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第74話 不審者対応


「ヤバっ……どう見たって不審者でしょ」


 あ、勘違いしないでくれ。普通のバイク乗りの恰好なら不審者扱いなんてしないからね。小心者のボクがトンデモ発言で全国のライダーの皆様を敵に回すような真似なんかしないって。

 だって、その大男は手に大きなバールのようなものを握り、ビュンビュンと振りまわしながら、ゆっくり近づいて来てるんだよ……怪し過ぎるでしょ。

 近くにバイクを置いてあるようにも見えないし、フルフェイスのせいで顔も全く見えない……コンビニに立ち寄ったら通報される案件じゃない?


 う~ん、恐らくボクが目当てなんだろうな。心当たりは無いけど、何となくそんな感じがする。


「ねえ、おばあちゃん。何か不穏な感じだから逃げてもらえると有難いんだけど……」


 右隣りにいるおばあちゃんに逃げるように指示するが、反応が返ってこない。横目で窺ってみると、さっきと同じ場所で立ち竦んでいる。


 ありゃりゃ、固まっているみたい。たぶん、突然の出来事で頭が付いて行って無いのだろう。

 ボク一人だったら爆速で走って逃げ出すところだけど、おばあちゃんを残して逃げるわけにはいかないし……。


「仕方ないか……」


 現実世界での荒事は極力避けたかったが、これも不可抗力だ。


 巻き込まないようにと、おばあちゃんから離れるようにボクは左前方へと進んだ。そして、十分離れて安全だと確信したところで大男と相対することにした。案の定、大男も方向を変え、こちらへとまっすぐ向かってくる。


「え~と、ボクに何か用かな、お兄さん」


 おじさんかもしれないけど、少なくともお姉さんではないだろう。何しろ、体型が某世紀末覇者漫画に出てくるような逆三角形の屈強な感じだから、さすがに女性ってことはないと思う。


「…………」


 無言で近づいてきた彼は返答の代わりに、手に持っているバールのようなものを大きく振りかぶった。そして、ボクめがけて振り下ろしてくる。


 それに対してボクは微動だにしなかった。事前の挙動と弧を描く軌道から当たらないと判断したからだ。

 少なくとも最初の一撃は威嚇で、本気ではなかった。


「危ないよ、お兄さん。当たったら怪我じゃ済まないでしょ」


 ボクが平然と受け流したことで彼が緊張したのがわかる。目的はわからないが、ただの変質者でないことは間違いない。体躯や動きがプロの格闘家のそれだ。


 ん? 一瞬だけど何かを確認するような仕草を見せる。どこかに指示役でもいるのだろうか。


 すると彼は、おもむろにバールのようなものを投げ捨てると、ファイティングポーズを取った。途端に醸し出す雰囲気が剣呑となる。

 どうやら本気モードになったようだ。


(来る!)


 と思った瞬間、ボクは相手の拳を避けていた。彼は、瞬時に間合いを詰めるとプロボクサーと見紛うパンチを繰り出してきたのだ。実際にプロだったことがあるかもしれない動きに見えた。


 けれど、異界迷宮内と同じ身体能力のボクにとって、その動きは止まって見えるほどのスピードでしかない。なので、いろいろな角度で繰り出される殺人級のパンチの数々も難なく躱せた。


 何度か本気のパンチを放てば、疲れて諦めるかと思っていたけど、一向にそんな気配は見せない。やはり、スタミナもプロ級のようだ。


 さすがに、これでは埒が明かない。そろそろ怪我しない程度に反撃しようか。


「……yuck!(うげっ!)」


 何度目かのストレートを軽々と()けると、ボクはその躱しざまにハイキックを大男に食らわせた。


 ヘルメットも被っているし、手加減もしたので死ぬことは無いだろう……たぶん。


 頭を蹴られた大男は、その一撃で宙に吹き飛び、さらに商店街の脇に置き去られていた廃材の山に突っ込んでいった。


 し、死んでないよね……。


 蹴り上げたままだった足を下ろすと、ちょっと心配になりながら相手の様子を窺ってみる。


「……ouch!(痛っ)」


 大男は頭を振りながら、廃材の山からふらふらと立ち上がった。


 ほっ、大丈夫そうだ。

 ダメージは残っているけど、命に別条は無さそう。


「まだ、やるの? しつこいと本気出すよ」


 ボクが警告すると、また何かを確認するような仕草をする大男。そして、投げ捨てたバールのようなものを律儀に拾い上げると後ずさりを始める。

 追いかけるつもりのないことをボクが示すと、大男は脱兎のごとく逃げ出した。


 どういう意図かはよくわからないが、どうやら謎の襲撃は終わったらしい。


「おばあちゃん、大丈夫だった?」


 思い出したように案内してきたおばあちゃんに振り返ると感心したようにボクを見つめていた。


「ええ、大丈夫。何ともないわ。それより強いのね、あなた」


「え? まあ……ほんの少し古武術をかじっているから」


 いつもの設定で、ここは誤魔化す。


「ここまでありがとう。どうやら息子の家も近いみたい」


「あ、そうですか。じゃあ、ここまでで。ただ、物騒だから一人で出歩かない方が無難ですよ」


「そうするわね。今日は助けてくれてありがとう。あなた、命の恩人ね」


「いやいや、たまたま何とかなっただけですよ」

 

「じゃ、お礼にこれを差し上げるわ」


 おばあちゃんは背負っていたリュックから紙袋を取り出すとボクに渡してくる。


「これは? 開けてみていい?」


「いいわよ」


 開けてみると紙袋の中身はデフォルメされた動物の可愛いぬいぐるみだった。


 ん? 何だろ、この動物? カバかな?


(ばく)よ」


 ボクの表情を読んだのか、正解を教えてくれる。


「獏?」


「そう、悪夢を食べるっていう獏」


 ああ、あの獏ね。本物は見たこと無いけど名前や特徴だけは知ってる。


「ありがとう、ホントにもらってもいいの?」


「もちろん、大事にしてね」


 こうしてボクは、ぬいぐるみをお礼としてもらい、見知らぬおばあちゃんと別れた。 



 ◇◆◇◆◇◆



「あの……これはいったい?」


 A級探宮者ティフォンこと上松蓮司かみまつ・れんじは突然の来客に頭を抱えていた。


 そもそも上松は今日、所用があって一日休暇を取っていたのだが、野暮用も早々と済んで自宅で(くつろ)いでいるところだったのだ。

 そろそろ夕食の支度でもと思い始めたころ、不意に玄関のチャイムが鳴った。しかも出るまでピンポンピンポンと立て続けに鳴らす近所迷惑な所業だ。


 いったい誰なんだと不機嫌そうに誰何すると返ってきたのは……。


「わしじゃ、とっとと開けろ、蓮司」


 元上司の声だった。


 慌ててドアを開けると、巨漢の護衛を背にした元上司、オリエ・アルブ・スティグリ迷宮協会名誉会長が立っていた。

 開けるやいなや上松の意見も聞かず、二人はずかずかと上松の自宅へと押し入る。


 そして冒頭の台詞に戻るのだが、上松としては全く訳が分からなかった。


「なに、急に息子の顔が見たくなっただけじゃ」


「息子?」


 とうとうオリエ名誉会長も惚けたかと思っているとギロリと睨まれる。


「なんぞ失礼なこと考えとるじゃろ」


「め、滅相もございません」


 冷や汗が流れる。前から感じていたが、他人の心が読めるんじゃ……。


「設定じゃ、設定」


「設定ですか?」


「ああ、今日こちらの迷宮協会に用事があって来たのだが、駅近くで良いものを見つけてしまってな」


「はあ……」


「後をつけて一芝居打ったんじゃよ」


 ますます意味がわからない。


 上松の様子を見てオリエ名誉会長は面倒くさそうに、事細かな説明を話し始めた。



「…………なるほど偶然、例の少女と遭遇したので、困っているおばあさんに扮して、ここまで誘導して来たってことですか」


「そ、あんたはわしの息子役ってわけ」


 息子ねぇ。まあ、言葉の綾だろうが、悪い気はしない。


 上松は実母を早く亡くし、母親の顔を知らないで育ったので、昔からこうして身内のように絡んでくれるオリエに内心では感謝していた。


「で、そいつに襲わせたと……」


 上松は、部屋の隅で申し訳なさそうに冷えピ〇をおでこに貼っている護衛をちらりと見る。


「どうでしたか、彼女……?」


「ありゃ、化け物だ。そうだろ、アーサー」


「ハイ、モンスター、マチガイアリマセン」


「4大世界タイトル王者を追い詰めたことのある元ボクサーが言うんだ。ただの女子高生なわけが無い」


「へえ、彼もそんなに強いんですね」


「ああ……だが、そんなこいつをあの娘は赤子の手をひねるように倒して見せた。まさに人外と言っていい。たぶん、あの娘にとっては異界迷宮と現実の境が無いのだろうよ」


「それは全く同意します……では、いったい彼女は何者なんです?」


「恐らくは……」


 何と、どうやら心当たりがあるらしい。


「本物の異界迷宮(あちら)の人間だろうさ」

第74話をお読みいただきありがとうございました。

つくも君、とうとう補足されてしまいましたねw

これからどうなるのでしょう(>_<)

モチベに繋がるので、高評価・感想・レビューを

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
なんかどんどんと不穏の世界に入っていくような気が……。 頑張れシロ君♪
目をつけられてしまったけど、オリエはこのことを誰かに伝えるんだろうか? 今回の件を公にしたら、暴行罪の間接正犯で捕まりそうだけど。そして明らかに怪しいぬいぐるみ。前の方の感想のように、盗聴器入りだとし…
その人形盗聴器とか仕込まれてそう( ˘ω˘ )
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