第78話 人気者って……
「ホントに来れた」
上松さんの言葉通り、ちゃんと『迷宮の扉』のある神殿まで来ること出来てボクは感動していた。
「しっかり説明があっただろう。通路で結ばれてるのだから、着くのは当たり前じゃないか」
玄さんは不思議そうにボクを見る。
そうじゃないんだよ、玄さん。物理的なことを言ったんじゃなくて、この秘密のルートでここまで来られたことに感動しているんだって。
これだからリケジョ(理系女子)様は……。
「玄さん、つくもは誰でも使えない秘密の通路で、ここまで来れたことに感動してるのさ」
やはり朱音さんにはこのエモさが通じている、さすが冒険野郎……いや冒険女子。
「自分としては、市街地によくこんな地下通路を通せたなという驚きの方が強いがな」
玄さんも別の理由で感心はしていたようだ。
「わたくしが聞いた話ですと、もともと駅と取り壊された老舗デパートの地下街との間を連結した地下通路があったみたいです。それを改良して、この通路作ったのではないかと推察しています」
ミステリー小説好きな翠ちゃんが目をキラキラさせながら説明してくれる。
なるほど、それならこれだけの規模感があるのも納得だ。
「あのぉ……秘密通路の凄さも成り立ちも分かったから、そろそろ先に進まない?」
玄さんに匹敵する合理主義者の蒼ちゃんが苦笑いしながら先に進むことを促す。
「蒼の言う通りだ。こんなところで無駄な時間を浪費してる場合ではない。行くぞ、つくも」
何でボクに確認を求める? 確かに言い出しっぺはボクだけどさ。
「うん、わかったよ。朱音さん」
けど、大人なボクは文句も言わず返事を返した。
その後、ボク達『奇跡の欠片』は迷宮協会の指示通りパーティー用の待機部屋で異界迷宮に入るタイミングを待つことになった。ちなみに併設されていた保管所に寄った後なので、迷宮由来の装備に着替え済みだ。ホント、現実世界の自分たちが迷宮由来の装備をしていると、コスプレ感が半端なく、ちょっと恥ずかしい。やっぱり秘密通路を使用できるのは、かなりのアドバンテージと言えるだろう。
それにしても今回の特別待遇の件だけど、現場の混乱だけで優遇されたとはとても思えなかった。何かしらの裏事情があったと思うのが自然だ。
(やっぱり、朱音さん絡みだよね、きっと。まさか、蘇芳秋良本人が直接、動いたとは思いたくないけど)
ボクは、時間が来るまで瞑想すると言った朱音さんの横顔を盗み見た。目を閉じて腕を組んだまま、じっと瞑想を続ける朱音さんは凛々しくて美しかった。元男子のボクが思わず目を奪われるほどだ。
そんな彼女に心の中で礼を言い、ボクも精神統一を始めた。
◇◆◇◆◇◆
「『奇跡の欠片』の皆さま、お待たせいたしました。扉を開けて前へ進み、『迷宮の扉』から異界迷宮へお入りください」
そんなアナウンスが待機室に流れたので、ボク達は一斉に行動を開始する。
「さあ、行こう! 探宮の時間だ」
朱音さんの号令を合図にパーティー全員で待機室を出て、目の前に浮かぶ『迷宮の扉』を越えて異界迷宮へと入った。
いつものように……エアーカーテンを突き抜けるような、ほんの僅かな抵抗感を覚えるが、無視して進む。この感覚も、もう慣れっこだ。
そして、現実と異界の境界を越えた瞬間、ボク達は『迷宮変異』を遂げた。
互いに自分たちの変異した姿に目をやり自然と笑みがこぼれる。この姿になると自分が『奇跡の欠片』の一員だと実感するのだ。たぶん、その安堵感に心が満たされるのだろう。
意外にも『迷宮の扉』の先には探宮者が誰一人いなかった。身構えていたので、ちょっと拍子抜けしながら、ボク達は通路の奥へと向かった。
けれど、『はじまりの間』に到着するとそうした状況は一変する。
「『奇跡の欠片』だ!」
「うわっ、本物だ」
「か、可愛い!」
「美人ぞろいだなぁ」
「かっこいい……」
「ホントにアイドルみたい」
たくさんの探宮者たちが『はじまりの間』に集まっていたのだ。
一斉に歓声が湧き、周囲を囲まれる。
「あの……配信見ました。ファンです」
「探宮、素敵でした。応援してます」
「もし良ければ今度、一緒に探宮しませんか?」
などなど、たくさんの言葉をかけられ、ボク達は目を白黒させる。あまりの人数に対応しきれない。
何とかしようと朱音さんが声を上げようとした時、横合いからのんびりとした声がかかった。
「おーい、君達。『奇跡の欠片』が困ってるぞ。その辺で勘弁してやってくれないか」
目を向けると、先ほど迷宮会館で別れた上松さん(たぶん)が立っていた。
「何だよ、おっさん」
「俺たちは普通に話しかけてるだけだぞ」
「そうよ、邪魔しないで」
制止した上松さんに口々に文句をつける探宮者たち。もちろん、取り囲んでいた探宮者の多くは自分たちの行為に気付き、周囲から離れてくれたが、一部の者は攻撃的な姿勢を崩さない。
「君達の応援したい気持ちは理解できるが、おじさんとしては節度を持ってもらいたいかな……」
「あんた、気に入らないなら俺と『決闘』でもするか」
「おい、相手のレベル確認した方が……」
『決闘』と言うのは異界迷宮内で利害が反した際、お互いが了承した時にだけ発生する究極の問題解決方法だ。配信に了承の宣言を記録する必要があり、またレベル差が大きい場合はそもそも認められないことも多い。
さらに、この方法を悪用しPK(プレイヤー殺し)を繰り返すグループも存在するため、あまり推奨されていない……というより忌避されている行為と言っても過言ではない。
ただこの人、簡単にその言葉を口にするところを見ると、あまり素行の良い探宮者ではないのかもしれない。
「やっても良いが、たぶん認められないだろうし……立場上ねぇ」
と言いながら、懐からバッチの付いた身分証を取り出す。
「げっ!」
「め、迷宮保安官……」
上松さんが身分を明かす前に騒いでいた連中は脱兎のごとく逃げ出した。
「あれあれ、行っちゃったか……え~皆さん、探宮活動は危険と隣り合わせです。助け合いの精神のもと、節度ある行動を心がけてくださいね」
そして、ボク達の方に視線を向けると、
「『奇跡の欠片』の皆さんも良い探究を……」
と言って『D級迷宮』への扉を差し示した。
「ありがとうございます。上……ティフォンさん」
朱音さんが感謝の意を示すと、ボク達も頭を下げながら彼の横を通り過ぎ、D級迷宮の扉へと進んだ。
一時はどうなるかと思ったけど、上松さんのおかげで、何とか事なきを得た。人気者になるということは、こういう弊害があるとういうことも実感できて良かったと思う。今後はボク達だけで対処できるようにしていかなければと考えつつ、D級迷宮の扉を開けた。
第78話をお読みいただきありがとうございました。
最近、いろいろ体調の優れない作者です(>_<)
頑張りますが、お休みするかもしれませんのでご了承ください。
たぶん、来年には解決すると思います(と、遠い)




