第84話 取材(後編)
「まさか、そんな……」
「き、聞いてないぞ」
入ってきたスペシャルゲストを見て声を上げたのはボクと朱音さんだ。
「やあ、初めまして。蘇芳秋良です」
笑顔で挨拶してきたのは、少し前にガチで戦ったばかりのボクの最推し様でした。
ボク達全員が固まっていると蘇芳秋良(名字だけだと朱音さんと区別がつかないのでフルネーム)さんはインタビュアーの星乃さんの隣りに腰かけた。
「はい、本日のスペシャルゲストは日本でも指折りの探宮者である蘇芳秋良さんです。質問シートによるとシロさんの尊敬する人だそうなので、今回お願いして来ていただきました」
星乃さんはちょっとドヤ顔でボクを見たけど、事前に聞いておきたかったです。まあ、それじゃサプライズにならないから無理なんだろうけど。
それより心配なのは……と朱音さんの方を見ると口をパクパクしながら動揺したままだ。ホントに何も聞いてなかったみたい。
「お、おや……」
不味い、親父って言いそう。
「おやおや――フレアさん、どうかしましたぁ? ファンだからって緊張し過ぎですよ~」
朱音さんの言葉に被せるようにしゃべって何とか誤魔化した。
「あら、シロさんだけでなくフレアさんもファンだったんですね」
「ま、まあファンみたいなものです……かね」
ファンと言うより肉親ですよね。
朱音さんは取り繕って言葉を濁した後、星乃さんの視線が外れた刹那、物凄い目付きで蘇芳秋良さんを睨みつける。
そりゃ、怒るでしょ。騙し打ちみたいなもんだし。
当の蘇芳秋良さんは、娘の表情を見ても平然としているが、かすかに口角がヒクついていた。家に帰ってから血の雨が降らなきゃいいけど。
「ところで、今回オファーした際、すぐに出演を快諾していただきましたが、蘇芳さんは『奇跡の欠片』のことをご存じだったのでしょうか?」
「え……ええ、デビュー時から注目していましたね」
「デビュー時からですか……何か理由がおありで?」
「一応、新人探宮者のデビュー配信は時間が取れれば見るようにしているんですよ」
絶対に娘が心配で見てただけだと思うけど。
「さすがは迷宮協会日本支部の副支部長さん、ご立派ですね。ですが、引き続きずっと気になさってるということは、熱心なファンでもあるということでしょうか?」
「まあ、否定はしません」
「なるほど。では、本人たちを目の前にして言いにくいとは思いますが『奇跡の欠片』のどこがそんなに魅力的なのでしょうか?」
「まだ荒削りのところはありますが、高いポテンシャルを感じました。また、チームワークの良さも見ていて心地よいです。これから上がっていくパーティーの一つだと確信しています」
べた褒めだけど、自分の娘のパーティーを褒めてると思うと、ちょっと萎える。もちろん、身内びいき無しでも『奇跡の欠片』は期待度MAXのパーティーではあるのだけど。
「蘇芳秋良さんはかなりの高評価ですが、それを聞いてリーダーのフレアさんとしてはどう感じましたか?」
「…………素直に嬉しく思います。ですが、自分たちはまだまだと感じていますので、今後も基本に忠実に精進していきたいと考えています」
ちょっと照れながら、教科書通りの答えを返す朱音さん。実の父親のべた褒めの感想に対し、真面目に回答しなきゃならないだなんて、何て罰ゲームだろ。思わず笑いを堪えてしまったじゃないか。
「ところでシロさん。今回、あなたのリクエストで来ていただきましたが、実物の蘇芳秋良さんにお会いしてどう感じましたか?」
人を呪わば穴二つ。対岸の火だと思ってたら、こっちに飛び火してきた。
ボクはこみ上げていた笑いを封じ込めると神妙な顔付きで答える。
「はい、とても光栄です。ずっと憧れてきたんで、こうしてお会いできて感無量です……あの、実物もすごく素敵でかっこいいです」
実の娘さんの前で言うのは、ちょっと気が引けたけど、本心は隠せない。
「いや、私の方も光栄ですよ。今、注目の方ですからね、シロさんは」
え、推しからそんな風に言われたら天まで昇っちゃうよ。
「『今、注目の方』? シロさんがですか?」
星乃さんが不思議そうな顔をする。
「ええ、専門家の間でシロさんは密かに大注目なんですよ。失礼な言い方で申し訳ないのですが、一般クラスでここまで活躍できる事例は稀有なことなんです」
ぎくり。ホントは一般クラスじゃなくて魔王なんです、ごめんなさい。
「そうなんですか。よくわかっていませんでした」
「普通は気がつかないでしょうね。けれど、探宮者に詳しい人ほどシロさんの特異性がわかると言っても過言ではありません」
「なるほど……」
星乃さんは蘇芳秋良さんからボクに視線を移して問いかける。
「蘇芳さんはこう言ってますが、シロさん本人としてはどう思っているのでしょうか?」
「え、と……ボクですか。たまたま活躍できてるだけだと思いますけど」
「たまたま?」
「あの! シロ君が凄いのは異界迷宮のせいではなく現実が凄いからなんです!」
たまりかねた蒼さんが横合いから割り込んでくる。
「え? それはどういうことでしょうか?」
「シロ君、古武術を習っていて……」
「なるほど。異世界迷宮内の能力値は現実のブーストだから、最初から元値が高いってことだね」
蘇芳秋良さんは蒼ちゃんの説明に納得する。
「と言うことは、シロさんって現実でも相当強いってことでしょうか?」
「すみません。身バレに繋がりかねないので、ここの部分はカットしてもらえませんか?」
すかさず、フレアさんが質問NGを出す。
「あ、申し訳ありません。そうですね。この質問の部分は掲載しませんのでご安心ください。では次に、『奇跡の欠片』の皆さんから蘇芳秋良さんに何か聞きたいことはありませんか?」
「じゃあ、さっそくボクから――――」
◇◆◇
「『奇跡の欠片』の皆さん、蘇芳秋良さん。本日はインタビューありがとうございました」
星乃さんが深々と頭を下げる。
あの後も、いろいろなやり取りが交わされたけど、どうやら無難にインタビューを終了できた、けっこう精神的に疲れたけれども。
「いえ、こちらこそ貴重な経験をありがとうございました」
リーダーの朱音さんが代表してお礼を述べ、今回の取材は解散となった。
「おい、何でまだいるんだ?」
朱音さんが怒ったように問いかける。
取材ブースから出ると、先に帰った筈の蘇芳秋良さんが外で待っていたのだ。
朝、家から出かけるときに黙っていたこともあり、父親に対して苛立ちを覚えていた朱音さんの対応は冷たい。
「いや、ちょっと気になることがあってね」
「気になることだって?」
朱音さんの声がますます低く冷たくなる。
けど、蘇芳秋良さんは朱音さんの反応に意を介さず、すっとボクに近づいてきた。
「あの……何か?」
「シロ君って言ったね。今日、初対面の筈だと思うんだけど」
「はい、そうですけど……」
蘇芳秋良はじっとボクを見据えて言った。
「君、どこかで俺と会ったことない?」
第84話をお読みいただきありがとうございました。
8月16日は私の誕生日だったりします。
夏休みの真ん中で身内以外に祝われたことないですがw
これからも無理せず頑張りますのでよろしくお願いいたします!




