第77話 意外な解決策
蒼ちゃんとの、まったりした時間を十分堪能してから迷宮会館へと向かう。中に入ると相変わらず地方銀行感の漂うロビーは閑散としていた。どうやら皆、先ほど見た通り『迷宮の扉』のある神殿周辺に集まっているらしい。全くご苦労なことだ。
とは言っても、ああやって陣取られていると迂闊に近づけないので困っているのも事実だ。朱音さんが何か良い案を見つけてくれていれば幸いなのだけど。
で、その呼び出した張本人の朱音さんの姿が、ロビーをざっと見渡しても見当たらない。
「あれ、いないね」
「迷宮会館で良かったんだよね、つくも君」
「その筈だけど……」
きょろきょろしていると綺麗な女性職員がすっと近づいてい来る。
「あの……もしかしてお連れ様をお探しですか?」
「え? はい」
僕が頷くと耳元で囁く。
「一色様でよろしいでしょうか?」
「あ、そうですけど」
「では、こちらに……すでにお待ちになっています」
どうやら別室で待っているらしい。
お姉さんに先導されて奥へ進むと、既視感のある会議室に案内される。前に襲われた翠ちゃんを助けたあと事情聴取を受けた時に待機部屋として使ったあの会議室だった。
「お、来たな」
部屋に入ると朱音さん、翠ちゃん、玄さんがすでに揃っていた。
「あ……遅くなったみたいで、ごめんね」
「ごめん、ボクがのんびりし過ぎたせいで」
二人して遅れてきたことを謝ると朱音さんは首を振った。
「いや、玄さんも今ちょうど来たところだ。気に病む必要はないぞ」
「まあ、自分はいろいろ情報を仕入れて来たんで遅くなったのだけどな」
玄さんは特に悪びれる様子もなくボク達二人を見てニヤニヤと笑った。
何だかボクの蒼ちゃんと一緒にいたいという煩悩が見透かされているようで少し恥ずかしかった。
「とにかく全員集合出来て良かった」
「本当ですわ。こんなにも人気になっているとは思いませんでしたもの」
朱音さんが安堵の声を上げると翠ちゃんも同意を示す。
「けど、朱音さん。こうやって集まったってことは、何か身バレしない良い方法でも見つかったの?」
「そのことなんだが……」
ボクの質問に朱音さんは困惑したような表情で口を開いた。
◇◆◇
まず、朱音さんの話を聞く前に、ちょっとだけ現状について整理しておこう。
今、問題になっているのは『迷宮の扉』のある神殿にどうやって入るかということだ。
前にも言った気がするが、あの施設の入口は神殿風の柱が立つ正面の一か所だけしかなく、今のような状況だと衆人環視の中、施設内に入るしか他に方法が無い。
贔屓目でなく目立ちすぎる五人、しかも『奇跡の欠片』と同じ人数のグループが現れて『迷宮の扉』の神殿に入るとなれば、同一人物では無いかと勘ぐる人間が出るのは当然と言えた。
さらに、スマホ等の記録機器があれば、簡単に顔写真や動画がSNS等に拡散される危険性も高い。
それなら、一人づつ別々に入れば身バレしないのではないかって?
それも考えてみたのだが、結果的に無理だった。と言うのも、ボク達の迷宮由来の装備をは神殿のすぐ傍に併設された保管所で預かってもらっていて、探宮するには、まずそこで着替えてから神殿へ向かうのが普通だ。でないと以前のボクのようにセンシティブな事態になりかねない。
ところが残念なことに、朱音さんの装備は有名探宮者だった母親のお下がり、蒼ちゃんの装備も彩芽さんからのお下がりと言う名の高級品、お金持ちの家の翠ちゃんの装備もそれなりで……特に魔法用の杖は初心者が使用するレベルのものとは言えない代物で、とにかくかなり目立つ。なので、それぞれが視聴者から『奇跡の欠片』の装備品として、すでに認識されてしまっていた。これだと、せっかくバラバラで行動しても、すぐに身バレする可能性が高かった。
そういう訳で、現在『奇跡の欠片』は進退窮まっている状況と言っていい。
え? 迷宮協会が配信を強制しているんだから、身バレ対策をする必要や身バレで損害が出た場合に責任があるんじゃないかって?
う~ん、それについては迷宮協会は公式に声明を出している。
配信は異界迷宮内の治安維持と犯罪防止のための措置であり、配信による利益または損害は迷宮協会の関知するところではないとの見解だ。
つまり、配信で稼いだ金品について迷宮協会は取り分を要求しない代わりに損害についてもまた責任を負わないということだ。
事実、配信に関しては強制だがアーカイブに記録を残すかどうかの選択は自由だったりする。もっとも、それなりに収益が出るので、そういう選択する人は稀なのだけれど。
なので、基本的に身バレ対策は本人に帰することになる。ただ、企業勢や有名探宮者の場合は迷宮協会側が配慮してくれる場合もあるという。
まあ、ボク達はいきなりバズってしまったけど、初心者パーティーに過ぎないので、そういう優遇措置を受けるにはまだまだと言っていいだろう。
……と、思っていたのだけれど。
「実は迷宮協会のご厚意で特別待遇をしてもらえることになったんだ」
「え、それ本当?」
思ってもいなかった解決方法に思わず疑いの声を上げてしまう。
「本当だ。理由はあたしにもよくわからないのだが……」
そう言いながら朱音さんは視線を会議室の入口の方へ動かす。
つられてそちらを見ると見知った顔が見えた。
「あ、試験の時にいた迷宮協会のエライ人!」
「確かに間違っていないけど、酷い覚え方だな」
ボクの言葉に、その迷宮協会のエライ人は苦笑いする。
「迷宮協会職員の上松です。探宮者でもあるので、君達の先輩と言っていいかな。そういう訳で『奇跡の欠片』の皆さん、以後お見知りおきを」
上松さんが名乗ったのでボク達も慌てて自己紹介した。
「それで、特別待遇って?」
自己紹介した後、ボクはすぐさま上松さんに疑問をぶつける。
「『迷宮の扉』周辺が混乱してるだろ。君達がそのまま行けば、さらに混乱するのが目に見えているからね。対応策を講じようと考えた訳さ」
確かにけっこうな人出があり、これ以上混乱したら怪我人も出かねない。正しい判断と言えるだろう。
「なので、君達には別ルートで『迷宮の扉』へ向かってもらおうと思ってる」
彼の説明によると迷宮会館から『迷宮の扉』のある神殿まで職員用の地下通路があるのだそうだ。今回、そこを通らせてもらえるらしい。
考えてみたら、迷宮協会の職員さんが神殿入口から中へ入るのを見たことなかったっけ。そんな秘密の通路があるなんて知らなかったよ。
「その後は待機の間でタイミングを図り『迷宮の扉』に入ってもらう……そういう算段だ」
待機の間というのは認定講習の時、入る順番を待った小部屋のことだ。パーティー用は中部屋らしいけど。
「なるほど、それなら本人バレする可能性は低いな」
朱音さんも腕を組んだまま頷いている。
「みんなどうする? 願ってもない話だが受ける気はあるか? あたしは魅力的な提案だと思うが」
話し合うまでも無く全員一致で申し出を受けることになった。
「それではよろしくお願いします、上松さん」
「いや、こちらとしてもそうしてくれると助かるよ」
上松さんはボク達を見渡して言った。
「準備が良いなら、すぐに行動しよう。ちなみに併設されている保管所にも地下通路で行けるから、人の目を気にせず移動できるぞ」
なんと、素晴らしい。探宮装備って現実世界だとコスプレ感満載で恥ずかしいんだよね。それもクリア出来るなんて特別待遇って凄すぎる。やはり、早く売れてVIPにならなきゃ。
ボク達は立ち上がると、上松さんの後ろに続き会議室を後にした。
第77話をお読みいただきありがとうございました。
ちょっと、ごたごたしていて疲れ気味の作者です。
皆さんの高評価・感想・レビュー等があれば、元気になれると思います(>_<)
ぜひ、よろしくお願いいたします。
…………次回も頑張りたいです⤵




