第80話 ボス戦の前に
ところで、先ほど翠ちゃんが言った通り1階層の階層ボスはコボルトキャプテンだ。コボルトの上位種で、1階層の敵であるコボルトがレベル1、コボルトリーダーがレベル2に対し、3から4レベル相当の強さがありレベル1パーティーには難敵と言っていい。安全マージンを確保するならパーティー全員がレベル2にレベルアップしてから挑むことが望ましいとされている。
特に初期レベルではクラス差が大きいので迷宮協会では念には念を入れて、レベル3を含んだパーティーの階層ボス討伐を推奨しているそうだ。
ちなみにゲーム等と混同して、レアクラスには多くの経験値が必要と誤解する人がいるが、実際はそれほどでもない。
クラスのレア度によって多少の違い(一応、レア度の高いクラスは必要経験値が高め)はあるが、異界迷宮におけるレベルアップに必要な経験値としては、そこまで大きな差はないのだそうだ。
実際の話、ゲーム等においてレアクラスのレベルアップ経験値がより多く必要なのは当然だとは思う。そうでなければ、他のクラスのプレイヤーが不公平さを感じるし、ゲームバランスも崩壊しかねない。何よりも、クラス選択が自由なゲームであれば、レアクラスばかり選ばれるようになるし、ランダム選択ならレアクラスになれない時点でゲーム自体を止めてしまう可能性もある。ゲームバランスや商業的な意味合いも含めてそういう仕様は必須と言っていいだろう。
けれど、この世界……異界迷宮において、そうした配慮はほとんどされていない。レア度の高いクラスは下位のクラスを圧倒しているのが現状だ。
でも考えて見て欲しい。現実世界だって、運動能力の優れた者とそうでない者が同じ練習をしても結果は同じにならないし、勉強でも同じことが言える。
異界迷宮は、ある意味超現実的な格差社会なのだ。けれど、それを選択するのは本人の自由意志と言っていい。この異界迷宮という世界に不満があるなら探宮者を目指さなければ良いだけなのだから。まあ、リタイアできるだけ現実世界よりマシと言っていいのかもしれないけど……。
なので、一階層で探宮者達が同等に得られる経験値によりレベル2にレベルアップした『奇跡の欠片』は、ほぼ全員がレアクラスという編成のため平均的なパーティーの2段階くらい上の強さを誇っている。
朱音さんが、このまま一階層ボスに挑戦しようと言うのも、あながち間違ってはいない。ただ、異界迷宮的な経験値でなく本当の経験値が足りていないのも事実で、ボクとしてはそこが不安材料なのだけど。
「コボルト5体にコボルトキャプテンか……」
扉を開けて中に進むと、大広間の奥には階層ボスとその手下が陣取っていた。コボルトキャプテンは他のコボルト達より頭二つほど大きく顔付きも獰猛で、とても同じ種族に見えない。多少はパーティーレベルによって階層ボス自体に加減があるらしいので、侮ってかかると痛い目に遭いそうだ。
そうそう、説明が長くなって申し訳ないけど、コボルトがいるから異界迷宮のモンスターの蘊蓄も語っておこう。
コボルト・ゴブリン・ゾンビ等、異界迷宮には多くのモンスターが登場する。その姿や性質も、数多有るファンタジーゲームのそれとほぼ同じだ。
でも、それっておかしくない?
異界迷宮とは言え、別世界にフィクションの造形物がそのまま存在するのは明らかに変だ。異界迷宮がゲーム世界ならいいだろう。けど、現実世界とリンクする異界迷宮にゲームと同様のモンスターが存在するのは不可思議と言っていい。
そもそもコボルトはドイツの民間伝承による妖精であり、ゴブリンも西欧の民間伝承による妖精だ。あくまで妖精でありモンスターなどではない。
それがモンスター化したのは、もちろん某有名ファンタジーTRPGのせいと言っても過言ではない。その某有名TRPGにおいて、民間伝承や神話等のエピソードを基に現在では誰でも知っているような多種多様なモンスター達が創造されていった。そこから派生し多くの創作物に浸透し、特に日本では小説や漫画によって一般化していった経緯がある。
なので、どう考えても異界迷宮が、そうした創作物の影響下にあるとしか思えない世界観であることが大きな謎となっていた。
それらについては、当然の話だけど異界迷宮が発見されて以来、さまざまな研究機関がその難問に取り組んできた。そして、現在では一定の推論が成り立っている。例えば、ゴールデンステイト工科大学のミシェル教授の研究チームによると、異界迷宮自体が人類の歴史や文化を体現した存在だと結論づけている。つまり、ファンタジーゲーム要素を取り込んで、それを異界迷宮と言う世界が具現化しているのではないかと言う仮説だ。
その顕著な例が、目の前のコボルトなのだ。本来、某有名ファンタジーTRPGにおけるコボルトの説明は、獣の顔をしていて身体には鱗があるモンスターだそうだ。ところが、日本では異なっている。
「コボルトって、犬ちゃんに似てると思ってましたが、コボルトキャプテンは犬っぽく無いですね」
隣りにいる翠ちゃんが怖そうにコボルトキャプテンを見つめている。
そう、目の前のコボルトは犬によく似ていて、もふもふだ。もちろん、欧米では違う。先ほど言った鱗のついた造形となっている。
では、何故違うのか?
実は、かつて日本のゲーム界隈で一世を風靡した某ファンタジーカードゲームの影響で、日本のコボルトは犬に似たモンスターとなっているらしいのだ。まさしく日本独自の進化と言っていい。
そして、これが何を示唆しているかと言うと、国によってローカライズされているという実態だ。
それどころか、本当は人によって見え方が違うらしいこともわかっている。同じものを見ているのに実は違うっていうのは正直、怖い話だけど共通認識が同じなら、概ね問題は無いのだそうだ。実際、見かけだけが違い、特性は変わらないことがほとんどらしい。
まあ、異界迷宮がファンタジーゲームに似ているのもそうした理由がある訳で、一部の人間が異界迷宮をリアルTRPGと呼ぶのも当然と言えば当然か。
え? ゲーム要素を引き継いでいるなら、さっきの経験値問題も同じように引き継がないのかって? それについてはボクに言われても困るし、よくわからない。異界迷宮を作った神様かゲームマスター(笑)に聞いてもらうしかないと思う。
「シロ、ぼさっとしていないで行くぞ」
いけないいけない、ちょっと思考にはまり込んでた。
大事なボス戦だ、しっかりしなきゃ!
ボクはショートソード(市販品)を握りしめるとコボルト達と相対した。
第80話をお読みいただきありがとうございました。
せ、説明回で終わってしまい、申し訳ありませんm(__)m
前から説明したいと思っていたので……。
次回は戦闘になりますので、よろしくお願いいたします。
あの……何度も書いてごめんなさいですけど、感想、高評価、レビューをお待ちしています。




