第70話 レベルアップ?
小休憩から戻った奇跡の欠片の探宮は順調そのものだった。
「ファイヤークロス!」
リーフちゃんの火魔法が突進してきたコボルトリーダーに炸裂して勢いを怯ませる。
「聖なる盾よ!」
他のコボルトたちを引き付けていたラピスちゃんは殺到する敵の攻撃を神聖魔法で防御する。
その間隙を突いたフレアさんがコボルトリーダーの前に走り込むと両手剣を振り下ろした。
「グランドスマッシュ!」
剣士スキルが発動し通常以上の大打撃をコボルトリーダーに食らわせる。オーバーキルだったらしくコボルトリーダーはズルズルと崩れ落ちた。
「ギャギャ?」
リーダーが倒れて一斉に動揺するコボルトたちを見逃すほど奇跡の欠片というパーティーは甘くなかった。
クロウさんは音もなくコボルトAの背後に忍び寄ると暗殺者攻撃を命中させる。そして、遅ればせながらボクも正面のコボルトBにショートソード(市販品)で斬りつけた。二匹ともリーフちゃんが小刻みに与えていた累積ダメージのおかげで呆気なく倒すことができた。残りのコボルトCもコボルトリーダーを倒したフレアさんの返す刀で止めを刺される。ボクのとは違い通常打撃でさえコボルトを葬り去る威力だった。
こうやって何度目かの戦闘も危なげ無くこなすことに成功する。やはり、奇跡の欠片は初心者パーティーとしては破格の強さと言えた。ボク以外のメンバー全員が皆SRクラスなのだから当然と言えば当然か。ボクが偽商人(魔王)でなければ付いていけなかったに違いない。当初、ボクの加入に反対していた玄さんの杞憂も、もっともだったと感じた。
それにしても、スキルを使用するときに、いちいち技名を叫ぶのは何とかして欲しい。スキル名を唱えるのが発動条件だから仕方がないけど、みんなも慣れていないせいか、けっこう恥ずかしそうだ。まあ、直に違和感を覚えなくなるのも、探宮者あるあるらしいのだけど。
「お?」
「え?」
戦闘が終了すると、急にフレアさんとラピスちゃんが動きを止めて立ちすくんだ。
「フレアさん?」
リーフちゃんが驚いているが、何度か経験のあるボクにはピンと来た。
「大丈夫、リーフちゃん。たぶん、レベルアップだよ」
レベルアップの告知は他人には聞こえないから、端で見るとこんな感じなのか。なんか、棒立ちになって虚空を見つめる変な人みたいだ。ちょっと間抜けに見える。次に自分がレベルアップするときには気を付けよう。
「二人ともレベルアップしたのか?」
ボクの言葉を聞いたクロウさんが二人に近づいて確認する。
「ああ、確かにレベル2になった」
「私もです」
「そうか、おめでとう。どうだい、レベル2になった感想は?」
「どうということは無いな。能力値は変わっていないし、HP・MP・SPが少し増えたぐらいか」
「スキルのレベルが上がっているのが嬉しいですね」
二人の感想はボクがレベルアップしたときの感想と、ほぼ同じだ。異世界迷宮の1レベルアップではそこまで劇的な変化は無い。ただ、レベル10単位での変化が大きいため、レベル9とレベル10の違いは段違いと言えた。
「じゃあ、今日の目標は一応達成したって感じだな」
「そうだな。あとは、君達3人がレベルアップしたら今日の探宮は終了だ」
そう、今回の探宮デビューの最終目的は全員のレベルアップにある。前にも話したが、異界迷宮では最初のレベルアップをするまでクラス固定が行われない仕様となっていた。これを逆手に取って裏技として利用するぐらいだけれど、逆にレアクラスを引いた探宮者は早急にそのクラスを固定化させる必要があった。レベル1で運悪くトラップに嵌ったり、上位モンスターと偶然当たったりして命を落とすことも稀では無いからだ。なので、レベル1のレアクラス探宮者はレベルアップによるクラス固定化を急ぐことになり、大抵は探宮デビューの目標としてレベルアップを目指す。
「自分とリーフは問題ないが……」
クロウさんがボクをチラリと窺う。
ボクの一般クラスが確定することを心配しているらしい。
「ボクはこのままレベルアップするつもりですよ」
「いいのか?」
「いいもなにも、みんなは『レストルーム』が無くなっても構わないんですか?」
「いや、それは……」
「こ、困ります!」
リーフちゃんが即座に反応する。
「最終判断はシロに任せるが、個人的にはあった方が嬉しい」
フレアさんはリーダーという立場から強要するつもりは無いらしいが、レストルームは惜しいようだ。
「私もリーフちゃんと同意見かな。一度、楽を覚えたら、もう昔には戻れないでしょ」
ボクの事情をよく知っている筈のラピスちゃんさえも真剣な表情で同意する。たぶん、『魔王の憩所』無しの探宮だなんて考えられないのだろう。ボクより『魔王の憩所』大好きなのは、ちょっと妬けるけど。
「クロウはどう思う?」
フレアさんが残ったクロウさんに意思を確認すると彼女はボクの方を見て何か言いたげな表情をしてからボソリと言った。
「本人がそれでいいんなら反対はしない」
「わかった、当初の目標通り全員のレベルアップを目指して頑張ろう」
フレアさんが、この話題は終わったとばかりに締めくくろうとするが、ふとリーフちゃんが疑問を呈する。
「けど、レベルアップするならシロ様が一番最初と思っていましたわ」
ギクリ。
「確かに、それもそうだな」
フレアさんも疑問顔だ。
し、しまった。これはやらかしたかも……。
各クラスのレベルアップに必要な経験値はクラスのレア度のよって多少の差があるのは事実だ。なので、下位クラスの方がレベルアップしやすいのは本当だが、各クラスの中でも多少のバラツキがあるので一概にそうとも言えないところもある。
けれど、SRクラスと一般クラスのどちらが必要経験値が少ないかと問われれば後者であることは言うまでもない。
フレアさんとラピスちゃんがレベルアップしたのにボクがレベルアップしていないのは確かに不自然だ。
ボクの表示レベルは1になっているが、実際はレベル4なのですっかり失念してしまっていた。さすがにこれはちょっとおかしいどころでは無い。
「えっと……」
どうしよう。こうなったらアレしかない。
「ご、ごめんなさい。実はもうレベルアップしてたんです……」
必殺……開き直って平謝り作戦、発動!
「ん? どういうことだ、シロ」
「自分一人だけレベルアップしたのが恥ずかしくて、みんなに言えなかったんです」
「……そうか。それは悪かった。確かにそういう考えもあるな。配慮不足だった、許して欲しい」
「いえ、こちらこそ言わなくて、すみません」
良心の呵責を感じずにはいられないが、一人だけ一般クラスだったため先にレベルアップしたのが恥ずかしくて言えなかったという風に解釈してくれたようだ。
「遅ればせながら、シロ様もレベルアップおめでとうございます」
すると、リーフちゃんが本当に嬉しそうにお祝いしてくれた。笑顔の様子から心の底からの言葉に感じる。
む、胸が苦しい。純真無垢なリーフちゃんを騙している罪悪感が半端ないぞ。君がレベルアップしたら、ボクも心の底から祝福してあげよう。
「とにかくこれでシロの問題もハッキリしたし、あとの二人がレベルアップするだけだな。目標達成まで、今日の探宮を頑張ろう!」
フレアさんが探宮続行を宣言すると奇跡の欠片は再び迷宮を進み始めた。
第70話をお読みいただきありがとうございました。
GWをいかがお過ごしでしょうか?
自分は4連休だけですが、ゆっくりするつもりです。
体調もかなり回復してきました。
これからも、頑張りますのでよろしくお願いいたします。




