第68話 レストルーム
「こ、これは……」
目の前に突如現れた扉に朱音さんが言葉を失う。
まあ、無理もない。戦闘を終えたばかりの広間の真ん中に、『ドラ〇もん』でよく見るような『どこ〇もドア』みたいなドアが現れたら普通の人は呆気にとられると思う。既知の蒼ちゃん以外の面々も同様に驚いている。
「つくも、どう見てもマンションのドアのように見えるんだが……」
普段、動じない朱音さんでも動揺したのか思わず本名で話しかけてくる。ヴォイヤーが停止しているので、事なきを得たが通常なら身バレ案件だ。
「フレアさん、名前言っちゃってますよ」
「え? ああ、悪い配信停止中で良かった……」
「とにかく中へ入りましょうか」
固まっているみんなにボクは『魔王の憩所』の中に入るよう促した。
「……な、何だと?」
扉を開けて入口の先を見た朱音さんは更に驚く。
まあ、気持ちはわかる。中はどう見たって普通のマンションの一室なのだから。
「あ、玄関で靴を脱いで下さいね。うちは土足厳禁なんで」
冗談半分に注意喚起するとみんな、黙々とそれに従って靴を脱いで中へと入っていった。
◇◆◇
「す、凄いです! 本当にマンションみたいです!」
足を踏み入れた翠ちゃんが興奮したように声を上げる。
実は、前に蒼ちゃんから大人数が泊まれないと困るのではと指摘されてから、ユニ君と相談してワンルームマンションを大幅に拡張していたのだ。インターネットで検索した五人用のシェアハウスの間取りを参考に魔改造したので、五人で十分生活可能な、賃貸市場に出てもかなりの優良物件になっていると思う。玄関から入って直ぐにリビングとキッチンがあり、それを中心にぐるりと五つの小部屋が取り巻いている間取りになっており、共同のトイレや浴室はリビングの先に配置されている。普通に借りたら、そこそこなお家賃がかかる気がする。以前、蒼ちゃんがここで二人一緒に同棲しようと真顔で言ってたけど、冗談にも限度があるって。
「見てください、朱音さん。トイレもバスルームも独立してありますよ。う~ん、給水や排水はどうなっているんだろう。電気もガスも異界迷宮に通じている訳無いのに……」
探究心旺盛な翠ちゃんはインフラの仕組みが気になるらしい。室内をいろいろ物色し、ボクに意味ありげな視線を送って来ている。翠ちゃん、ボクに聞いても無駄だからね、一番ボクがよくわかってないんだから。
「とにかく、つくもの『レストルーム』スキルが凄いということだけは、よくわかった」
リビングの中央に突っ立ったまま、朱音さんが戸惑う顔でボクに告げる。おそらく『魔王の憩所』の有り様は朱音さんの考える探宮のイメージを超えたものだったのだろう。快適さは認めるが納得がいっていないように見える。やはり、人一倍探宮について思い入れのある朱音さんにとってボクの魔王スキルはチート過ぎて受け入れがたい存在なのかもしれない。
「いやあ、こいつは素晴らしいね」
ちゃっかりリビングのソファーに身を沈めた玄さんが気持ちよさそうに言う。
「朱音、現実を認めろ。その方が賢いぞ。あと、突っ立ってないでシャワーでも浴びてこい。さっきのヌルヌルが完全に取れてないだろう」
「……そ、そうだな、そうすることにしよう」
玄さんに諭されて朱音さんはバスルームへと足を向ける。
【ゲストさま、バスタオルは浴室の棚に御用意してございます】
「む、誰だ?」
【この部屋を管理する……】
「ユニ君です! レストルームに常駐している『管理人』さんみたいな存在なんです」
しまった。ユニ君に黙っているよう口止めしておくのを忘れてた。
「ホント、凄いな。つくもの『レストルーム』スキル。話す機能まであるのだな……こんなレアスキル初めて知ったよ」
そうでしょう、ボクも初めて知ったよ。嘘スキルだし、実際は魔王スキルだし……。
「よし、ひと風呂浴びてくるか」
気持ちを切り替えたのか、すっきりした表情で朱音さんはバスルームへと向かった。
◇◆◇
「あ、お帰りなさい。朱音さん、何か飲みます? コーヒーか紅茶ならありますが、どっちにします?」
「……コーヒーで」
朱音さんが戻って来る頃にはボク達は、すっかり慣れてくつろいでいた。
「朱音さんも、こっちに来て座ってください」
「ああ」
促されて朱音さんがぎこちなくソファーに座ると、ボクはいそいそとキッチンに立ちコーヒーを淹れる準備を始める。
「お砂糖は?」
「ブラックでいい」
訝し気な表情の朱音さんは、恐々とソファーに身を預ける。たぶん、得体の知れなさに不安を感じてるのだろう。
「しかし、あれだな朱音。一度、楽を覚えるともう元には戻れないって言うのは本当だな」
警戒している朱音さんが面白いのか、玄さんがニヤニヤしながら語りかける。
「わたくしもそう思います。この住環境は手離せません、とくに水回りが!」
朱音さんの代わりに翠ちゃんが力強く断言する。やはり、女性陣にとってトイレ問題は最重要課題のようだ。
「けど、これって冬場の炬燵みたいに人間を堕落させる代物だよね。一旦、入ったら抜け出せないみたいな」
蒼ちゃんが苦笑いしながらも真剣な顔付きで言う。
「言い得て妙だな。確かに禁断のスキルと言える。そう言えば、最初つくもっちの参加に反対を述べたが、自分が絶対に必要になると言ったつくもっちの自信の理由がこれでハッキリしたよ」
玄さんが、コーヒーを朱音さんに運ぶボクに対して納得したように話しかける。
「そうですか……はい、朱音さん、ご注文のコーヒーです」
「ありがとう、つくも」
朱音さんがカップを受け取るのを確認してから玄さんに向き直る。
「皆さんのクラスと違って、あまり戦闘や探宮に貢献できないと思うので、これぐらいないとパーティーにいれませんから……」
「それは違うと思うよ、つくも君」
ボクの後ろ向きな発言に蒼ちゃんが真っ向から反論する。
「もっと自信を持っていいと思う。つくも君にはつくも君の良さがあるんだし、決して(チートスキルも含めて)つくも君のこと便利な存在なだけだなんて誰も思ってないから」
「あたしも蒼と同意見だな」
コーヒーに口を付けて味を確かめていた朱音さんが、蒼ちゃんの反論を聞いて同調する。
「今日の探宮を見る限り、つくもは立派に戦えていたぞ。連携も上手で他と遜色ない動きだった。自分を卑下する必要は全くないと思うぞ」
表情と口振りから朱音さんの本気度が窺い知れた。
「自分の厳しい目から見ても、つくもっちは及第点以上だったな」
視線を向けずに玄さんもぼそりと言った。
「つくも様はこのパーティーに絶対に無くてはならない存在ですわ」
翠ちゃんも握りこぶしで断言する。
「翠の場合は水回り欲しさだろう?」
玄さんが揶揄うと翠ちゃんは「否定はしません」と笑って返した。
「そもそも私は、つくも君以外とパーティー組むなんて考えたことも無いから」
最後に蒼ちゃんがボクの目を見てハッキリ言った。
たぶん、蒼ちゃんのことだ。ボクが思うように活躍できないことにわだかまりを感じていたことに気付いていたのだろう。
「蒼ちゃん……みんな……」
ズルいよ、ちょっとじんわりしちゃったじゃないか。
「さて、十分休憩したから、そろそろ探宮を再開しようじゃないか」
朱音さんはボクを優しい目で見ながら、勢いよくソファーから立ち上がった。
第68話をお読みいただきありがとうございました。
つくも君の存在価値が増したようですw
引き続き、体調不良が続いているので、来週時間を作って
病院に行きたいと思ってます(>_<)
時間が取れると良いのだけど……。




