第62話 実技試験②
「思ったより広いんだな」
D級迷宮に足を踏み入れた戦士君がぽつりと呟く。ボク以外のパーティーメンバーも同様に感じたようで頷く素振りを見せた。
かく言うボクは三回目のD級迷宮だったので、そのムーブに乗り遅れて少し焦る。
「え、と……隊列はどうします?」
なので、リーダーっぽい戦士君に質問して誤魔化してみた。
「いや、俺がリーダーって訳ではないんだけど……まあ、試験の間だけ便宜上リーダーを務めるよ」
他のメンバーの無言の圧力を感じたのか戦士君がなし崩し的にリーダーとなることを了承する。実年齢はわからないけど、少しだけお兄さんみたいに感じるので打って付けの役目だろう。
「うん、そうだな、前列二人、中列に二人、後列は一人ってところかな」
前にも言ったと思うけど、D級迷宮は初心者用迷宮と呼ばれるほど探宮者に優しい迷宮だ。通路の幅も三人並んで歩けるほどの広さがあり(実際は武器の取り回しがあるので二人が限度)、壁面や天井にはヒカリゴケが生えていて光源が必要ないほどの明るさがある。
「前列は前衛職の俺と……盗賊のエストラが前列。中列には商人のシロと魔法使いのリーン、殿は治癒士のソルビートルでいいか?」
前列にボクか盗賊ちゃんを置くかで一瞬迷った戦士君は、シーフちゃんに前列を頼んだ。不確実なボクより確実に戦力になる彼女を選択したようだ。後列からの不意打ちを考え、防具を着込んだ治癒士を殿にするのもセオリーと言えるだろう。誰も戦士君の決定に不服を申し出なかったので、今回の隊列はそれで行くことになった。
なお、これらの意思決定も含め、パーティーの一挙手一投足が後方で待機している試験官に審査されている。初迷宮に挑戦するのと試験官に見られているいう二重の緊張感に耐えて合格を目指さなければならないという訳だ。
ちなみにボクの今の能力値は戦闘が始まった時点で、万が一のため後ろで護衛している上位クラス探宮者さんのレベルより一つ上となる。魔王の固有スキル【魔王の矜持】のチートスキルのせいだが、自分の意思でオン・オフが出来ないので加減が難しい。
まあ、とにかく認定試験においては、凶悪なスキルと言えるので、目立たないようにしなくちゃ。
ボク達受験者パーティーは、戦士君の指揮の下、D級迷宮を慎重に進んだ。
「スライムだ。俺が盾で防ぐから、リーン魔法の矢をを頼む」
「了解」
「戦士さん、スライムは爆発するので気を付けて」
自分の失敗から学んだ教訓を戦士君に伝達する。
「そうか、その話はネットで聞いたことがあるな。わかった、気を付けよう」
ゆっくりとボク達に忍び寄るスライムを見ながら戦士君は盾を構える。
「ありがとう、シロ。情報助かった。あと、俺のことは『ダン』でいい」
何それ、そのちょっとカッコいい言い回し。漫画でよく見るイケメンのサブキャラが言いそうな感じ。
ホントだったらボクも蒼ちゃんに異界迷宮の中で、そんな台詞言ってみたかったな……。
「マジックアロー!」
そうこうしている内に魔法使いさんの放った魔法の矢がスライムの中心核を粉砕する。その途端、案の定スライムが爆発したが、戦士君の盾で大半は防ぐことが出来た。
「ナイスだ、リーン。さすがは魔法使いだな。エストラ、戦利品を確認してくれ。それが済んだら、奥へと進むぞ」
戦士君のリーダーっぷりは、なかなか様になっている。やはり、リーダー向きな性格のようだ。
次に現れたのはスケルトンの団体さんだった。数が多いので、シーフちゃんは遊撃に回りボクが前面に立った。ただ、回避が売りのボクとしては広さが必要だったので、少し敵に突っ込む形となり、空いた部分を治癒士さんが埋めてくれた。
「シロ、前に出過ぎると危ないぞ!」
戦士君は目の前の敵と戦いながら忠告してくれたが、「大丈夫!」と答えて戦闘を続行する。このレベルのスケルトンがボクに攻撃を命中させる確率は、正直それほど高くない。全くダメージを受けないボクの様子に、途中から戦士君の目が驚きに変わっていった。
「いや、シロ。君には驚かされたよ」
戦闘が終わると戦士君が驚きと賞賛の目でボクを迎えてくれた。
「いえ、相手が単純な動きのスケルトンだったからですよ。ダンさんこそ、確実に敵を倒していたじゃないですか」
専従の戦闘職は戦士君だけなので、攻撃の要は彼に間違いなかった。彼に敵のヘイトが集中していたので、ボクやシーフちゃんが自由に行動できていたと言っても過言ではない。
「謙遜しなくていい。次からはエストラの代わりに前列へ出てくれ。エストラもそれでいいか?」
「もちろん。そっちの方がシロちゃんを生かせると思う」
「彼女もそう言ってる。いいよな、シロ」
「みんなが良いなら構わないです」
そちらの方が実はボクも助かる。前衛の方が動きやすいし、探知能力が高いので敵やトラップにも気付きやすいからだ。もちろん、戦士やシーフのお株を奪わない範囲で行うつもりだけれど。
それからのボクは目立たないように気を付けながらパーティープレイに専念し探宮を続けた。
◆
「ねえ、シーフさん。何か、あの床おかしくないですか?」
「わかった、シロ。調べてみるよ…………あ、トラップだ」
◆
「魔法使いさん、敵の数が多いんで範囲魔法をお願いできますか?」
「そうね、『ヒュポノス(眠りの魔法)』をかけてみましょうか」
◆
「治癒士さん、ダンさんがけっこうダメージ食らってます。攻撃するより治癒を」
「了解。治癒!」
◆
「戦士さん、ラッキーです。(こっそり空間魔法を使ったけど)敵のリーダーがコケました。攻撃するチャンスです」
「OK。おりゃあぁぁ――!」
などなど、ちょっとした助言をしながら探宮を続け、大広間のコボルトの集団を倒したところで試験は終了した。
探宮自体は順調で、そこそこの戦利品もあったし、誰一人欠けることなく戦い終わったので大成功と言えるだろう。まあ、認定試験で魔結晶になることなど、稀なことだけれど。
「ダンさん、お疲れ様でした。試験、お互い合格すると良いですね」
「ああ、手応えは十分だ。きっと、君も大丈夫だろう」
戦士君に声をかけると自信ありげに答えを返してくる。他のメンバーも探宮が順調だったこともあり表情が明るかった。
ボク自身もこれなら全員合格かなと感じている。
よし、あとは現実世界に戻って、おとなしく結果を待つだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇
<A級探宮者ティフォン視点>
「いやあ、ティフォンさん。今回のパーティーはめちゃくちゃ安定してましたね。将来、有望ですよ。特に戦士クラスのダンケルト君がいい。戦闘はもちろん、的確な指示が光ってましたね」
迷宮会館に戻ってくると、試験官をしていた後輩が今回の試験を振り返って感想を述べる。
「ま……そうだね」
自分は曖昧な答えをぼんやりと返すにとどまった。
「今日は長時間、お付き合いくださり本当にありがとうございました。無事に終わって何よりでした。それでは、実技試験の結果を報告しに行くんで私はこれで……」
「ああ、お疲れ様……」
試験官は一礼すると部屋から出て行った。
自分はと言うと先ほどの探宮試験で受けたショックから立ち直れないでいた。
どうやら試験官の彼女は全く気が付かなかったようだ。無理もない。たくさんの探宮動画や資料に精通し試験官としては優秀だが、探宮者としてはC級止まりなのだ。規格外の探宮者の探宮を実際に目にしたことなど皆無に違いない。
彼ら、彼女らのそれは一見するとさりげない行動に見えるかもしれないが、その裏では高度な技術により裏打ちされていることが多い。
今回の探宮も戦士のダンケルト君の統率力が秀でていたように見えるがそうではない。さりげないサポートの数々がそれを生み出していたのだ。
いったい何なのだ、あの娘は?
現実世界で出会ったときにも驚いたが、探宮者としての彼女はそれ以上だ。
あの洗練された動きや身のこなしは、自分以上のレベルに感じるほどだ。探知能力もかなりのレベルだろう。どう考えてみても認定試験を受ける初心者とは思えない実力だ。
何よりも、たった一度だけ使ってみせたあの魔法は何なのだ? おそらく空間を操作したのだと思う。確か彼女は正真正銘『商人』クラスで、魔法など使えない筈だと言うのに……。
とにかく理解不能なことが多すぎる。
「これは報告が必要な案件だな」
そうは思ったが、この話を報告したら確実に暴走するであろう人物に頭を悩ませる。
「まあ、日本にいることが少ないからな。また今度、会ったときでいいか」
ひとりごちると、試験官の後を追うように部屋から出た。
第62話をお読みいただきありがとうございました。
つくも君、大丈夫なのか?
バレバレでピンチかもw
まあ、予想通りではありますが……(>_<)




