもそも何でバレたんだ。今までだってバレずに済んでたんでしょ?」
ちょっと疑問に思って呟くと、今まで黙っていた玄さんが口を開いた。
「『収益化』のせいだよ」
◇◆◇
「『収益化』のせい?」
確かにもうすぐ収益化が近いって聞いてはいたけど。
「そう、今回バレたのは『収益化』のせいと言っていい。玄さん、説明を頼めるか」
朱音さんは説明するのが苦手なのか玄さんに丸投げする。
「ああ、いいとも。まず、『MyTube』の収益化の細かい条件については省くぞ。自分で調べてくれ……その中で一番我々に関係する条件としては、18歳未満は収益化できない点だな」
「え? 収益化できないの、ボク達?」
「いや、出来るぞ。迷特法で16歳から探宮者になれるから、その点も緩和されているんだ。ただ、『MyTube』の制度上は出来ないから、別の方法を取っている」
「別の方法?」
「そうだ。未成年者は普通、保護者のアカウントを使って『収益化』するんだが、探宮者に限っては迷宮協会が代理でアカウントを作ってくれるのさ。言わば、迷宮協会を経由して『MyTube』のアカウント作成するって感じだな」
「違いがわかんない」
「そうだな、簡単に言えば『MyTube』で得た収益は一旦迷宮協会に入り、そこから個人口座に振り込まれる形となるんだ。探宮者は個人事業主だから給与じゃなくて報酬になるがね」
「……そうなんだ(?)」
「あんまり、わかってなさそうだが……要は迷宮協会が面倒見るから親御さんは面倒な手続きをしなくて良いってことだな」
「それはわかった」
難しいけど、それは何となくわかる。
「なので、翠っちの場合も御両親に知られないで済むと思ったんだが、一つ盲点があった」
「盲点?」
「ああ、『税金』という盲点だな」
「…………ギブ(アップ)」
ここらへんでボクの頭はパンクしたので要点をまとめると、未成年者は普通保護者の扶養控除対象になっているのだが、所得が限度額を超えると控除対象から外れてしまうらしい。
今回の収益化で、高額な所得が見込まれたため保護者である父親に迷宮協会から通知が届き、探宮者活動をしていることが発覚したのだそうだ。
「わたくし、探宮者を続けられなくなりそうです……」
翠ちゃんは涙を溜めながら声を震わせて言った。
まさしく『奇跡の欠片』のピンチだった。
第86話をお読みいただきありがとうございました。
今回は少し難しめなお話しでしたねw
税金、嫌いです(-_-;)
毎日、暑い日は続きますが8月も終わりですね。
皆様もお体にお気を付けください。
高評価・感想・レビューお待ちしています。




